11話 『青の敵』
魔法の授業を終え、レック、ライアンと合流したケンは、クラルド平原を出てから隊列を組み、林道を歩いていた。
ちなみに、クラルド平原で休憩中、ずっとその姿が見えなかったライアンはというと、巨大な岩の上で座禅を組んでいた。瞑想をしていたようだ。
そのことに対し、レックはやっぱりここかと言っていたので、おそらくは習慣なのだろう。メルとレックはそこまで思っていないみたいだが、やはり掴みどころのない、よくわからない人だなというのがケンの変わらぬ印象である。
彼は今もケンの前をどしどし歩いている。
「そうだ。ねえねえ、聞いてよ。レック」
「どした?」
艶やかな青髪の魔法使いが、長身の青年――レックに話しかける。淡青色の視線と深青色の視線が交錯する。
「さっきさ、ケン君がファイヤーボール、一発で唱えたって話したじゃない?」
「あー、してたな」
レックたちと合流した直後の話だ。
メルは、意気揚々とケンのことを話していたのだ。照れくさい気もしたが、レックは心底驚いていたので、そのことがちょっとだけ誇らしい。
ケンは二人の会話を小耳に、鼻をさすって顔を伏せる。
「うん。それでね、レック。聞いてほしいことがあるんだけど……」
含みのある言い方だ。メルはレックに耳打ちし、二人して笑みを浮かべる。
何を言ったのだろうか。近くにいるのに聞こえそうで聞こえない。
「まぁ、チャンスがあれば、それもいいかもな」
「何の話ですか?」
「ん?何ってそりゃ」
レックは少し考え込むような仕草をする。じれったいが我慢して返事を待つ
「秘密だ」
「またそれですか」
どんな内容なのか気になる。しかし、二人とも教えてはくれないだろうし、どうせくだらないことでも考えているのだろうと、ケンはため息をついて諦める。
楽しそうに後ろを向きながらメルと会話するレックと、相変わらず無口を貫くライアン。そして初心者のケン。
よく考えたらこの集団、結構ばらばらだなと、ケンは少々先行きが不安になってきた。
――しかし、そのばらつきは何もないときに限った話だった。
「静かに」
雑木林の陰から、音がした。瞬時、いやその音が鳴るより前に、彼らは戦闘態勢に入る。
先頭のレックとライアンはいつの間にか武器を構えており、先ほどの柔らかな雰囲気が一転、硬い沈黙へと変わった。
「えっ、敵?」
ケンも慌てて腰の鞘にさしていた短剣を抜き取り、敵襲に備える。と言っても、まだ事態を深く呑み込めていない彼の姿勢は、ただ刃を前に突き出すだけのものだった。
「しっ、来る」
草むらの音が大きくなっていく。その音のする方向をじっと見つめる。
もう敵はすぐそばだと構えるや否や、陰からきらりと光る怪しげな視線を感じ、背筋が凍る。
敵が見えないとは恐ろしいものだ。変に想像力だけが先立ってしまう。
正直このまま通り過ぎてしまえば、息をついて安心できるのだが、そうはいかなかった。
魔物はその姿を現した。
「ひっ」
「なーんだ」
短く切れた悲鳴と呆れるような笑い声が入り混じる。恐怖で顔を背けていたケンはその意味が分からない。
「あれ?」
心なしか空気が軽くなったので、閉じた目をゆっくりと開け、恐る恐るその魔物の姿へと視線を移す。
すると、そこには青色の丸い物体がぽよんぽよんと飛び跳ねていた。
「ん?これは……」
跳ねるたびにプルプルと震えるゼリー状の体。目や鼻はなく、これといった特徴と言えば、頭が少し尖っているくらいだろうか。子犬サイズしかなく、魔物と言っても怖いというよりむしろ可愛らしさすら感じる。
誰もが知っている、魔物の定番中の定番。その名も……
「スライム?」
「そうだな。スライムだな」
「そうだね~。スライムだね~」
ケンはいまだに飛び跳ねている青色の物体を見つめる。こんな小さな魔物相手に怯えていたのが恥ずかしい。
しかし、たかがスライム一匹。こんなのレックたちにかかればお手の物だろうと、いつも通り、すぐさま傍観者モードに突入する。
「ね~。レック」
「おう。そうだな」
何やら、レックとメルがこちらを見ている。
いつになったら、戦闘が始まるのだろう。じろじろ見ているばかりで一向に動こうとしない。
スライムも疲れてきたのか、飛び跳ねるのを止めている。
「あ、あの。お二方?何をされてるんでしょうか?」
痺れを切らしたケンが、なぜ戦わないのかを問う。すると、ケンを見つめたまま、メルはニコッと笑った。
「ねー。ケン君」
「はい」
「次、君が戦ってよ」
「えっ」
完全に傍観者面をしていた人に対する急なフリ。誰もが経験したことがあるだろうが、これをされると狼狽えるのも無理はない。
「えっと、僕がですか?」
突き放されたようなセリフに、戸惑いを隠せないケンは再度確認をする。しかし、彼女は武器も構えずに、手を後ろに回して頷くだけだった。
「そうだ。今回はお前が戦ってみろ。ずっと戦いたいって思ってただろ?」
レックはケンの肩をポンと叩き、後ろへ下がっていく。
確かにかっこよく戦ってみたいとは思っていた。しかし、心の準備というものはいつでも必要なもので、こんな急に言われても対応に困る。
「でも、僕、戦ったことないですし……」
「何言ってる。戦ったことがないから、戦うんだろうが。これからダンジョンに入るんだ。急に敵が出てきたときに、備えられてなくてどうするよ」
確かにそうだ。敵が出てきても戦えないのではいる意味がない。それに、スライムが現れるときもケンだけが、態勢を取れていなかった。こんな調子では、いつまで経っても傍観者のままだ。
「今は俺たちがついてるんだ。まぁそんなに畏まらず、安心して戦ってみろよ」
いつも彼らがいるとは限らない。敵はいつ出てきてもおかしくない。心の準備などできていなくて当然ーー否、常に準備をしていなければならないのだ。
ケンは自分が甘えていたことに気づく。
「そう……ですよね」
「そうだよ!ケン君、頑張って!」
多分、こうなったのは彼女の仕業なのだろうが、それは置いておく。今は素直に応援を受け取り、覚悟を決める。
「わかりました。僕、やってみます」
「おう!その意気だ!」
レックは親指を立て、エールを送る。それを背に、ケンは目の前の青色のモンスターと向き合う。
風も音でさえも、両者の間を妨げるものは何もない。ライアンもいつの間にか後ろに下がっている。
(そういえば)
スライムから目を離すことなく、短剣を構えなおす。スライムはひっきりなしにプルプルしている。
(このスライム、ずっと攻撃してこなかったな。なんでだろ?)
攻撃を仕掛けてくる隙はあった。しかし、飛び跳ねたり、じっと動かなかったりと全くその素振りを見せなかったことに、疑念が生じる。
こちらから仕掛けないと攻撃しないのか、敵と判別できていなかったのか、ただの気まぐれだったのか。それとも、レックたちが強者だとわかったから迂闊に動けなかったのか。
魔物のことは詳しくないので、理由はわからない。
(ともかく)
それより今は戦うことに集中すべきだ。
どの道、攻撃をしてこなかったのは好都合であるし、レックたちも付いている。しかも、相手はスライム一匹。
これほど好条件な勝負はそうそうないだろう。
「恨みはないけど」
これは、勝負だ。容赦はしない。
スライムは飛び跳ね、戦闘態勢に入る。
「いくよ!」
力いっぱいの宣言を皮切りに、両者の戦いが始まった。




