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悪役女王の足跡  作者: 綴月 結
第一章 悪役女王の目覚め
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21.俺様騎士団長の気持ち

 額のあたりに水が垂れてきたのを感じる。目を開けると、俺は暗い洞窟の中にいた。洞窟の奥の方に向かって、怪しげな魔法灯がたくさんぶら下がっていた。スラムで鍛え上げられた野生の感が、そちらには近づくなと言っている。俺は感に従って、洞窟の外に向かって歩き出した。


 洞窟を出ると、外は知らない森の中だった。葉がざわざわと鳴る以外、なんの音もしない、不気味な森だった。


 怖い。そう思った途端、エイミーと一緒にいるようになってからいろいろあって忘れていた、つらい過去を、一気に思い出してしまった。


 俺のことをいらないと言った母さんの冷たい目、俺のことを殴ろうとした、ランドルフ子爵の憎しみのこもった瞳⋯⋯。そうだ、俺は必要とされない人間なんだ。エイミーにだって気に入られなかった俺は、きっと、オートモンド男爵家でも必要とされていないに違いない。あの魔法陣は、必要のない俺を追い出すためのものだったかもしれないじゃないか。


 ならいっそ。このままこの森の中で消えてしまうのが一番いいのではないか。どうせ、俺のことを探してくれる人なんて、いないのだから。そうだ、それがいい。あぁ、これで何もかもから解放される。


 そう、喜ぼうとするのに、涙が頬を伝った。笑いたいのに、うまくできなかった。あいつの、エイミーの、隣にもう一度行きたいと思ってしまった。

 あんなにあいつのことを嫌っていたはずなのに、こんな時に、あいつの笑顔を見たくなるなんて、おかしいじゃないか。


 うずくまって泣いた。泣き続けた。オートモンド男爵家に来てから、あいつに出会ってから、泣くことなんて忘れていた。そんなことにいまさら気づいても、もう遅い。


 どのくらい時間が経っただろう。流し続けた涙が枯れてきたころ、俺はいきなり何かに乗せられた。驚いて下を見ると、草で編んだ籠を使って、俺をどこかへ運ぶ、⋯⋯、スライムが見えた。


 スライム⋯⋯?スライムはこんなことができるほど、賢い魔物だったのか⋯⋯?どこに運ぼうとしているのかわからないが、とりあえずいいことがある場所ではないだろう。もういい。どうにでもなれ。そう思って、俺はまた目をつぶった。


 降ろされたのは、木の洞の中だった。この中で煮るなり焼くなりするのかと思ったが、スライムは何もせず、ただ木の洞の前にいて、たまに来る狼や魔物を、べっとりした液体を吐き出して追い払っていた。なんだかスライムに守られているらしい。でも、どうしてスライムがそんなことを⋯⋯。


 しばらくそうしていたスライムは、突然木の洞の前から姿を消した。スライムがいなくなり、気をそらすものがなくなって、俺はまた暗い記憶を思い出してしまう。俺は誰からも必要とされないんだ、エイミーと違って⋯⋯。枯れたはずの涙がまた溢れてきた。どうして、どうして俺は⋯⋯。


 このまま消えてしまいたい、そう思った、そのとき。


「テオ!! 大丈夫?! 怪我とかない?! 早くうちに帰ろう?」


 はじかれたように顔をあげると、そこには二度と見ることはないと思っていた、エイミーの顔があった。信じられないと思った。嬉しかった。なのに。俺は。


「どうせ俺なんていらないんだ!! 皆から大事にされてるエイミーにはわかんないんだよ!! もうほっといてくれ!!」


 気づいたら、こんなことを口走ってしまっていた。違う、言いたいのはそんなことじゃない。あぁ、これで、エイミーに嫌われてしまうんだろう。


 エイミーは一瞬唖然とした後、覚悟を決めたような顔をして、俺の方に手を伸ばしてきた。その手は俺の顔のあたりで少し迷った後、俺の頬っぺたをつまんだ。


「い、いひゃい! あにふんだお!!」

「いい? 必要とされたいなら自分を大切にしなさい!! 今のあなたは他人のことを気にしすぎて自分を見失ってるの! 他人に何かを求めるだけの人を必要とする人がいる? そんなのは家族だけよ。

まずは自分をしっかり持って。自分らしさを大切にして。自分で自分を認めてあげて。そうして余裕が生まれたら、今度はまわりをよく見渡して。そこにはあなたが欲しがっていたものがあるはずだから。


今のあなたを必要としてる人はいなかもしれない。でもね、あなたのことを心配して夜遅くまで探してくれる人がたくさんいることは、忘れないで」


そう言って、エイミーは俺の頬っぺたから手を離した。


 俺はアホみたいに口を開けることしかできなかった。

 今まで、誰も、自分を大切にしろなんて、言った奴はいなかった。自分の欲求を押し付けてきて、その通りにならないなら捨てる、そんな奴らだらけだった。


 でも、こいつだけは違った。いつも、俺にどうしたいか、聞いてくれていた。それに俺は慣れていなかったから、エイミーのことを苦手に思ったけど、それは間違いだった。エイミーが何もせず、周りから必要とされていると思っていた俺は、とんだ馬鹿野郎だ。


 エイミーは周りの人を大切にしていた。それはただ、その人の言うことに何も考えずに従うことじゃなく、その人自身とまっすぐに向かい合って、その人を理解しようとすることだ。そして、その人が間違っていたら、その人のためを思い、勇気を持って正そうとすることだ。


 そして今、俺は、彼女の言葉によって気づかされ、救われた。


 俺はいつも、周りに必要としてくれることだけを求めて、人と向き合うことをしてこなかった。変わらないといけないのは周りじゃない、俺だ。

 エイミーならきっと、どんな俺をさらしても、そばにいてくれるだろう。だから、勇気を持って、一歩、前に。


「さあ、テオ。今度こそ、帰ろう?」


 そう言ってエイミーは俺の前に手を差し出す。ふんわりと微笑んだその顔を見て、ずっとこの笑顔を隣で見ていたいと、強く願った。


「うん!」


 そう、子供っぽい返事を返して、エイミーの手をしっかり掴んだ。


 手をつないだまま森の出口に向かって歩き出す。さっきのエイミーの笑顔が忘れられなくて、エイミーの横顔をじっと見つめていた。エイミーが突然こっちを向いた。目が合う。きょとんとした顔がかわいくて、でも、じっと見つめていたことがばれてしまったのかと思うと恥ずかしくて、勢いよく目をそらす。


「ねえ、テオ。ちょっと空見てて」


 エイミーってこんなにかわいかったのか、そんなことを悶々と考えながら、上を向いてしまったエイミーの顔を見つめる。


「ドッカーン!!」


 掛け声とともにヒューッと音をたてて光が空に昇っていくのが見えた。目で追っていると、光が爆発した。赤くて綺麗な光が、空いっぱいに広がった。


「どう? この色!! さっきのテオのほっぺの色を再現しました!」

「はあ?! 俺が赤くなるわけないだろ!!」

「ふふ。目が合ってびっくりして赤くなっちゃったんだよね。かわいかったよ」

「なっ⋯⋯⋯⋯!!」


 なんで俺がお前にかわいいとか言われないといけないんだ!よし、見てろ!俺が自分らしさを出したらそんなこと言えなくなるからな!今までおとなしくしてたけど、ほんとは男らしいんだぞ!!おまえより強くなってやる!!それに、かわいいのはお前の方だ!!


⋯⋯⋯⋯。


 最後に自分が思ったことに自分で恥ずかしくなっていると、上空から再び爆発音がした。空を見上げたエイミーを、ここぞとばかりに見つめてしまう。


「ねえ、テオ見て見て!! とってもきれいだよ!!」


 いきなりこっちを向いたエイミーと目が合う。今度は男らしくしようと、頑張って目をそらさなかった。


「いや、私じゃなくて空を見てよ」


 そう言ってまた、エイミーは上を向いてしまった。さっきの光より、今、俺の隣で嬉しそうな顔をしているエイミーの方が、ずっと綺麗だと、思ってしまった。


 光を見終えたエイミーと一緒に森の出口の近くまでたどり着いた。森の外で、皆が待っているのが見えた。エイミーが手を振ると皆、「エイミーお嬢様―!!」と笑顔で手を振り返している。


 あぁ、森を出たら、俺だけがエイミーの隣にいられるわけじゃなくなる。そう思うと、いつまでも森の中にいたくなる。この気持ちの名前はなんだろう、そう思った、その時。


「ハッッッッックション!!!!」

という音と共に、エイミーにべっとりした液体がかかった。こ、これは⋯⋯。


「い、いやーーー!! なにこれ!! なんかヌメヌメする!! くさい!! 気持ち悪!」


 間違いない、これは俺を運んだスライムが吐いていたものだ。でも、消えたはずのスライムの液体がどうしてここに⋯⋯?


 もしかして、あのスライムが、エイミーを呼んでくれたのか、そして、ここまで心配してついてきてくれたのか⋯⋯?いや、スライムがそんなこと、するわけがないじゃないか。知能がない魔物しか、ここにはいないはずだから。


 暴れたり落ち着いたりしている彼女をぼんやりと見つめながら、彼女のことを考える。俺のことなんか忘れて暴れたり、楽しそうに他の人と話したりする姿を見ると、面白くない。なのに、彼女が幸せそうにみんなと笑っている、その笑顔を見ると、俺まで嬉しくなってしまう。こんなちぐはぐな気持ち、はじめてだ。


 今、俺は、誰からも必要とされてない。その事実は変わっていない。でも、それでも、俺は今、今までにないくらい、温かい気持ちになっている。なぜかはこれっぽちもわからないけど、彼女の笑顔を見ていると、そう思えてしまうのだ。


 エイミーが屋敷に帰るための魔法陣を展開しはじめた。エイミーはふと、こちらを向いた。


「ねえ、テオ。今私の方見て笑ってなかった?そんなにスライムかぶってるの面白い?」


 違う、と首を振りながら、自分が笑っていたことに気がついた。どうして笑ってるんだろう。どうして、この瞬間を、こんなにも愛おしいと思ってしまうのだろう。


 答えが出ないまま、俺はエイミーが放った光に包まれた。

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