12.悪役女王は砕ける
食事のあと、家庭教師が来るまで時間があったから、テオの屋敷案内を引き受けた。
一生懸命説明しているのだが、どうもテオは楽しそうじゃないし、ほとんどしゃべっていなかった。
「テオ様、もしかして退屈ですか? 申し訳ありません。では何か別の⋯⋯」
「いや!! 退屈なわけではないんです!!」
いやいや、どー見てもつまんなそうだったからね?怪しい、という目でじと、と見つめるとそれを察したらしいテオが慌てて口を開いた。
「あのっ!! 俺⋯⋯、じゃなくて僕、貴族の人らしい口調で話せないんです。そんな話し方で話すのは失礼なんじゃないかなって⋯⋯」
あーー!!そういえばテオは品のないしゃべり方で魔法学園のクラスメイトに無視されてたんだっけ?もしここで貴族っぽい話し方を教えちゃうと魔法学園でモテモテになっちゃうかもしれないからな⋯⋯。だったら!!
「なら丁寧に話すのやめるね?私もこんなお嬢様みたいな話し方気持ち悪くっていやだったんだ。私達同い年だし、問題ないよね」
「えっ、僕、年齢言ってないような⋯⋯」
ふぉーーー!やっちゃった!!と、とりあえずごまかそう。
「あーーのですねー。同い年くらいかなって思っただけなの⋯⋯。それで、テオ何歳?」
「七歳で⋯⋯」
「私も七歳!! ほらやっぱりー! 同い年じゃん! 今さ、テオ、“です”ってつけようとしたよね? そーいうのいいから。普通に話そう?」
なんとかごまかせたかな?お願い、君は品のない話し方のまま魔法学園に向かうんだ。私が寂しくならない程度にかまってあげるから。
「じゃ、じゃあ、エイミー。俺、庭を見てみたい⋯⋯」
「よし、ついてきて!!」
私は元気よく庭に向かって走り出す。テオも慌ててついてきた。ミシェルに「人様の家の子に何やらせてるんですかー!!」と怒られたけど気にしなかった。
庭についたけど、そういえばうちの庭、ビンボーだから庭師さん一人しか雇えなくて、管理しきれないからほぼ一面芝生なんだった⋯⋯。どうしよう、見せるものがない⋯⋯。
「あのね、実は、この庭、ほとんど何もなくて⋯⋯」
と言いながらテオの方を見ると、テオが目をキラキラと輝かせていた。ん?芝生の前で目を輝かせると言ったらこれしかないだろう!私は靴と靴下を脱ぎ始めた。
「え?? なんでそうなるの⋯⋯」
「だって、テオ、ここで裸足になって遊びたかったんでしょう!! 芝生といえばこれしかないよね!! あっ!! 二人で鬼ごっこしようよ。今まで遊び相手がいなかったから何にもできなかったんだよねー!」
前世では、仕事を始めてからは遅刻しそうなときor終電逃しそうなときしか走ってなかったけど、高三になるまでずっと、休み時間は友達と校庭に出て鬼ごっこをしていた。
高三になってまでそんなことしてるの私達だけだったし、下級生から白い目で見られたりもしてたけど、すっごく楽しかったなー。鬼ごっこばっかりやってたから、鬼から逃げる技術には自信があるんだ!鬼ごっこが私の割とどうでもいい特技だったっけ⋯⋯。なつかしい!やりたい!
「考え込んでるとこ悪いんだけど、鬼ごっこってなに?」
テオの話し方が砕けてきた!よきかなよきかな。
「えっ! 鬼ごっこ知らないの!! どっちかが鬼になって、もう片方を追いかけるんだよ!」
そう言うとテオが眉をひそめた。
「鬼になるってどういうことだよ? お前まさか、魔物なのか!!」
「はっ?! 魔物じゃないし!! 鬼になるっていうのはそーいう意味じゃなくって⋯⋯。もう一人を追いかける役をやるって意味なんだよ」
この世界の人たちは鬼になるっていうと鬼に変身するって意味にとらえるのね⋯⋯。これからは気を付けよう。魔物だと思われて討伐されたら困る⋯⋯。
「よし! じゃーんけーん」
ポンっと言おうとしたけど、テオが頭にはてなマークを浮かべてる⋯⋯。
「も、もしかして、この世界、じゃんけんがないのーー!! ありえない!! どうやって嫌な係決めたり、残った牛乳の争奪戦をすればいいの⋯⋯」
これは私が広めるしかなさそうね。まずはテオから!
「いい? グーがチョキに勝って、チョキがパーに勝って、パーがグーに勝つの!! とりあえずなんか出して! 行くよー! じゃーんけーんポン!」
テオがグーで私はパー。よっしゃ、勝った!!
「じゃあ、テオが鬼ね! 十秒数えてから追いかけてきて! 声だして数えるんだよ!!」
ダッと一目散に逃げる。テオは運動神経抜群キャラだったからきっといい相手になるだろう。久しぶりに腕がなる!!
はじめは芝生を堪能したら終わりにするつもりだったのに、テオが意外と鬼ごっこ上手だったからだいぶ白熱してしまった。テオの方が足は速かったけど、私は前世で培った技術を使って逃げ続けた。
途中、私が魔法を使って屋敷の屋根の上に登ってドヤ顔で降参する?って聞いたらテオは驚異のジャンプ力で屋根まで登ってきた!いやいや、それどーみても身体強化だよね?!そんなの習ってるなんて聞いてないんだけど!!
その瞬間から互いの能力を最大限まで使うようになり、鬼ごっこはカオスと化した。瞬間移動を使ったり壁を駆け上がったり、私が出現させる障害物をテオが飛び越えたり⋯⋯。泥だらけになるのも気にせず鬼ごっこに夢中になっていると⋯⋯。
「お嬢様!! もう先生がいらっしゃったというのにその恰好はなんですか!!」
あ⋯⋯⋯⋯。
「お嬢様が家庭教師をつけてほしいと言ったのでは?」
「おっしゃる通りです。申し訳ありません⋯⋯」
「テオ様にまでそんなことをさせて⋯。もうお嬢様として扱う必要は⋯⋯」
「それだけはやめて!! これから気をつけるから!!」
ミシェルがはーーっと盛大な溜息をついた。
「次はないですからね? ところでテオ様、お嬢様はここでいなくなりますが、これからどうしますか? 私が案内を続けましょうか?」
「僕は、えっと⋯⋯」
「だったら私と授業受ける? 一人も二人もたいして変わらないでしょ」
「俺授業の方がいい!」
「お嬢様、子爵家の御子息にその話し方はなんですか!テオ様、うちのお嬢様の度重なる失礼な態度、どうかお許しください。私からたっぷりと言い聞かせておきますので」
「だってこのままじゃ⋯⋯」
テオが貴族らしい話し方を覚えちゃうじゃない!って言っちゃいそうになったけどテオがそれを遮ってくれた。
「ぼ、僕が頼んだんです。僕、貴族らしい話し方が苦手で⋯⋯。だから、このままじゃダメですか? この方が気が楽なんです⋯⋯」
ちょっと私が思ってた話とは違うけど、ミシェルに怒られるのは怖いからこの話にのっておこう。私は悪くないんだぞ、という顔でミシェルを見つめる。やれやれ、といった感じで口を開く。
「テオ様がそこまでおっしゃるならお嬢様は不問にしましょう」
た、助かった⋯⋯。テオ、ありがとう!
「お二人共、先生は図書室で待っておられます。くれぐれも失礼のないように。あと、授業前にきちんと二人で受けてもいいか聞いてくださいね。ダメと言われたらお嬢様が諦めてください」
「なんでよ?! 私のために来てくれてるんですけど?!」
「はいはい、先生をお待たせしてるので早く行ってください」
げせん。ミシェルはどうして私に対してあたりが特に強いのか⋯⋯。一応私付きのメイドで、前世の記憶を思い出すまではこんな扱い受けてなかったのに⋯⋯。