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アナザー サイド オブ ジ アザーズ(統合失調症)  作者: 穏世青藍


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3/3

終わらない監視編

 アナザー サイド オブ ジ アザーズ。

 それは、私とシガーの物語。

 アナザー サイド オブ ジ アザーズ。

 それは、私と彼女達の物語。

 アナザー サイド オブ ジ アザーズ。

 それは、私と心の物語。


 アナザー サイド オブ ジ アザーズ。

 ①他の人達の別の側面。

 ②他者のもう一つの顔。

 ③他者(複数)のもう一方の視点。


 本当は、分かっているの。

 本当は、分かっているの。

 本当は、分かっているの。

 …、本当は、シガーは、私の脳の中に置いた、昔、私をいじめていた人達の考え方だって、分かっているの。

 医学的には、何の証拠にもならないの。

 でも、私は、そう思うの。

 それは、単に、私の心の整理だから、シガーは、私を昔いじめていた人達だという考え方だとしても、別に構わない筈。

 ド素人の、なんちゃって所感だから、何の責任も取れないけれども。

 これは、軽〜く、さらっと読む、ド素人の井戸端会議的なものとしての、一つの考え方なの。 

 お医者さんが読んだら、びっくりして笑ってしまう考え方なの。

 でも、私は、それでも私なりに考えて答えを出していく必要があるの。

 渦の中の世界から抜け出す為に。

 この世界に足を踏んで立ち上がる為に。

 私に生きる世界を与える為に。

 だから、頑張って考えてみた。


 私は、子供の頃、長期に及ぶいじめを受けていました。

 きっかけは、幼稚園の事で、それからずっと続きました。

 ある日、私は、鼻の下にぐじゅぐじゅとした膿の様なものが一つ出来ていました。

 恥ずかしいので、母に、鼻の下に絆創膏を貼りたいと言いました。

 母は、顔に跡が残るからと言って、メンソレータムだけを塗って、ティッシュを小さくちぎったのをその上に貼るだけにしました。

 早く、乾燥させて、跡を残すことなく治したかった様でした。

 私は、とても、反抗しました。

 でも、母の意見の方が、押し切られました。

 私は、嫌な感じがしながら、幼稚園へ行きました。

 案の定、子供達に気付かれました。

 私の幼稚園は、帰り道、背の低い順に並んで2列になって歩いていました。

 私は、後ろの方に並んでいました。

 一番後ろには、担当の先生が2人がいました。

 後ろにいた女の子達が、私を取り囲みましだ。

 そして、気持ち悪い!!!、と言いました。

 私は、やっぱり…、と思いました。

 気持ち悪い、を連発されるのも、頭がおかしくなりそうですが、彼女達は、それだけではなかった。

 先生達と、別れた後、親御さん達が待っている場所へ帰る道が、彼女達と一緒でした。

 私は、私より背の高い女の子2人と背の低い女の子1人に囲まれて、通せんぼを毎日されました。

 勿論、散々、馬鹿にされました。

 その親御さん達から見えない場所で。

 あら、通せんぼなんて、可愛らしい…、と思われるかもしれませんが、私は、彼女達とは関わりたくなかった。

 前にも後ろにも行けずに、罵倒し続ける彼女達とは関わりたくなかった。

 何が恐ろしかったかと言うと、酷い事をしているのに、彼女達はそうする事を笑って楽しんでいた事だった。

 私は、子供の頃、…今もですが、気が強い方だった。

 人を苦しめて楽しむ人は、馬鹿だと思っていた。

 なので、馬鹿に馬鹿だと言われ続けるのは、我慢ならなかった。 


 何で私が人をいじめて喜んでいる様な馬鹿に馬鹿だと言われなければならないの!!!


 そう、心の底か叫んだ。

 もう、頭が気が触れていた。

 結構な考え方だと思われるかもしれませんが、この考え方が無ければ、私は、何かに精神を乗っ取られた筈だった。

 その感覚が私にはあった。


 シガーは、精神を乗っ取ろうとしていたのかは、分かりません。

 でも、私が、気絶しそうになる頭の中の感覚と、シガーに苦しめられている時の頭の感覚ほ、同じでした。

 

 視界の上半分が青黒く陰り、きらきらとした紙吹雪の様な細かい光が沢山散乱していて、頭はくらくらし、口の中はとてつもなく気持ち悪い何かに汚染されている金属を食べているかの様な味だった。

 

 気絶しそうになりながら、何で私が〜の言葉を口にしそうになった。

 泣いていたのか、覚えていないです。

 ただ、私は、子供の頃から、泣き虫だったので、多分、泣いていたと思います。

 こんな事で、大げさな…、と思われるかもしれませんが、私にとって、とても、正義と悪について、白黒の出た出来事でした。

 その後、何故か私の様子に気付いた母に、その私をいじめていた女の子達の1人女の子の親御さんに言う様に言われました。

 そんな事をしたら、余計にいじめられる、いつか、いじめは終わるだろうから、それまで耐える、と思いました。


 少し違う話かもしれませんが…、私は、シガーに酷い事をされて、最初は暴れまくりましたが、最後には、耐えようと思いました。

 いつか、シガーが、自分でした事を反省するか、単に飽きて終わりにするか、待とうと思いました。

 私は、シガーに、同情していました。

 酷い事をするには、それなりの理由があるのだろうと。

 だから、待たないといけないのだと。

 愛を注ごうと思いました。

 私は彼女達に、その時は、愛を注ごうとは、思いませんでした。

 でも、仲良くなりたかった。

 だから、希望を捨てなかった。

 耐えてみたかった。

 そして、仲間として、認めてもらいたかった。

 だから、事を荒立てたくはなかった。

 

 母は、家に帰ろうとする私を通せんぼうをし、怒リました。

 私は、嫌だ、嫌だと、言いました。

 暫く、戦いがありました。

 すると、業を煮やした母が、私をその女の子の家の前まで身体を抱えて連れて行き、降ろしました。

 そして、呼び鈴を押し、自分でその子の親御さんに言う様に言いました。

 私は、必死になって、帰ろうとしました。

 でも、その女の子の家の玄関が空いてしまいました。

 中から、その女の子の母親が出てきました。

 私は、後ろを振り向きました。

 母は、5メートル位後ろにいる様に感じました。

 母の顔は、とても険しかった。

 私は、怖くて、帰れなくなった。

 そして、その女の子の母親に、全ての事情を話した。

 その後の事は、記憶から抜けています。

 でも、その日の内に、夜に布団に入っていた私を起こして、母が、もう、いじめられる事はないからと、言いました。

 その女の子の母親が、他の親御さん達と話し合って、 

もういじめないと約束させる(た?)と、電話で言ったそうです。

 私は、何処かで、余計な事してと、放っておいたら、いつか自然といじめは終わるだろうから、それまで我慢すれば良かったのに…、と思っていました。

 次の日から、その女の子2人が仲良くしてくれる様になりました。 

 私は、心が、安らぎました。

 私は、その親御さん達に、今でも感謝しております。

 そして、いじめなくなった女の子達とは、大人になっても、一緒にいる事が怖かったけれども、前向に乗り越えていこうと思っていました。

 でも、あと1人、いるのです。

 その女の子は、私とは距離を置きました。

 そして、そしてです。

 私達は、小学校へ進学しました。

 仲良くしてくれる女の子達は、別の小学校になりました。

 もう1人の女の子は、一緒の小学校になりました。

 その女の子をAとします。

 すると、あろう事か、Aが、同じクラスになりました。

 私は、弱さを見せない様に、Aの前では、怖くない振りをしていました。

 もし、弱い所が見つかってしまったら、また、いじめられると思って、必死でした。

 一学期は何事もなく終わりました。

 二学期になりました。

 ここから、地獄が始まりました。

 ある日、朝礼の為に、皆で校庭へ行き、始まるのを待っていました。

 私は、ある女の子に目がいきました。

 ある女の子をBとします。

 Bの後ろには、Aが一緒にいました。

 私は、Bが着ている服が毎日同じだと思って、瞬間的にとても失礼な目付きになりました。  


 とても、悪かったと思っております。

 あの時は、ごめんなさい。


 話は元に戻ります。

 それを、Aは見逃さなかった。

 AはAに失礼な目付きをしたと完全に思い込んでいた様でした。

 もしくは、Bに失礼な目付きをしたと思ったのかもしれません。

 次の瞬間から、ABが騒ぎ出しました。  

 口火を切ったのは、Aでした。

 そして、Bが合いの手を入れました。

 私のある事ない事、皆の前で、大声で言い出しました。


 シガーが、失礼をこの上なく嫌って、怒り出した時の、この世の終わりを叫んでいるみたいな大騒ぎを、ABはしていました。

 そして、同じ様に、執拗でした。


 朝礼は週2回、他に何かあるとよく男女分かれて背の低い順に2列に並びました。

 ABは、その度に、騒ぎました。

 私は、とても、恥ずかしかった。

 私が酷い事をしたから、怒っても仕方が無い事なのだと、自業自得だと、思っていました。

 だから、何も言えずに、我慢した。


 シガーがとてつもなく怒ったのは、私が礼を欠いたからだと反省して、その異常な攻撃を仕方の無い事だと、自業自得だと思って、ただただ、受け入れた感情に似ています。


 酷い事をして面白がっているのは、子供だからだと。

 酷い事をするという事を自制出来ないのが子供だからだと。

 だから、それが悪い事だと分かっている大人の考え方を持っている人が、許さなければいけないと。

 改心するまで、待ってあげないといけないと。

 そして、その大人の考え方を私は持っていると。

 人は誰でも、持っている事と、持っていない事があると。

 そして、その大人の考え方は、いいことなのだと。


 シガーが、超頭脳戦で持っている、持っていない、と言ったのは、この事だと思っております。

 大人の考え方を持っている、持っていないと、言っていたと思っております。

 つまり、いい考え方を、持っている、持っていないと、言っていたのだと、思っています。


 皆、協力して、補いながら生きていくのだと。

 そして、何より、神様からの尊い教えが言っていると。

 何故か子供の頃から知っていた神様からの尊い教えがそう言っていると。

 隣人を愛せよ。

 病める時も健やかなる時も。

 それが、当たり前なのだと思っていた。

 人とはそういう風に生きるのが正しいのだと思っていた。

 だから、私はこの考え方を持って、ひたすら許して、ひたすら待った。

 ちなみに、私の神様は、日本の神様です。

 でも、家は、仏教です。

 神棚の隣に、仏壇があります。

 あまり、その事は、気にしていません。

 どちらも、崇めております。

 でも、熱心ではありません。

 普通の家庭と同じ位の柔軟さを持って、拝んでおります。

 ひたすら許して、ひたすら待ったけれども、余りにも、長期に渡った。

 ただ、段々と、怒っているのではなくて、楽しんで攻撃していた。


 シガーの歪んだ楽しみ方に似ていると思います。


 そして、何時しか、2年生になっていた。

 まだ、ABは、私の事を攻撃しまくっていた。

 楽しそうに、笑っていた。

 私の精神は、疲弊していた。

 そして、それに拍車を掛けたのは、周りの人達だった。

 周りの人達は、ABの言う事を、面白がって、助けようとする人が誰一人いなかった。

 …、一人はいたか…。

 一人はいた。

 遠足にいつも付いてきてくれる、大人のカメラマンさん。

 困っていた私を、ABの嘲笑から救ってくれた。

 とても、感謝しております。

 有難うございました。

 …、周りにいた子供達は、誰一人、助けてくれようとはしなかった。

 ただ、一緒に笑っていた。

 あっちこっちで笑っていた。

 私は、一人で耐えていた。

 そして、耐えきれなくなったので、2階の教室の窓から飛び降りて自殺する事にした。

 頭の中で、何度もシュミレーションをした。

 怖くはなかった。

 痛みは、全く想像出来ていなかった。

 でも、これで死ねると思った。

 心の底が、安らいだ。


 私はシガーに追い詰められてした自殺は何度もあります。

 死ねませんでした。

 とてつもなく、苦しくて、その世界から、逃げたかった。

 死ぬのが怖くはなかった。

 むしろ、本当の私の精神を、救ってあげられる、それまで耐えて頑張ってきた自分に対する、尊いプレゼントだった。

 だから、怖くはなかった。

 その時の、心の底と似通っています。

 

 自殺までカウントダウンが始まった。

 でも、ある時、私はある考え方に気付いた。

 本当は、ABのしている考え方が正しくて、私のしている考え方が間違っているのではないかと、思いだした。

 ABの考え方は、実は、普通なのではないかと思いだした。

 私が、愚かなのだと思いだした。

 普通になりたいと思いだした。

 そして、皆と、仲良くしたいと思いだした。

 だから、私が愚かで普通じゃないから、周りの人達は、助けてくれないのだと思った。

 …、というか、そう考えなければ、辻褄が合わなかった。

 私は、理屈が合わないと、心の底が乱れるタイプだった。

 なので、辻褄が合わない事が、私を混沌とした世界に貶めた。

 やってみようと思った。

 ABを信じて、同じ考え方をしようと思った。

 そして、もし、ABの考え方がやはりおかしなものだったのならば、私はこの世界で生きていけないから、その時は死のうと思った。

 だから、自殺は、一旦置いておこうと思った。

 私の置かれていた環境は、とてつもなく、愛のない世界だった。

 私への愛を語る事が、憚られる事だった。

 私への愛を笑う世界だった。

 それが、普通なのだと。

 優しさは、私以外には向けられていた。


 シガーは、仲間には愛情を注いでいました。

 仲間の違う考え方も、大体は、きちんと受け入れていました。

 しょっちゅう、仲たがいしては、頭の中を覗いて苦しめていたけれども。

 それは頂けないけれども、仲間思いの優しい人達なのではないかと思いました。

 羨ましく思いました。

 シガーの仲間同士の関係性に憧れました。

 シガーは、本当は、いい人達なのかもしれないと、思いました。

 私にも、愛を注いで欲しくなっていた。

 この心の動きは、とても、ABとその周囲の人達に対して抱いた感情に似通っています。


 私は、おかしいから、優しさを注がれないのだと。

 そう、必死に思い込もうとした。

 私は、私の脳の細胞に、ABの考え方を染み込ませた。 

 

 これが、シガーが私の中に棲み着いた始まりだったと思っている。

 シガーは、ABの考え方そのものだった。


 そして、私の考え方がABの考え方と混ざらないように、私の考え方からABの考え方を、脳の中で分けた。

 

 シガーが、私の中で、私と分離された。

 

 そして、私の考え方がABに見つからない様に、幕を張った。

 イメージとしては、ABの考え方は前頭葉の場所に置いた。

 申し訳ないですが、私は前頭葉という言葉を高校の生物の授業で習ったくらいで、どういう機能があるのかは、全く分かっておりません。

 なので、ABの考え方を前頭葉に置いたとしても、出来ていたのかは、全く分かっておりません。

 小学生の2年生の時に考えた事です。

 ABからの攻撃よりも早く、何を攻撃してくるのか察知するために、一番最前線にいる前頭葉にABの考え方を置いて、私に教える様にした。

 その、最前線を支えるのは、私の目だった。

 だから、私は、目に、とても気を張らせた。 


 シガーは、メ、を持っているとよく言いました。

 ここから来ていると思っております。

 シガーは、情報を入手するのに、メ、を使っていたと言いました。


 私の考え方は、ABからは見つからないであろう、私の心の底に置いた。

 そして、その考え方の存在を消した。

 

 シガーが、私の心の底を探る為に、鍵を探していました。

 それは、多分、幕を張って存在を消した私の考え方を知る為でした。

 何処かの脳の細胞にある情報を引き出す事の出来ると思っていた鍵を、くまなく探してきました。

 だから、しつこく攻撃してきたのだと思っています。

 それは、ABが、やりそうな事でした。

 嫌がれば嫌がる程、面白がってやりそうな事でした。

 ABは、暴露する事を楽しみそうだった。


 それからは私は、常に、心の底で、私の考え方で私を冷静に見ていた。

 勿論、ABの事も。

 本当の私の精神を乗っ取らせたくはなかった。

 あくまで、私は私だった。

 ABの考え方が私の中で完全にマスター出来るまで、脳の細胞に必死に彼女達の考え方の圧力を送っていた。

 情報を、脳の細胞にインプットしたかった。

 ABの思考回路を、脳の細胞に応用させたかった。

 そして、私は、仮面を被った。

 ABの存在の雰囲気、丸々、コピーした。

 何処からどう攻められても、隙がない覇気を出すイメージだった。

 出来る出来ないかは問題じゃなかった。

 必死に、その考え方に、食らいついた。

 そうして、見かけだけでも、ABと同等になったつもりでいた。

 でも、私は私だった。

 だから、見破られるというよりかは、ただ単に、ABの雰囲気を真似した困ったちゃんの私がいただけだった。

 だから、結局、いつも、いじめられていた。

 ABの考え方を脳の細胞に理解させる事に、私は躍起になっていった。


 シガーが、脳の細胞から情報を抜き出す事にこだわったのは、私の心の底に秘めたこの考え方を脳内情報搾取をして見つけてしまったから、ABを守る為に(シガーはABの化身だと思っていたと思っております)、焦って打破しようとしていたと思っております。

 

 ABが私にした事を、平然とABと同じ考え方をしていそうな人達やABと仲のいい人達にやってみせた。

 それは、その人達は、ABの考え方を普通だと思っているのだから、その人達にはABの行動は受け入れられるだろうと思っていた。 

 始め、彼女達は、顔を見合わせて驚いていた。

 当たり前だけれども、即に、見破られた。

 何をやっても、返り討ちにあった。

 何倍にもなって返ってきた。

 私は、頭がおかしくなっていった。

 そして、それは、私の友達が、友達となる人達が、段々と離れていくことだった。

 私は、本当の友達を失った。

 そして、側にいるのは、仮面を被った本当の私でない私と一緒にいてくれる人達だった。

 私は寂しかった。

 だから、私の側にいてくれる人達に、懐いていっ

た。


 この心の動きは、私がシガーの仲間になりたいと切に願った事に似ております。

 私は、とても寂しく、孤独だったから、側にいてくれる人達を、私を必要としてくれる人達を、大事にしようと思った、心の動きに似ております。

 たとえ、私をどんなに苦しめた人達でも、どんな悪事を働くのかを分かっていたとしても、私は、心の底から、とても寂しく、孤独だったので、シガーの側に存在したかったです。

 生きていく場所が欲しかったです。

 だから、シガーに、どんな悪事を働いてきたとしても、生きていく場所を用意してあげようと、お願いしました。

 そこから、シガーが更生していく事が出来ると、思ったからです。

 もしかしたら、シガーは、好きで悪事を働いている訳ではなかったかもしれなかったからです。

 それならば、そこに至るまでのその過程が、とても可哀想です。

 そうでも、そうでなくても、悪事を働く世界から抜け出せるのは、受け入れてくれる人達のいる環境が必要だと思ったから、生きていく場所を用意してあげようと、必死でした。

 シガーの世界から、シガーを助けてあげたいと思った。


 仮面は即に見破られ、彼女達の考え方を良しとする人達からは、嫌われた。

 私は、本当に、孤独だった。

 そして、私は、段々と、精神を蝕まれていった。

 何時しか、私がABの考え方をすると、何故か、私が心の底から好きな人達は、私から離れて行ってしまった。

 私には理解出来なかった。

 こんなにも頑張って、普通の考え方に合わせているのに…。

 こんなに心をすり減らして、普通の考え方に合わせているのに…。

 虚しかった。

 そして、私が心の底で怖がっている人達が、私の側にいてくれる様になっていた。

 私は、私なりに、その人達を大切にした。

 その人達は、優しかった。


 シガーが、仲間内には優しかったので、それを羨ましく思い仲間になろうとしました。

 私が、シガーの心の底を、シガーの仲間同士の対応から感じ取った時に似ております。


 だから、私は、無理をして、その人達に合わせた。

 でも、隙を見せられなかった。

 多分、その頃には、隙を見せても、受け入れてもらえていたのだろうと、今の私なら、そう思う。

 でも、その頃は、必死だった。  

 私は、精神のバランを崩した。

 ABの考え方を持つ私を受け入れてくれた人達の結婚式やイベントに参加出来なくなっていた。

 しかも、理由は、礼を欠いていた。

 本当は、参加して、お祝いやお手伝いをしてあげたかった。

 私は、そういう事が、本当は、大好きだった。

 率先してやりたいタイプだった。

 でも、ABの考え方が、それを阻んだ。

 私が、そういう事をやろうとすると、全力で攻撃してきた。

 私は、その頃には、脳内がABをブロックする為の考え方で、埋め尽くされていた。

 脳内が、汚染されていた。

 ABがある事ない事言って、私と全く関係の無い事をリンクさせてきた恐怖が、増幅されてきた結果だった。

 私は、勝手に名前を付けてしまいますが、脳内潔癖症になっていた。

 そんな名前はありません。

 勝手に付けただけです。

 誰かに言ったら、笑われます。

 その頃の私は、その事に関わってしまうと、酷い事とリンクされると思った。

 それが皆にその事が当然の様に認識され、その考え方が一般的になってしまうと思った。

 そして、それが、普遍となり、動かし難い事実へとなってしまうと、思った。

 だから、怖かった。

 そして、その考え方をするABの関連する言葉や事柄も、怖くなっていった。

 怖くて、怖くて、ブロックしていた。

 怖い言葉を頭の中(脳内)に思い浮かべたら、頭(脳内)にそれを否定する言葉を頭の中(脳内)に思い浮かべる。

 怖い言葉の文字を目にしたら、その周囲から、その言葉の文字を否定する言葉の文字を見つけ出す。

 怖い言葉を耳にしたら、その周囲から、その言葉を否定する言葉を聞くまで探し出す。

 怖い事柄に直接的・間接的に触れたら、その事柄に触れた箇所を、徹底的に拭き取る。

 そして、これらをするのが難しい時には、手を洗う。

 手を洗う事で、全て、浄化される…、気分になる。

 一番、手っ取り早い。

 だから、しょっちゅう、手を洗っていた。

 とても、苦しい世界です。

 この考え方には、多分、関連している事がある。

 私は、子供の頃から、考え方は、普通でいいと思っていた。

 別に、凄い人にならなくてもいいと思っていた。

 一般常識が分かっていればいいと思っていた。

 その一般常識から、はみ出る事を、とても嫌った。

 だから、一般常識に重きを置いていた。

 子供の頃は、私自身の一般常識のなさを痛感して、

自分にとてつもなく自信が無かった。

 大人になれば、一般常識が身に付いているから、その時に、色々な考え方の中から、世間で生きていく為に必要な普通の考え方を選ぼうと思っていた。

 それでいいと思っていた。

 それしか私が世間で生きていける様に守ってくれる方法が見当たらなかった。

 私は、選択の余地が見当たらなかった。

 ちなみに、この考え方は、3歳位の時です。

 そして、その時に、一般常識が充分な大人と思っていたのは、35歳です。

 20歳は、大人になったばかりで、まだ、世間の事は分かっていないだろうと、思った。

 だから、35歳は、私にとって、重要に思っていた。

 その為に、それまで私は、貪欲に情報を収集しようとしていた。

 私は、一般常識、普遍的な事に、とても、敏感だった。

 だから、ABの考え方の攻撃は、私の心の底を、とても深く蝕んだ。

 そして、とうとう、耐えられなくなって、引き籠もりになった。

 長い長い、精神との折り合いを付ける為の葛藤が始まった。

 その一方で、Aは警察官になったそうだった。

 私は初めそれを聞いた時に、人を自殺まで追い込んだお前がどうして警察官なんかになれるんだ!!!と、思っていた。

 警察は、私の唯一の、助けてくれる希望の光だった。

 だから、余計に、憤った。

 それから、私は、Aが警察官になった為に、怖くて刑事者のドラマや、警察官のドキュメンタリーが見られなくなった。

 全てにABの影が見え隠れした。

 全てにABの影が見え隠れしていた。

 全てにABを含む存在の影が見え隠れしていた。

 私は、警察が、怖くなっていった。

 私は、毎日、ヒステリーになっていた。

 何歳になっても、その影に怯えていた。


 シガーが、警察だとか、公安だとか名乗った時に、私は、とても迷って怯えた。

 

 でも、シガーが現れる前には、その影に怯えていたけれども、もう、許していた。

 そもそも、初めから、許していた。

 でも、それは、私の心の底にある、大人の考え方が許す事以外を考えさせなかった。

 だから、私は、許す事は、何のわだかまりも無かった。

 私は、許せる考え方を持っている事は、本当はおかしいのではないかと思った。

 だから、別のアプローチを心の底にしていってみた。

 私にはない考え方をしている、考え方が許せるのかどうかと考えた。

 それは、かなりの時間を掛けて、ABを許していった。

 そして、納得できた。

 私は、引き籠もりから、抜け出せた。

 そして、シガーが現れた。

 AB、そのものだった。

 それは、私が私の頭の中にABの考え方を染み込ませた考え方を持っていた。

 それまでは最前線の前頭葉にいたABの考え方を、後頭葉(機能的な事ではなくて、ただ場所の事だけです)に置いた為に、脳内のバランスが崩れたのかもしれない…と、思っております。

 納得して、無害化されたそのABの考え方。

 暴走しだした…、と思っております。

 でも、シガーが、私に、最終確認をしに来たのかもしれない。

 分かりません。


 ここからが、シガーを許すまでの心の底の動きになります。

 とても長いです。

 この考え方を持って、私はシガーと対決しました。


 現在、Aが警察官なのかどうか、分からない。

 もう、退職されているかもしれない。

 でも、きっと、立派な警察官だったろう。

 きっと、更生して、立派な警察官になっていただろう。

 何も、更生するのは子供だけでなく大人も同じだ。

 何時でも、気付いた時から、更生は出来る。

 だから、ABが、どのタイミングで更生したのかは分からない。

 更生はしてないかもしれないけれども、警察官だったのならば、一定の心持ちはあっただろう。

 それで、充分だと思っている。

 ABが、また闇で、私を嘲笑っているかもしれない。

 でも、ABを許そうと思う。

 いつか、ABが、闇から抜け出したいと願った時に、私は応援しようと思う。

 もし、絶対に無いけれども、ABが私を頼ってくる事があったのなら、出来る範囲で助けようと思う。

 …、お金の事は、論外だか。

 私は、ABがどのような人であっても、受け入れようと思う。

 たとえ、私を嫌っていたとしても。

 いじめられていたけれども、私は、ABと友達になりたいと思っていた。

 おかしい話かもしれない。

 でも、そう、思っていた。

 嫌われているけれども、ABは、私の中では、友だ…と言いたい。

 大切に、大切に、愛を注ごうと、思う。

 罪は、誰にでもある。

 小さいものから大きいものまであるけれども、その罪は、何故、生まれたのだろうか。

 その背景を知らないで、罰を与えられるというのだろうか。

 その罪は、私達の愛が注かれなかったから、生まれたものだ。

 愛が注ぎ足りなかったから生まれた罪を、愛によって浄化するべきだ。

 その人に関わった、全ての人達が、出来る範囲で、その人の更生を手助けしなければならないと思う。

 それは、私達の生きる存在の意味の一つだ。

 人は生まれながらではなくても、いつか自然と罪を背負う。

 それが、人の成長点の一つだから。

 私達は、成長する時には、必ず幾つもの選択をする。 

 その中に、罪のある選択も出てくる。

 罪を犯そうと思って罪を犯す人と、そうだったりそうでない人と、そうでない人がいる。

 苦しんで罪を犯す人と、苦しんだり苦しまなかったりして罪を犯す人と、苦しまないで罪を犯す人がいる。 

 負の選択には、それを選択しないで乗り越える為の、愛を注いてくれる存在がいる事が必要だ。

 ここで、愛を注がないと、罪人になってしまう人もいる。  

 でも、ここは、ある一つの最終決断の時だ。

 本当は、その前から、愛を注いでくれる存在の認識があると、罪は犯さない人も出て来る筈だ。

 愛されているという認識は、その人の選択を、罪と言われる事から、遠ざける。

 その負の選択をするのは、いつかの、私達かもしれないし。

 もしくは、私達の大切な人かもしれない。

 それとも、私達の世界を支えている人かもしれない。

 だから、愛を注いで、暖めておく必要がある。

 全ての人に愛を注ぐ事は難しい。

 各々、自分の周りの人を、大切に暖めればいい。

 その重なりが、世界を暖めれる。

 罪を未然に防げるのならば、防いだ方がいい。

 でも、愛は、何時でも、足りていない。

 愛が足りている人、愛が足りていたり足りていない人、愛が足りていない人がいる。

 それは、色々な、考え方を持つ人達が集まる世界だから。

 それは、それで、仕方のない事だ。

 その人の心の自由は、確保しなければならない。

 心を許すという事は、愛を注ぐという事だ。

 多様性を許そうと思う。

 それは、一つの愛の形だ。

 そして、色々な選択が、重なって、世界が出来ている。

 必ずしも、いい結果の選択が出来ているとは限らない。

 迷いが生じる。

 そして、心のバランスを失う。

 その度に、自分自身と置かれた環境と向かい合う。

 そして、また選択をする。

 誰かの愛で、軌道修正出来る時もある。

 でも、必ずしも、それを選択するとは限らない。

 その人の心のあり様も、関係してくる。

 その愛を受け入れる事が、出来ない時もある。

 そして、それを支えることが出来るのは、愛だ。

 私達の存在は、愛で出来ている。

 私は、ABを許そうと思う。

 その心の底は、愛で溢れている。

 偽善じゃない。

 もし、偽善であっても、その考え方は、素敵だ。

 その考え方に触れたのなら、それを受け入れた人は、そこから、偽善じゃない。

 誰か一人でも救える人生は、とても、素敵だ。

 偽善なんて言わせない。

 だって、誰かが、何処かで叫んでいる。

 助けを求めて、叫んでいる。

 暗闇から抜け出したくて、叫んでいる。

 私達は、皆で、愛を注げばいい。

 一人では、とても、無理だ。

 何も出来ないと、嘆かなくてもいい。

 闇から抜け出す人の為に、ただ暖かく、その場にいてもいい環境を作ればいい。

 その場に存在する事を、暖かく見守ればいい。

 それだけでも、とてつもない愛を注いでいる事になる。

 そこに存在してもいいという事が、どれだけ、心を暖める事か。

 そして、それは、誰かの心を暖める。

 愛を注いでいる内に、いつか、誰かの心が暖まる。

 そして、それは、浄化される事だ。

 愛を注ぐ事は、己を浄化する事だ。

 愛は強い。

 全てを浄化するから。

 闇は強い。

 全てを覆うから。

 愛を注いで見える世界がある。

 愛が浄化して見える世界がある。

 愛に満たされて見える世界がある。  

 そして、その世界は、私達の存在の世界だ。

 だから、私は、無理をしない範囲で、愛を注ごうと思う。

 私の周りに愛を注ぐ。

 分け隔てなく、愛を注ぐ。

 皆、皆、そうすれば、その重なりが、誰かを暖める。

 そして、その誰かは、助けを呼ぶ誰かに愛を注ぐ。

 そして、助けられた誰かが、また誰かに愛を注ぐ。

 そうして、そうして、繋がっていく。

 私達はこの世界の一部分。

 素敵な素敵な一部分。

 必要な必要な一部分。

 誰一人、欠けてはならない。

 誰一人、見捨ててはならない。

 誰一人、蔑ろにしてはならない。

 私達は、皆、平等だ。

 私達の存在は、誰にも誇れる愛で出来ている。

 愛なくしては、あり得ない私達の存在。

 愛が滅びる時、私達の存在の世界は、滅びる。

 愛は、希望の切り札だ。


 …、と長くなってしまったが、私は、この考え方で、ABを許しながらシガーも許す事にした。

 この考え方がなければ、私は、まだ、シガーの渦の中の世界にいたかもしれない。

 私は、それは、真っ平ごめんだ。


 私は、終わりのない監視から、抜け出せる…、かも。

 私は、もう、怖くない…、かも。

 やっぱり、少しは、まだ、怖いかなぁ。

 理屈じゃないみたい。

 でも、私なりに、無理をしない程度に頑張ってみるつもりです。

 シガーの幻影にまだ怯えてはいるけれども、その幻影へ丁寧に丁寧に愛を注いでいこうと思う。

 それが、私の私なりのこの世界での生き方だ。

 シガーのお陰で、私の心の底が、よい方向へと、舵を切った。


 ここからは、シガーの身を案じて、守ろうとした心の底の動きです。


 シガーの罪は、消えないだろう。

 でも、私はシガーを゙許している。

 だから、シガーに罰は必要ない。

 罰は、次の罪を犯しそうな人にだけ必要だ。

 罪を何らかの形で反省しているのならば、もう、次の罪を犯さないで済む為の愛が、誰かから注がれているだろう。

 そして、その人も、誰かに愛を注いでいるだろう。

 もし、その人から、全てを取り上げてしまって、その人の愛が注がれなくなってしまったら、誰かがバランスを崩してしまう。

 それは、私かもしれない。

 誰かかもそれない。

 友かもしれない。

 友の友かもしれない。

 だから、ここは理性で、罰を与えない。

 そして、出来れば感情で、愛を注げないだろうか。

 無償の愛だ。

 それは、罰を与えられない存在の場所を認めてあげる事だ。

 一見、誰からも愛を注がれていない様に見えていても、その場に存在する事を許されているのならば、それは何がしかの愛が注がれているという事だ。

 だから、罰を与えないだけで、存在の場所が許される事になる…という事もある。

 その存在の側に一緒にいたくはない人もいるかもしれない。

 それは、仕方のない事かもしれない。

 だから、無理をして、一緒にいる必要はない。

 そして、その場所に存在する事が出来た人は、寂しいかもしれない。

 でも、一人という事は、考える為の、時間が与えられているという事なのかもしれない。

 だから、これも、一つの愛の形だ。

 そして、考え抜いて、考え抜いた先に、沈黙を破る時、もう、その人は、浄化されている。

 誰かの愛で浄化されているのならば、その人は、もう、次の段階にいる。 

 もう、罪は、犯さない。

 また、その人も、誰かを暖める人になる。

 その人は、誰かの友になる。

 その友は、私達の友かもしれない。

 そして、私達の友が、私達を暖める。

 そうやって、そうやって、暖めていく。

 私達の世界は暖かい。

 その人に罰を与えられるだろうか。

 その人は、誰かを暖めながら生きている。

 ただ存在するだけで、誰かを、そっと暖めている。

 人との繋がりは、存在の重なりから出来ている。

 そして、その繋がりは、無関心からは産まれない。

 存在を認識している以上、その人に何がしかの関心は向けられている。

 そこから、始めていけばいい。

 無理矢理、心を広げて、暖めていかなくてもいい。

 傷付けられる事もあるかもしれないから。 

 それは、罪人だけでなくて、世間一般でもあり得る事だ。 

 少しずつ、少しずつ、側にいてあげればいい。

 その重なりが繋がりになる。

 その繋がりが、その人を暖める。

 その人が暖まると、誰かをそっと、暖める。

 それは、素敵な愛の形だ。

 それを含めて、罪を許していく事の出来る人になれれば、素敵な人生になると思う。

 罪は罪でしかなくて、人はそれを纏わない。

 罪が生まれたのは、環境のせいだ。

 初めから悪でも、環境が、それを変えられる。

 それに、初めから善でも、環境がそれを変えてしまう。

 人とはそういう生き物だから。

 環境が大事だ。

 暖かい環境が必要だ。

 罪を犯した人に対する世間の目は厳しい。

 でも、その人が、立ち直るのには、最後は、世間の暖かい目で見てくれる環境が必要だ。

 暖かい繋がりが必要だ。

 罪を許す事で、私達の世界は、愛で溢れた暖かい世界になる。

 存在を認める事。

 その人の存在を認める事。

 私達の世界に、その人の人生を存在させる事。

 一人にしない事。

 それは、各々存在する世界で支える事が必要だ。

 そして、私達は私達で、その罪を許す心の整理が必要だ。

 私達も考える必要がある。  

 そして、許せる人になる。

 面倒臭いかもそれないが、それが、私たちの世界を暖かい世界へと繋げていく事になる。

 出来るだろうか。

 出来るだろうか。

 出来るのだろうか。

 出来なくても、少しずつ、少しずつ、やってみる事が、必要だ。 

 それも 一つの愛の形だ。


 シガーを守ろうとした心の底の動きでした。


 その後、私は、公安委員会さんとお世話になった会社へ、お手紙を書きました。

 氏名・住所を書いたり、匿名と書いたりもしました。

 相手にして頂けていたのかどうなのかは、全く分かりません。

 最後のお手紙に、公安委員会さんには、統合失調症を患っている事、医師の元で治療を受けている事、そしてその時はまだシガーの影から抜け出せていなかったけれども、シガーは私の病気がもたらしたものかもしれないという事、振り回してしまい申し訳なかったという謝罪の言葉を書きました。

 本当に存在すると、信じて疑わなかったからです。

 シガーから、抜け出す為に、助けて欲しかったからです。

 シガーが罪を犯したら、世界が大変な事になるとパニックを起こしていたからです。

 シガーを止めたかつたからです。

 そして、何より、大切な友を守ろうと必死でした。

 お世話になった会社には、まだ、シガーの影から抜け出せていなかったので、シガーが、メ、を使って、内部情報を入手していると。

 潜入させて内部情報を入手していると。

 脳内情報搾取をして内部情報を入手していると。

 建物の外から、電波(音波?)の様なものを使って、内部情報を入手していると。

 遮光カーテンの様なものを使っても、ブロック出来ないと。

 〜さんの事を知っていると。

 〜さんと会った事があると言っていたと…、知り得た情報全てを、書いた。

 そうしなければ、守れないと思ったからです。

 私には何も出来ないから、お世話になった会社でしっかりと対策して、無事であって欲しかったからです。

 最後には、私の情報で、煩わせてはいけないと思い、もう、お手紙は出しませんと、書きました。

 私なりの、精一杯の、それまでお世話になってきた会社への、御礼でした。


 あの時は、本当に、申し訳ありませんでした。

 心から、お詫び申し上げます。

 また、病気が再発して、シガーに振り回されても、もう、お手紙を書かないように、医師と相談します。

 どうか、許して下さい。

 お願い致します。


 話は元に戻ります。

 シガーと向き合って、私なりに考え方が深くなったと思う。

 愛を注ぐ事を、恥ずかしい事だと思う時もあるかもそれない。

 それは、それで、必要な心のあり方だ。

 別に、悪い事ではない。

 私は、私にその考え方が私の心の底で生まれたのならば、それを受け入れようと思う。

 私達の存在の世界は、過去と現在と未来から出来ている。

 その考え方は、そのどの一点だ。

 私達の愛を注ぐ考え方も、愛を注いだり注がない考え方も、愛を注がない考え方も、この世界に存在してもいいと思う。

 私達にとって何が一番いいのかと言う事を考えていくという事は、色々な考え方を受け入れていく必要がある。

 そして、各々の人生の終わりに向かって、答えを出していく。

 色々な人がいてもいいと思う。

 だから、恥ずかしいと思って出来ないのならば、無理にする必要はない。

 それを許す事も、一つの愛の形だ。

 誰かに愛を注ぐという事は、心に負荷が掛かる事もある。

 だから、時折、休む必要もある。

 エネルギーがとても必要だ。

 休んでいる人を、槍玉にあげてはならない。

 まず、自分自身に、愛を注がないといけない。

 自分を満たして、いつか、誰かを愛すればいい。

 不甲斐ないなんて思わなくてもいい。

 誰にでも、出来ない時はある。

 そうして、私は、出来る所から、ちょっとずつ、ちょっとず、始めている。

 

 アナザー サイド オブ ジ アザーズ。

 それは、私にとって貴方の事でもあるかもそれない。

 アナザー サイド オブ ジ アザーズ。

 それは、貴方にとって私の事でもあるかもしれない。

 アナザー サイド オブ ジ アザーズ。

 それは、誰かにとって誰かの事でもあるかもしれない。

 

 アナザー サイド オブ ジ アザーズ。

 私は私をどう思うだろう。

 アナザー サイド オブ ジ アザーズ。

 貴方は私をどう思うだろう。

 アナザー サイド オブ ジ アザーズ。

 誰かは私をどう思うだろう。

 

 私は、いつも、こう思う。

 罪を憎んで人を憎まず。

 誰隔てなく等しくあれ。

 ついでに、無い袖は振れぬ。

 それが私のモットーだ。

 

 アナザー サイド オブ ジ アザーズ。

 私にとって、それは、闇の事(シガーの中の善の悪)だ。

 アナザー サイド オブ ジ アザーズ。

 私にとって、それは、光の事(シガーの中の悪の善)だった。

 アナザー サイド オブ ジ アザーズ。

 私にとって、それは、愛の事(シガーの中の悪と善を受け入れ許した私の中の過去の考え方から抜け出た現在の考え方)だった。

 

 この世界は、闇と光で出来ている。

 それを纏めるのは、愛だと思う。

 侮る事なかれ。

 だって、今ある世界が暗やむから。

 恐るる事なかれ。

 だって、今ある世界が光るから。

 憤る事なかれ。

 だって、今ある世界が愛を注ぐから。

 

 シガー。

 シガー。

 私の中のシガー。

 もう、いいのよ。

 許してあげる。

 貴方達を闇の世界から救い出すわ。

 そして、貴方達を光の世界へと導くわ。

 

 理解されない思考回路だろう。

 たまに、私は、こう思う。

 これは、ストックホルム症候群なのかと。

 でも、私は、違うと思いたい。

 思いたいけれども、分からない。

 

 こうして、私は日々、自己分析をする。


           終

 


 最後までお読み頂き、有難うございました。

 これは、統合失調症の一つのケースです。

 この考え方は、偏った考え方なのかもしれません。

 不快に思われた方、大変、申し訳ございませんでした。

 私は、この考え方がなければ、統合失調症から、抜け出せませんでした。

 抜け出ず為の何か別の考え方があれば…と、考えてみたりもします。

 今の所は、この考え方に、戻ってしまいます。

 出来る所から、頑張っていこうと思っております。

 お身体、お気をつけください。

 お元気で。

 さようなら。

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アナザーサイドとノイローゼ日記を読了しました。 とても、とても長く、大変な旅をされてきたのですね。 読んでいて胸が苦しくなる場面も多く、自殺にまで追い込まれながらも、こうして戻ってこられたことを、本…
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