商談中
「ノア。多分客になりそうなの捕まえてきた」
屋敷に戻ってノアに今回の事を言うとしかめっ面で返された。
「アレックス様……私達は学園で貴族同士の繋がりをより強固にするために通っているのです。商人として客を引き込みに向かっている訳ではありませんよ」
何故か敬語で言われてしまった……
でも今回の事を説明するとため息をつきながらも了承してくれた。
「これからエムリアール侯爵が来るのなら確かに私が交渉しないと。その話ってサロン中に聞かれていたでしょうね」
「サロンってなんだっけ?」
「各派閥の拠点に使っている教室の事よ。エムリアール家は司法を担当しているから権力もかなり高い。だからエムリアール家と仲良くしたい貴族は多いのよ、それに賄賂とかも受け取らないから強固な壁でもある。それを魔道具という形で接触できたのはかなり幸運と言えなくもないけど」
「それじゃ付き合いは良い方が良いのか」
「普通はね。でもあなたみたいに接触できた人間はこの先一生あなただけでしょうね」
呆れながらもエムリアール家とかかわりが出来たのは良かったようだ。
そして侯爵を連れてくるという事は向こうは本当にコピー機を欲しているという事らしい。
開発をより進めたいところだが……
「今の所複写機ってどうなってる?」
「あなたの指示通り一旦他の素材で同じものが作れないか確かめてみるみたいだけど、現状は新しい素材の開発をしないとできそうにないみたい。そういった魔道具の部品を開発している所にも相談しているようだけど上手くはいってなさそうね」
「そりゃそうだろうな。ようやくできた複写機のパーツを簡単に見つけられるわけがない。ただの確認だ」
「そう。それじゃ商談に向かって色々詰めるわよ」
こうして俺とノアで細かい点を洗い出し、相手にも納得してもらえるようにどうするか決める。
「アレックス様。エムリアール侯爵とエムリアール侯爵令嬢がご到着されました」
「今行く。それじゃ勝負だな」
「ええ、いい商談になる事を祈るわ」
エムリアール侯爵を迎えに行くと3人が玄関に待っていた。
侯爵令嬢と白い髭の爺さん、そして青い髪のダンディなおっさんが侯爵である。
「初めまして、エムリアール侯爵。ヘキサグラム辺境伯の息子、アレックスです」
「妻のノア・ヘキサグラムです。この度はご足労いただき誠にありがとうございます」
「うむ。早速詳しい話を聞きたい。例の魔道具について」
「ではこちらにどうぞ」
応接室に通して俺達話し合う。
まず今回の経緯と令嬢との会話、そしてどこで話したのかも伝えておいた。
侯爵はどこで話したのかと言う所で顔をしかめた。
「なるほど、経緯は分かった。娘が随分先走ってしまったようだ」
「いえ、構いません。そして先に伝えた通り販売する事は出来ませんので実験に協力するという形でお貸しする事は出来ます。無知で申し訳ありませんが、複写機を急いで用意する必要はないように感じられるのですが」
「娘も言っていたように様々な資料を模写するのに人件費や細かい間違いが多い。特に誤写や誤字が多いだろう。それにより1人だけ間違った情報を与えてしまう事もある。司法の場に置いて細かな違いが法で裁く際に大きな決断材料となる。故に少しでも間違いがただされるのであれば貸していただきたい」
この世界の文明レベルは低い。
その1つとして強く感じるのは司法の場。
何せ科学捜査なんて元の世界でも近代まで行われる事が無かった技術を当然この世界も有していない。
DNA鑑定だってほんのちょっとさかのぼればガバガバの鑑定結果である可能性は非常に高い。
そのせいか司法の場で最も重視されるのは証言である。
つまりあそこで犯人を見た、あの人は一緒に居たという証言が重視される訳だ。
だからその証言を書いた資料の誤字などで間違いが起きた場合罪人になるかどうか大きく左右されるという事。
いや~これ嘘ついたらあっという間に完全犯罪出来そうだな。
これも文明レベルが低いせいだけど。
「ノアはどう思う。事情や仕事の内容的に確かに複写機の重要性が大きい気がするけど」
「エムリアール侯爵の言葉は最もですが……それではこのような条件でいかがでしょうか」
ここから始まる交渉に関しては高度過ぎる貴族としての言葉などで伝わり辛いので要約すると。
まず貸し出すがレンタル料はなし、その代わり不具合などが起きたり欠点を発見した時にはしっかりと資料にまとめる事。
いつ故障や異変が起きてもいいようにこちらの従業員を駐在させる事。
故障と判断された場合には無理に複写機を使わない事。
故障によって起きた事故などはこちらが責任をもって治療にあたる事。
レンタルなので製品が完成した際には返却してもらう事。
そういった内容にエムリアール侯爵はこちらに問いかける。
「これらの条件は私達にとって非常に条件が良すぎる。いったい何をお考えですかな?」
「私と言うよりは夫の判断です。ここは損をしてでもエムリアール侯爵に寄り添うべきだと」
「……どういう理由かお聞かせ願いますかな?アレックス殿」
「まぁ色々理由はありますし、細かく伝えるのは苦手ですが……あえて言うならブランドとしての力を上げたいと考えたからでしょうか」
「ブランド。複写機と言う誰もが欲しかった魔道具を最初に作ったのにブランドですか」
「ええ、ブランドとは信用であり付加価値だと私は考えております。確かに最初に発明したというブランドは強いかもしれませんが、他の商会がロイヤリティーを支払い、より高性能かつ安価な物を作ればあっという間に無価値になります。しかしエムリアール侯爵が信用し、使っていただいたというブランドはそう簡単に落ちないと判断いたしました」
「…………なるほど、司法の場で使われている魔道具と聞けばその信用と実績は類を見ない物となるだろう。つまり目的は完成後の販売のために我が家の名を使うと」
「その通りです。司法の場でも使われている複写機、そう聞けばその信用はより上がる事でしょう」
これが今回の俺の考えだ。
実験という危険性がある以上金を取るのはしのびない。
だから実験データを代わりに提供してもらいながらエムリアール家が使っていると宣伝させてもらう。
これなら後からの稼ぎで取り返す事が出来ると予想した。
ノアにも同じ事を言った際にはレンタル料くらいはもらっても良いと思うと言われたが……ケガするかもしれない物を貸して金も取るってちょっとやり過ぎじゃない?
向こうから無理にでも貸してくれって言われたから良いだろって言われたらそれまでなんだけどさ……
「なるほど、確かに理に適った商法だ。だがこちらから提案するのはレンタル料の支払わせてもらいたい」
「……え?何故です??」
無料で良いと言っているのに向こうから金を出すってどういう事??
「このままではこちらに大きな貸しが出来てしまう。アレックス殿の言葉に大きな裏がない事は分かっているが、それでも他の貴族達から見たらどう思うだろうか?金も払わず他の領地の産業を一人占めしているというのは」
「それは……ズルい?」
「少々幼稚だがそういう事だ。はっきり言うと他の領地や王家でも複写機と言うのは非常に欲しいものだ。特に貴族を相手に売っている新聞や本を売っている会社にとって何としてでも手に入れたい夢の魔道具だ。それをタダ当然で使っていると知ったら君の所に私達も無料で使わせろと言ってくるだろうな」
あ~、そこまでは考えてなかったな。
なるほど、これが商売の難しさか。
「なのでこらちからはレンタル料の支払い、そして買取の優先権を得たい。これでどうかね」
ノアに視線を送って確認すると黙ってうなずいた。
「それではそのように」
握手を求めると握手で返してくれる。
これで契約はほぼ成立。
あとは書面にまとめてサインしてもらうだけだ。
「あ、そうだ。複写機の運搬と駐在員に関してはこちらでお送りしますね」
「それは非常にありがたいが……道中大丈夫かね?」
「それに関しては大丈夫かと。あと非常に重いので力自慢の方とかいますかね?力のある騎士の方とか」
「それならば私兵を使おう。それから送る先に関しては屋敷ではなく職場である王都の裁判所に送ってほしい」
「なるほど、分かりました。あとで裁判所に行って広さを確認してもよろしいでしょうか?それから複写機を置く場所も確認しておきたいので」
「承知した。では改めて裁判所を案内し、置く場所や搬入場所を決めるとしよう」
王都での商売も足がかりは得たと言っていいだろう。
でも最初が裁判所って言うのは思ってもみなかったけどな。




