ご精算ありがとうございます
「調査の結果、表向きなイブンレーク公爵の悪事は見つからなかった」
「勿論でございます。潔白が証明できて良かったです」
安堵の表情で、公爵が伝える。
「……表向きは良いんだけど、裏は駄目だったね。
君さあ、一応切れ者公爵なんだから、娘の扱いを何とかできなかったの? 後妻の子、ナナベル嬢か。彼女はずいぶんと品がない。あの失態では、もう嫁の貰い手はないだろうね。かわいそ」
セバスチャンは、ここでもアルカイックスマイルを崩さない。
そしてここからが本題だと言うばかりに、話に力が入る。
「あの状態を見て、僕の叔母パフニャが大変心を痛めてね。君の先妻レンナと親友だったのだけど、君と結婚した後は手紙の返事もこないし、社交にも出てこない。訪問しても会わせて貰えないと嘆いていたんだ。
君は知らなかったのかもしれないけど、叔母には養子に行った弟がいてね。叔母たっての希望で、その弟にレンナの子を守らせていたんだよ。
君もよく知っていると思うんだけどなぁ?
君の家の従者アランは、僕の叔母である王弟の後妻の弟なんだよ。
叔母の生家は、言わずと知れた侯爵家。アランは剣の腕を見込まれて辺境伯へ養子になったんだけど、叔母の願いで君の家にいたんだ。
身分を隠して働いていたのは済まないと思うが、ターニャ嬢を守れて良かったよ」
一気に顔色を失くすアブラン。
(ああ、全て知られているのだ。でも、どうしてここまでするのだ。こんなこと、どこにだってある話だろうに)
セバスチャンは、困惑しているアブランに更に話を続ける。
「僕はねえ、気に入ったんだよ。ターニャ嬢を僕の妃にしたいと思っているんだ。
でもさあ、あの惨状を見たら、もうターニャ嬢を公爵家には戻せない。だから叔母の養女にすることにしたんだ。
君だっていらない子だったんでしょ?
なら素直に手放してよ。
ああ、今さら欲なんてかかないでね。
君への罪状なんて、 いくらでも作れるんだから」
そこにいたセバスチャンは、いつもと違う迫力のある歪んだ笑顔を浮かべていた。
アブランが逆らえる訳もなく、その場で書類は整いターニャは王弟夫妻の養女になった。彼女はドリースタン大公の娘、大公女ターニャになったのだ。
ターニャのデビュタントの日以降、イブンレーク公爵への醜聞は止まらず、ナナベルもナーベリも常にイラついていた。
「バルーン、ガチャン」と、家具を壊すナナベル。
使用人達に暴言・暴力をぶつけ、悔しさや憎しみを発散する母子。
「お止めください、奥様。ああ、痛い、助けて!」
「うるさい、うるさい。使用人は主人に従うものなのよ!」
髪を引っ張られ、引きずられる侍女。
怒り取り乱す母子を、止められない使用人達。
庇えば最後、次のターゲットは自分になるだろう。
毎日が、阿鼻叫喚である。
少し前までは、ターニャを詰っていれば機嫌を取れた侍女達。
ターニャの世話を殆どせず、食事や湯浴みだって最低限にしかしなかった。
家庭教師が来るので、身だしなみだけは整えていた体たらく。
食事だってナナベル達の指示で、古くなったパンや萎びた野菜を出すこともあった。毎回ではなかったが、それを見るだけでテンションはだだ下がりだ。
勿論そんな食事を許すアレンではない。
外部で調達し、不足ないようにターニャを守っていた。
糾弾すれば済むことだが、アレンが ここに派遣されたのには、まだ理由がある。
公爵家を観察する目的からだ。
イブンレーク公爵家と言うよりも、後妻のナーベリ夫人を調べることだ。
明らかに、先妻レンナの死因は可怪しい。
社交にでなくなったと思ったら、2年程で衰弱して死んだと言うアブラン。病気らしい病気をしていなかったレンナが、何故衰弱死したのか?
医者は嘘をついてはいないが、余計なことは他者に漏らせない秘匿義務がある。
公爵家を調べながら、ターニャを守っていたのだ。
アランの養父の辺境伯は、レンナの実父だ。
兄弟姉妹が多くて、放任されていたアレンを見出だしたのがレンナの父だった。
大切に育てて貰った恩に報いる為にも、優しかった義姉の為にも否やはない。姉の愛したターニャは、自分にとっても大事な家族なのだ。
そんな思いで公爵家にいたアランは、漸く姪を救い出せたのだ。
イブンレーク公爵であるアブランは、毎日居心地の悪い思いで過ごしていた。
あの件以来、貴族達からは遠巻きにされている。
寄り子である親戚達だけは態度は変わらないものの、公爵家の行う投資先には打撃が出ていた。
信用商売というか、心象商売と言っても良い。
ターニャが着ていたドレスを、有名店ではないと馬鹿にしたナーベリ。彼女は多くの貴族を敵に回した。
貴族とて資金には限りがある。
リメイクしたり、手縫いしたり、交換したりと、予算内で工面しているのだ。
お金を使うのが悪とは言ってはいない。
金が回らないと、経済も滞るからだ。
問題は使い方だ。
自分や実の娘だけを着飾り、先妻の娘には不遇を与え、手作りしてくれたドレスを貶める態度は最悪だった。
そのせいで投資先の服飾店は、イブンレーク公爵家が利用することで人足が途絶えて潰れた。
そればかりか、イブンレーク公爵家に関わる事業が軒並み傾き、事業先から退いてくれと懇願され、違約金を渡されて追い出された。
いくら公爵家であっても事業先は他の貴族も絡む為、ごねることも出来ず受け入れた。
王宮に勤務しているので国からの報酬はあるが、投資事業がなければ資産は目減りしていくだけだ。
それでもナーベリやナナベルの散財は止まらない。
さすがに有名な服飾店の出入りは断られていたが、平民が利用する中級店や、宝石店への出入りは続く。
「高級服飾店じゃないから安いわ。たくさん買ってあげる。ほほほっ」
「そのぶん宝石を買いましょう。綺麗に飾るのよ。ターニャがいくら大公女になったとしても、元の美しさが違うのよ。見せつけてあげましょう。ふふはぁ」
「ええ、お母様。私が王族に嫁げば、身分なんか逆転するわ。見ていてくださいな」
現実を見られない母子は、いつも楽しそうである。
そしてダイアナとカイナの元には、莫大なお金が振り込まれていた。
理由はターニャを庇ったせいだった。
内訳は、公爵家の長女を悪漢から守ったからだと言う。
「ん?」と考える。
ああ、そうか。
女神様からすれば家族と言えど、ターニャにとっては敵なのだ。それを守ったことになるのだ。
そしてその請求先は、イブンレーク公爵になる。
ターニャを糾弾した人達から、報酬がでる形だ。
まあ、慰謝料だと思えば良いのかな?
そしてターニャのドレスを作ったカイナには、更に報酬が払われていた。
「ええ、あれはそんなんじゃないの。善意なのだから、報酬なんて欲しくないわ」
思わずそう告げると、頭の中に声が響いた。
「解っているわ、そんなこと。
でも今回は貰っておいてね。その資金で、ターニャのウェディングドレスを作ってあげて欲しいのよ。
ダイアナの姉妹みたいなターニャだもの、私も大切に思っているわ。ウェディングドレスを作った時は報酬はでないからね。
勿論、ダイアナのウェディングドレスの時も、報酬なんてないからね」
優しい声でそう伝え、声は遠のいた。
「解りましたわ、女神様。私だって、娘達のお祝いに報酬なんていらないですよ」
カイナは微笑んで呟く。
ダイアナの女神様は、もう一人の過保護な母親みたいねって。
とは言っても、ターニャがすぐに結婚する筈もなく。
大公家で、母親の親友パフニャに愛でられるターニャだ。
パフニャにレンナの思い出話をされ、少し寂しいながらも新しい母のことを聞いてほっこりする。そして時々アランの話も出てくる。
パフニャの侯爵家とアランの辺境伯家は隣接していて、年が近い3人はいつも一緒にいたと言う。
特にアランの兄は物凄く強くて、年若いアランには親からに関心は向けられなかったようだ。
脳筋優先主義の辺境伯家だったらしい。
ターニャんの義母となったパフニャは、レンナとアランと3人でよく遊んだと笑う。アランから公爵家の情報を聞いていたパフニャは、森での話を聞いて大笑いしていた。
「レンナもね、よく森で小動物を追いかけていたわ。その親が出てきて、木の上に登って降りられなくなって泣いていたり、落ちて怪我をしたりで。私とアランが薬草集めしてても、一人でどっか行くからいつも心配してたわ」
懐かしそうに話すパフニャは、レンナが生きているように楽しそうに話してくれた。
伯爵家の令嬢で、政略結婚したレンナとアブラン。
最初は仲良くしていたらしい。
けれどナーベリが現れて、歯車が狂った。
だからレンナは、ターニャを守る為にパフニャに助けを求めた。
「ターニャだけは守りたいの」
そう言って。
その時はまだ手紙は止められていなかったので、パフニャとの交流は続いていた。
その間に辺境伯の家にいたアランに相談し、大公家と辺境伯家を巻き込んで潜入することになったのだ。
アブランが何とか納得する理由をつけてアランが公爵に入った時には、既にレンナは衰弱していた。その時にターニャを託されたのだ。
「ターニャをお願いね」
「勿論だ。命をかけて守るよ」
結局レンナは、ターニャが8歳の時に儚くなった。
それからもアランは調査を進めるが、レンナの件に進展はなかった。
そうして年月が経っていったのだ。
イブンレーク公爵家は、急速に資金が減っていた。
アブランにも買い物を制限されたナーベリ達は、今まで購入した宝石等を売って資金を得ようとした。
「何よ! 全然入っていないじゃない。泥棒だわ!」
宝石箱に入っていた筈のお気に入りの宝石は、50個を越える程あった筈なのに、全部失くなっていた。それにお気に入りのネックレスもだ。珍しい黒曜石のブレスレットさえもだ。
「きっと使用人ね。だから卑しい身分の者なんて信じられないのよ。早く出しなさいよ。騎士を呼ぶわよ」
ヒステリックに怒鳴り散らしても、犯人などいない。
女神様が持っていったのだもの。
ダイアナの国で争いになっては大変だからと、違う星で換金している徹底振りだから、星単位で存在はないのだ。
「そんなこと誰もしません。信じてください」
元々信頼関係がない、ナーベリ達と使用人達。
ナーベリ達は容赦なく、使用人達の部屋を荒し暴力を振るい酷い有り様だった。
さすがにアブランも駆けつけて、両者に話を聞いた。
いくら調べても使用人に不審な点はなく、かと言って宝石も見つからない。質屋にも流れてはいないようだ。
使用人達は、ここの仕事を辞めたがっていた。
けれど、デビュタントの一件以来、使用人達もターニャを虐げたと噂が立っていた。一部事実だが、そのせいで次の就職先が確保できそうにない。だから環境最悪のこの場所を離れられなかったのだ。
でももう、こんな仕打ちに堪えられない。
使用人達はアブランに土下座して、紹介状を依頼した。
退職金なんていらないから、紹介状だけでもお願いしますと。
なんとか紹介状があれば、下位貴族家でも働ける。なければ貴族家では雇って貰えないからだ。
アブランはこの惨状を目の当たりにし、この家のことを口外しないという条件をつけ、紹介状を書いて解雇した。
内情を口外されることはなかったが、料理人と馬番、執事以外の殆どが辞めた公爵家。大勢が退職したことを鑑みれば、周囲は察する。
それから新たな使用人は入ってこず、定期的に寄り子からメイドが派遣されて掃除を洗濯をして帰っていく。
毎日日替わりで、夜間に泊まる者はいなくなった。
そんな環境に堪えられないナナベルは、ダイアナの国に嫁ぐことになった。こんなに評判の悪い公爵令嬢を娶るなんて。なんて酔狂と思うが、嫁ぎ先はまさにダイアナの生家、グランディーバ伯爵家だった。
あれからチュリアとディクショナリは、後継者問題で子供の暗殺をあからさまにしだした。
毒殺・誘拐・事故等が日常茶飯事になり、アルデンテもミディアムも疲れきっていた。
二人とも美しく、後継者にと教育も施されていた為に賢く成長した。
母の子アルデンテは、愛人に似て黄金の輝く髪に水色の瞳を持つ大層な美少女だった。
愛人と父の子であるミディアムは、漆黒の髪と瞳を持つ美少年だ。
彼らは伯爵家などなくても生きていける力があった。
暗殺されるくらいなら、逃げようと思った。
子供同士は特に憎しみはなく、モンタナのことを気の毒に思っていたし、生家の環境の異常性も成長することで気づいていた。
ある日アルデンテは、宝石加工の職人と駆け落ちすることをミディアムに告げた。ミディアムは最初驚いたが、愛する人ができて良かったと祝福した。
アルデンテは、「こんな環境に一人で残して、逃げてごめんね」と言う。
こんなに会話したのは初めてだった。
もう会えなくなるから、最後にと思ったらしい。
「僕のことは心配しないで、元気でいてね」と、素直に告げることが出来た。
その後グランディーバ伯爵家は、大騒動だった。
チュリアは、ディクショナリが殺したんだと激昂し、本邸内は騒然となっていた。その頃のこの夫婦は、本邸を譲るまいと愛人達も引き連れて暮らしていた。
暫くしてアルデンテから手紙と写真が届いた。
アルデンテと夫、それに生後僅かな赤ん坊が笑顔で写っている。
「ああ、何よこれ。勝手に結婚なんかして。でも無事なのね、良かった」
チュリアと愛人は、心から喜んでいた。
そして本邸から去っていく。
しがらみが強く、離縁は難しいのは同じだ。
だからもう、チュリアはそこから離れることにしたのだ。
チュリアの愛人リエルは、チュリアを抱きしめてこう囁いた。
「僕だけは君と一緒だよ。もう良いだろう。憎むのは止めて静かに暮らそうよ」
チュリアは静かに頷いて、そうねと言ってゆっくり歩いていく。
伯爵家の実験はディクショナリに任せ、チュリアは領地へ去っていく。
時々来る、アルデンテからの手紙を楽しみにして、リエルとアクセサリーを作りながら年を重ねていた。
「私、幸せだわ。もっと早くこうしていれば良かった」
「僕はずっと幸せだったよ。君が懸命に頑張る姿も、悩む姿も傍で見ることができた。君は僕のもっとも憧れる職人だ。その君と共にいられるのが、どんなにか素晴らしいことか伝わっているだろうか?」
目を閉じて優しく肩をつけ、ソファーに座る二人。
「私、モンタナには申し訳ないと思っているの。あの子が一番の被害者だもの。……きっと恨まれているわね」
悲しげに俯く彼女に、リエルは言う。
「じゃあ、毎日懺悔しよう。教会に行って祈ろう。僕も祈るから」
それから二人は教会へと通う。
赦しなんてなくても、生涯祈っていくのだ。
評判が悪く嫁の来てのないグランディーバ伯爵家と、隣国の公爵令嬢ナナベルは婚約した。そしてナナベルは婚約した途端に、グランディーバ伯爵家に押しかけ住み始めた。
ミディアムは美しいしお金はあるしで、ナナベルに不満はない。爵位は低いが気にもならなかった。
ただナナベルは、使用人への態度は悪い。
それだけはミディアムに咎められた。
「この伯爵家に残ってくれている、大事な使用人を労って欲しい。むたいにしないでおくれ」と。
ディクショナリは公爵だが、ミディアムの母は子爵令嬢だった。
だからどうしても下に見てしまう。
それを許せるミディアムではなかった。
「あら、お義母様。こんな事も知らないのですか?
この細工は今の流行りなのに。ホホホッ。やっぱり子爵家だから」
「言い過ぎですよ、謝りなさいな」
「まあ、申し訳ありません。ふふふっ」
明らかに侮蔑の籠った言い方、反省していない態度に伯爵家一同がブチキレた。そもそも公爵家だからと押しかけてきて、失礼すぎる。
この婚約は暗殺騒ぎで評価が落ちたことに加え、この国の王家からの依頼である。隣国の公爵令嬢の婚約が困難で、グランディーバ伯爵家に頼みたいと。
公爵家を足掛かりに、宝石を売り出すつもりなのだろう。この国の名産なので王家より優遇されている。断る理由もなかった。
けれど限度があるだろう。
だからミディアムは、王家に依頼した。
ナナベルの影武者を立てることを。
2か月後、ナナベルはとても優しくなった。
使用人を労り、ミディアムの母にも今までの言動を謝罪した。
勿論ミディアムとも、公爵のディクショナリとの関係も良好だ。
社交には出ていなかったナナベルだが、環境に慣れたことで参加することになった。
前評判は最悪のナナベルだったが、いざ舞踏会に出れば礼儀正しく優しい彼女は、容易に受け入れられた。
ピンクブロンドの艷めく髪と大きな瞳は、間違いなく庇護欲を擽る。
「やっぱり噂は噂ね。全然宛にならない」
「本当。可愛らしい方だわ」
「そんな、ありがとうございます」
ミディアムは優しく微笑み、ナナベルは頬を染めた。
そのやり取りに、ホンワカする周囲だった。
その後イブンレーク公爵夫妻が、グランディーバ伯爵を訪れた。
その際ナーベリに、影武者のナナベルが対応する。
今までのナナベルのデータから、最適解の返答を返す。
「ねえ、ナナベル。私達にも少し資金の援助をお願いできない? ミディアム様に頼んでよ」
遥々隣国まで来て労りの言葉もなく、ぎこちない笑顔で資金援助を頼むナーベリ。
それに対し、「無理だわ。私はまだ婚約者だし、伯爵家から公爵家にお金のことなんて。恥ずかしいわよ」と返すナナベル。
矛盾なく答えるナナベルは、公爵家にいた時と同じ口調だ。
アブランも微笑んで、「済まんな、ナナベル。気にしなくて良いから。それにしても落ち着いたな、見違えたよ。他国で苦労するだろうが、頑張って幸せになれよ」と、握手を交わす。
「ありがとう。お父様」
「ああ、元気で」
「はい。お父様もお元気で」
結局、公爵夫妻は気づかなかった。
ナナベルが影武者だと言うことに。
隣国に帰り、怒りに燃えたナーベリは、ナナベルに怒りをぶつけた。
贅沢に暮らし、周囲にも恵まれている癖に、親に援助もしないなんて。
「もう、いらない。あんな子いらないわ。殺してやる」
そう言ったナーベリは、私室で呪文を唱えた。
それをこっそり見ていた、交代で通うメイドのサラ。
彼女は定期報告をアランに伝えた。
「娘に呪文? きな臭いな。ナナベル嬢の情報を探ろう」
伯爵家に潜ませたメイドから、幽閉されていたナナベルが死んだと報告が来た。
アランは表面で活動していたナナベルが、影武者だと知っていた。
「ああ、馬鹿だなあ。娘を殺すなんて。でもこれで、レンナの死因が解ったな。…………アブラン公爵には、本当のことは秘密にしよう。彼自体は殆ど無害だからな」
暫くして、公爵家からナーベリ夫人の姿が消えた。
『残された手紙には、愛する人と暮らします。
探さないでください』とだけ記されていた。
アブランは嘆き悲しんだが、最近は落ち着いたらしい。
彼自身近年心休まらず、疲弊していたことに気づいたようだ。
今は嫁いだ娘からの手紙を楽しみにし、戻ってきた使用人達とのんびり暮らしている。
彼はこのままの方が幸せなのだろう。
そっと、目を伏せるミディアム。
レンナとナナベルを殺したナーベリは、伯爵家の鉱山にいた。
逃げられないように監視付きだ。
呪文が唱えられないように、魔法で会話を封じられている。
これまでも邪魔な人を殺めたかもしれない彼女。
その罪を償う意味で、鉱夫用の娼婦に堕とした。
もう解放されることはない。
治癒の魔法を持つ者がいるので、自殺も封じられている。
懺悔する時が来るかは謎である。
ダイアナ、カイナ、ターニャ、アラン、セバスチャンの仲は、進展していない。
今はお茶会で、ゆっくり距離を縮めているところである。
「無理、王太子妃とか無理です」
「王太子じゃなければ良いの?」
「い、いやー、あの」
(ああ、辛い。怖いんだよ、この人。圧がぁ)
アルカイックスマイルの中にも、本当の笑みが混じるセバスチャン。
ターニャは逃げられない。
アランとカイナは、時々買い物に行く仲だが、それだけだ。
アランは責めるも、カイナは「またまたぁ」と交わしている。
(ああ、なんで。お茶はしてくれるのに。トホホ)
30代の恋愛は、なかなか趣があるようだ。
ダイアナと言えば、バリバリ仕事と善行を積む日々だ。
(恋愛はきっかけがあれば、いつでもできそうだわ。今は貯金よ)
今日も幸せそうに「チャリーン」の音を、聞く日々なのだった。
「みんなが幸せだから、私も幸せなのよ。
お金も貯まって幸せ!」