29:少しワクワクしながら
「オリビアさま、お迎えにあがりました」
朝食を終え、部屋で待っていると、ノックの音ともにスノーが顔をのぞかせる。
「スノー、どこに向かうの?」
「アズレークさまの書斎へお連れするように言われていますよ」
アズレークの書斎!?
それって……彼の私室に当たる部屋だ。
彼のプライベート空間に足を踏み入れるのは初めてのことになる。
そもそもこの屋敷の中で、私が行ったことがある場所は、食事をとるためのダイニングルーム、自室、エントランス、中庭、厩舎ぐらいしかない。
アズレークの書斎……。
どんな感じなのだろう。
少しワクワクしながらスノーに連れられ、書斎へ向かった。
スノーがドアをノックし、声をかける。
返事にあわせ、扉を開けると……。
存外に普通だった。
暖炉があり、本棚があり、机があり、応接セットがあり。
窓からは雪が降り積もった庭が見えている。
アズレークの個性を感じさせるようなものは何もない。
そこで気が付く。
そうだった。
この屋敷は2年間の契約で借りたに過ぎない。
つまりズラリと並ぶ本も、アズレークが選んだ本というわけではない。暖炉の棚に並ぶ沢山の写真も、アズレークの家族や親戚が映っているわけではない。
今更だが……。
アズレークのフルネームさえ、知らなかった。
年齢も出身も、家族のことや生い立ちも。
三度の食事をしているのに、そこでアズレークが自身の身の上について話すことはない。結局、食事の時でさえ、魔力のことや魔法のこと、聖女に関することばかり話している。
普通の話をしたのは……初日の夕食の時だけだ。それでさえ、このプラサナスがどんな場所であるのかという話で、アズレーク自身の話は……。彼が子供の頃、一時この地にいたことぐらいしか話していない。
アズレークが刺客という立場だからだろうか。
自分のことを明かしたくない、そんなオーラを感じる。
「オリビア、どうかしたか?」
書斎にはいるなり立ち尽くす私を、アズレークが不思議そうに見た。
「いえ、その、初めて書斎に入ったので、つい見入ってしまいました」
「なるほど……」
偶然だが、私が物思いに耽っていたのは本棚の前。するとアズレークは私の隣に立ち、その美しい指で本の背に触れた。
「この本は私も読んだことがある。詩集だが、言葉の響きが美しい」
「……詩集を読むのですか?」
アズレークが使う魔法の呪文は、無駄な装飾がない。だが詩には、飾るように言葉が並べられていることも多い。まさに彼の思考とは真逆の存在、それこそが詩だと思っていた。だから、アズレークが詩集を読んでいる、そして言葉の響きを美しいと感じている――意外だった。
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【御礼】
誤字脱字報告いただいた読者様。
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