89:意識を保てない
耳元で声が聞こえ、ハッとして目が開いた。
するととんでもなくキリッとして整った男性の顔が、目に飛び込んできた。どんなに素敵な男性であろうと。驚きの方が勝り、悲鳴を上げそうになった。
でも瞬時に口を手で押さえられ、その男性は自身の唇を指で押さえ「しーっ」と合図を送ってきた。心臓をバクバクさせながら、でも本能的に口を押さえる手を掴んでいる。
だ、誰、この男性は……!?
「パトリシア様、驚かせてすみません」
キリッとした青年は、青藍色の瞳を私に向けた。
澄んだよく通る声をしている。
そして私の名前を……知っていた。
でも私はこの整った顔立ちの青年を知らない……。
そう思ったが。
頭頂部でまとめられた黒に近い緑の髪――サラサラでとても長い。これはどこかで見たことがある……。
「私はセシリオ・スアレスと申します。魔術師レオナルド様に仕える魔術師補佐官の一人です。パトリシア様が……レオナルド様の婚約者と知らず、咄嗟に眠りの魔法をかけてしまい、申し訳ありませんでした」
レオナルド……アズレークの補佐官……。
そう言えば。
そうだ。
王宮からの帰りの馬車で、彼を見かけた。
騎乗したその姿は姿勢がとてもよく、平安時代の姫君さながらの美しく長い髪をしていたので目についたのだ。
でもなぜそのセシリオに私は眠りの魔法をかけられたの……?
そこで自分がどんな状況にあったのかを思い出す。
ロレンソと共にゴメル地区のホテル街に向かい、そこでグロリアとアズレークを見つけた。すぐにロレンソの転移魔法で二人のそばへ移動し、私はアズレークの名を呼んだ。でもその瞬間、腕を引っ張られ……そうだ。詠唱される呪文を聞いた。
そうか。
それを唱えたのがこのセシリオということね。
ということはつまり……。
グロリアと逢瀬を楽しむのを私が邪魔しないよう、セシリオが動いたということ……?
「今、レオナルド様を呼んできますから。このままお待ちください」
そう言うとセシリオは青竹色のマントを翻し、部屋の外へと出て行く。私は自分がベッドに横になっていたことに気づき、起き上がったのだが。
ベッドのシーツと薄手の掛け布は共にサテン生地のようで光沢がある。しかも色がワインレッド色。カーテンは閉じられ、そちらもワインレッド色。絨毯は毛足の長い黒で、壁紙も黒。照明は薄暗く、昼間のはずなのになんだか夜のようだ。
そこにノックの音がして、扉が開き――。
「……パトリシア!」
部屋に飛び込んできたレオナルドが、有無を言わせず熱烈に抱きしめてきたので、驚くと同時に身を硬くしてしまう。
「……まったく、君は……。ロレンソに聞いたよ。僕の浮気を疑うなんて。どうしてしまったんだい、パトリシア? 僕がどれだけ君を好きなのか……。伝わっていなかったのかな?」
……ロレンソ! ど、どうしてレオナルドに話してしまったの!
「でも……僕も悪かったと思う。パトリシアが疑いたくなるような行動をとっていた。でもこれには理由があった。それを説明した方がよさそうだね」
そう言うとレオナルドはようやく私から体を離したと思ったが。そのまま抱きかかえられ……。
部屋には円形のローテーブルがあり、そのそばに椅子が一脚しかなかった。レオナルドは私を抱き上げたままその椅子に腰かけた。そして再び私をぎゅっと抱きしめる。レオナルドの姿でここまで熱烈に抱きしめらたことがないので、もう心臓が大騒ぎになっていた。
しかも、「説明をした方がよさそうだね」とレオナルドは言っていたのだが。説明を始める気配はなく、レオナルドの熱烈な抱擁が続いている。
正直。
こんなに熱い抱擁は久しぶりだった。
もうそれだけで全身から力が抜けそうなのに。
熱烈な抱擁をしているのはあのレオナルド。
ドレスではない軽装のワンピース越しで背中や腰、脇腹にレオナルドが触れているのだ。
常に優雅で落ち着いたレオナルドから、全身全霊で求められているという事実に眩暈を覚える。
い、意識を保てない。
ついに私が崩れ落ちるようになって、ようやく、レオナルドの抱擁がおさまった。でも私は完全に脱力し、結局、ベッドに横たわることになった。レオナルドはベッドに腰をおろし、私の頬や頭を撫でながら、静かに話し始めた。
「ロレンソとパトリシアが追っていた『魔法の薬』。あれを僕達も追っていたのだよ」
いきなりの衝撃の一言に、吹き飛んだ意識が戻って来てくれた。
「きっかけは……宰相のぎっくり腰だ。最初は、本当にぎっくり腰だと思っていた。でもこっそり宰相から呼び出されてね。『魔法の薬』の話を聞くことになった」
そう言えば、そんな話があった。宰相が参加するはずだったイベントに、急遽王太子であるアルベルトが代理で出席することになった理由。それはぎっくり腰だったはずだ。でも……違うのか。宰相は確か御年70歳に近いはず。そうか。『魔法の薬』を……。なるほど。
「ひとまず僕の魔法で、その『魔法の薬』がもたらした腰痛は抑えることに成功したのだが……。宰相以外にも、相応の地位にある人間が、この『魔法の薬』による症状に苦しんでいることが分かった。このまま放置はできないと、『魔法の薬』について調べることになったのだよ」
おはようございます。
お読みいただきありがとうございます!
次回はお昼に公開します。
【一気読み派の読者様へ】
以下作品完結しました!
ミステリー要素が強いので
感想の閲覧タイミングはご注意ください~
暗殺回避の方法は?
暗殺者は何者なのか?
読者様と作者の頭脳戦!
トリックは見破られるか、バレないか!?
ラブ要素満載×謎解きも満載
『恋をしたら死あるのみ!?(R15)
~乙女ゲームの暗殺されちゃう聖女に転生~』
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主要キャラ全員のイラスト&挿絵ありです。
乙女ゲームの聖女に転生した主人公。
だがその聖女、ゲームのヒロインが登場するため
暗殺される運命だった――。
生存本能があるので、そう簡単には暗殺されませんよ!
お昼休憩、週末での一気読み、いかがでしょうか~



























































