88:アズレーク!
「ロレンソ先生、例の灰の成分は分析できたのですか?」
「ああ、それが……。間違いなく、あの灰は普通ではないと思うのですが……。どうもあの瓶から出し、一定の時間が経つと、ただの灰になってしまうようなのです」
「そうなのですか!?」
ロレンソの魔法をもってしても、抑えるのに苦労する何かがあの灰にはあったはずなのに。それがただの灰になっていたということは……。
「『魔法の薬』という名前の通り、本当に魔法が使われていた、ということでしょうか」
「そうだと思います」
魔法を使える人間があの薬を流通させているとなると。尻尾を掴むのはなかなか難しいと思うとロレンソは打ち明けた。しかも『魔法の薬』として販売しており、その効果もきちんとあることから、相応の魔力の持ち主が関わっていると考えられる。用心しているだろうし、何かあれば魔法を使われ、何もなかったことにされる可能性も高い。
「一応、パトリシア様を案内した後、取引が行われている通りや広場を見て回るつもりですが、様子見ですね。……そして国の機関に相談したところで、解決するかどうかも謎ですが」
なんとも歯がゆい事態だが。確かに国の機関では……勿論、国の機関の中にも、魔法を使える人間はゼロではないだろう。だがきっと簡単には解決できないと思われた。
「さて、パトリシア様。そろそろゴメル地区が近い。馬車から降り、徒歩で向かいましょうか。帰りはちゃんと馬車を止めたところまで送りますから」
ロレンソの言葉に急に不安な気持ちが募る。「分かりました」と一応は落ち着いた声音で返事をしているが。呼吸が浅くなり、緊張していると自覚できていた。
それでも馬車が止まり、地面に降り立つと。
深呼吸をして、ロレンソと並んで歩き出す。
大通りを横断すると、そこはもうゴメル地区だ。
そして目の前に見える建物は……すべてそういうホテル。
「どのあたりで見かけましたか、二人のことを」
ロレンソに言われ、当該のホテルがある建物へと向かう。
アズレークとグロリアが出てきたホテルの入口の前を通り過ぎる時は、本当に心臓が止まりそうになった。でもそこから出てきたのは、見知らぬ男女。ホッと胸をなでおろす。
「時間としては、パトリシア様が目撃した時より20分程早い。そこのスペースで待機しましょうか」
ロレンソが言うスペースは、街灯があり、石造りのテーブルと椅子がある。それはチェステーブルと呼ばれるもので、テーブルの表面が白黒に着色されており、チェスボードになっているのだ。チェスピースを持参すれば、すぐにそこでチェスで遊べるようになっている。
ちょうどアズレークたちがでてきたホテルも見えるし、二人が腕を組んだ曲がり角もここからは一望できた。
チェスをやるつもりはないので、向き合う形ではなく、斜め横になるよう、ロレンソと私のそれぞれで椅子に腰かける。
すぐに雀が飛んできて、近くの地面をついばんでいた。どうやらここに座り、パンくずをくれる人がいるのかもしれない。
「パトリシア様は、チェスはお好きですか?」
「はい。強いわけではないですが。……アルベルト……王太子さまがチェスが得意で。よく対戦していただき、負けて、悔しい思いをしていました」
「なるほど」
そんな話をロレンソとしていると。
自分は何のためにここにいるのか。
一瞬忘れそうになる。
だが。
「……パトリシア様。もしやあれでは……?」
ロレンソの顔が引きつっている。
そしてその視線は……。
曲がり角を曲がったその先の通りのずっと奥を見ている。
以前、見た場所とは違うが、その辺りもホテル街の一画だ。
そこに見えた。
黒みがかったストレートの紅い髪。炎のような赤い瞳。血色のいい白い肌。
特徴的な口元のほくろに、シトラス色の明るいドレス。
グロリアだ。
そして腕を組み、並んで歩いているのは……。
長身で、ブロンドベージュの長髪に青緑色の瞳、通った鼻筋。
姿勢もよくスラリとした細身で、アンティークグリーンのマントをまとっている。
……アズレーク。
「パトリシア様、行きましょう」
ロレンソが苛立った声でそう言うと、椅子から立ち上がる。
彼もまた、自身の見た光景が信じられないようだった。
二人は私達がいる場所から離れた場所にいた。
どこに向かっているか分からないが、走って追いかけ、追いつくか。
そう思ったが。
私が立ち上がった瞬間。
ロレンソが私を抱き寄せた。
そして瞬きして開けた時には。
数メートル前を歩く、グロリアとアズレークの姿が見えた。
「返答次第では。わたしも動くかもしれません。でもこれはアズレークとパトリシア様の問題。落ち着いて、問いただしましょう、パトリシア様」
ロレンソにそう言われ、しかも目の前に二人がいるのだ。
今さら、心の準備が……と言っていられる場合ではなかった。
頷くと、ロレンソから離れる。
二人の方へ向かい、駆け出す。
ところが。
グロリアとアズレークの後ろに突然、フード付きのマントを着た男性が現れた。
同時に私は声をあげる。
「アズレーク!」
一歩踏み出し、叫んだ私の手を引く者がいた。
ロレンソ!?
そう思い、振り返ろうとした瞬間、「深淵なる眠りに落ちろ!」という怒鳴るような声が聞こえた。
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今日も無事2話更新できました。
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明日も朝(7時頃)とお昼に公開します!



























































