86:浮気をすると思いますか?
こんな時。
ロレンソの勘の鋭さを恨めしく思ってしまう。
指摘されなければ。
魔力のベールの件なんて。
気付かなかったのに……。
気づいた瞬間から、心が痛みだす。
いや。
ロレンソのせいではない。
本当は気づいていた。気づいていたが、目を背けていた。『魔法の薬』の件に没頭することで。
「……番(つがい)がいるのに、浮気をすると思いますか?」
「え……?」
ロレンソが立ち止まっている。
その顔に浮かぶのは驚愕の表情。さらに息を止めていたのだろう。ハッとした顔になり、呼吸を再開し、私の方へ駆け足で近寄り歩き出す。
「浮気なんてあり得ないと思います。番(つがい)がいるのに。まさかそんな。特にあのアズレークがそんなこと、するわけがないと思いますが」
「でも私とアズレークはまだ結ばれていませんから。ちゃんと番(つがい)として結ばれたら、浮気はないと思いますが……」
するとロレンソは「そんなことはない」と即否定する。
「番(つがい)を想う気持ちはそこら辺の男女の色恋沙汰と同じものではありません。それにアズレークのパトリシア様への想いの強さがどれだけのものか。わたしは身をもって実感しています。アズレークとわたしの戦闘がどれほどのものであったか。パトリシア様が見ていたら、そんな浮気なんて発想には至らないと思いますが」
そう言われても……。
私はその戦闘を見ていない。
そしてこの目で見たのは……。ホテルからグロリアと出てくる姿と、彼女と腕を組むアズレークの姿なのだ。
それを言おうとしたら。馬車に到着してしまった。
「とにかくパトリシア様。アズレークは浮気などしないと思いますよ」
とにかく――でまとめられてしまったが。
もう少しロレンソと話したかった。
「ロレンソ先生、もう少し話をしたいのですが。帰りはこの馬車で送らせますから、一緒に馬車に乗っていただけませんか」
一瞬驚いた顔をしたロレンソだったが、美しい笑顔を浮かべ頷いた。
ロレンソと私が馬車に乗り込み、ゆっくり走り出すと。
大きく息を吐いたロレンソが口を開く。
「どうやらあの『魔法の薬』の効果も落ち着きました。……あの効果が続いた状態で、馬車という密室の中、パトリシア様と二人きりなんて。理性を保てるか際どかったと思いますよ」
そんなことを言われ、ドキリとしてしまう。
「しかもパトリシア様はアズレークの浮気を疑っている。そしてその体にアズレークの魔力は感じられない。……普通に考えたら、わたしにチャンス到来ですよね」
ロレンソに白金色の美しい瞳を向けられ、もう黙り込むしかない。確かにそんな状況で馬車の中という密室にいるのは……。自分が無防備だったと猛省することになる。
「でもアズレークとの勝負はついているのですから。どんなにチャンスであろうと、わたしはパトリシア様に手を出すつもりはありませんよ」
……今の言葉に安堵し、やはりロレンソの善性の強さを再認識する。ロレンソになら相談して大丈夫だろう、そう思えた。
「ロレンソ先生を信頼して相談します。実は……」
グロリアとアズレークのことを……打ち明けた。
ロレンソは黙って聞いていたが、私が話し終えると。
「パトリシア様がその目で見たのなら。それは事実なのでしょう。でもだからと言って、見たままをわたしは信じることができないですね」
「それは……どういうことですか?」
問われたロレンソは、その長い脚を組み、考え込む。
「……そのグロリアという女性は、アズレークの部下なのですよね? であるならば仕事上、必要があってホテルから出てきて、腕を組んだのでは?」
「それは……でもそんな仕事ないと思いますが。遠方に出張に行って、同じホテルから出てくる……ということはあるかもしれません。でもあの辺り一帯はそういう場所ではなく、むしろ……。それに仕事で腕を組むなんて……あり得ないと思いますが」
するとロレンソは「……確かにそんな仕事はないかもしれませんが」と腕組みをして答えたが。
「それでもアズレークが、自身の意志でそのような行動をとるとは思えません」
そうキッパリ言い切った。さらにこんな風に言葉を重ねた。
「パトリシア様は本当に、アズレークがそんなことをする人間だと思うのですか?」
これは別の意味で胸に迫る言葉だった。
アズレークは……そんなことをする人間のはずがない。
それはそう思うし、そう信じたい。
もし。
自分の目で見たのではなく。
噂や伝聞だったのなら。
部下と一緒にホテルから出てくる? 腕を組んでいる?
まさか、あり得ないと思えた。
そんなことするはずはないと。
でも。
自分の目で見てしまったのだ。
だから……。
信じたいと思う。アズレークのことを。
でも……。
「どんなにわたしが言葉を重ねたとしても。パトリシア様はご自身の目で、アズレークとそのグロリアという女性の姿を見てしまった。アズレークの潔白を信じるとしたら……本人の口から事情を聴くしかないでしょう」
「……そうですよね」
そこで黙り込む私を見て、ロレンソは心配そうに尋ねる。
「次に屋敷にいつ戻るか、連絡はないのですか?」
「……今日も夕食は屋敷ではとることができない。昼食の時間帯は外出の予定がある。そういった連絡は来ますが」
「なるほど……」
馬車の窓から外を一度眺めたロレンソが問いかける。
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明日も朝(7時頃)とお昼に公開します!



























































