85:とんでもない執着
ロレンソに尋ねられた私は。マウラ男爵夫人から聞いた話を聞かせた。それを聞いたロレンソはまず、マウラ男爵やビララサウ伯爵に健康上の問題が出ていないことに安堵している。その反応を見ると、彼が本当に真面目な医師であると感じてしまう。その上で、私と同じ考えを口にする。
つまり、この『魔法の薬』は一度の服用では問題がないのかもしれないと。ただ過剰に摂取することで、健康上の問題が出るのではないかという考えを示した。
「ロレンソ先生、何より、由緒正しき伯爵家の人間までこの薬を手にしているとなると、貴族の間でこの薬は広く知られている可能性がありますよね?」
私の問いにロレンソは、深いため息をつき、頷く。そして腕組みをしてこう告げる。
「そうですね。それは……間違いないでしょう。加えて『魔法の薬』。これを流通させている人間も、街のごろつきのような者ではないでしょうね」
「……国の機関に相談した方がいいのでは?」
「そうですね。パトリシア様がヒアリングしてくれた情報を鑑みると、国の手助けが必要かもしれません。医者として、この診療所を尋ねた患者の情報はできれば明かしたくないのですが。……明かされることを患者も望んでいないでしょうしね」
ロレンソが言わんとすることは理解できる。
私に対し、明かすことはないが、きっとかなりの上流貴族もこの診療所に足を運んでいるのだろう。そして『魔法の薬』、それは一度の服用では問題はないのかもしれない。でもそれが正しい情報として共有されておらず、さらに売り手は二回目以降の価格を下げているとなると……。
過剰摂取が止まらないように思えた。そうなると根本的な解決には、流通を押さえるしかない。ただ流通させている人間が相応の地位の人間だと……ロレンソの手に余ることは確かだろう。
そうなるとやはり国の手をかりるしかないのでは……。
「パトリシア様。国を動かすかどうかは、まずはあの薬を分析してからにしようと思います。というのもハーブの類であれば、その作用を抑えるのにわたしがここまで苦戦することはないはずですから。国では手を負えない可能性も……考える必要があるかもしれません」
国では手を負えない可能性……!
それは考えていなかった。
でも、確かにそうだ。
ロレンソの魔法でも制御に苦しむ効果が、あの『魔法の薬』にはあるのだから……。
「なるほど……。確かに先に分析をした方がいいですね」
そこでロレンソは時計を見る。
「……どうやら看護師のみんなが、わたしの体調がおかしいと噂を広めてくれたのが功を奏したようです。今日はこのまま診療所を閉めることができそうですよ」
いまだ、ロレンソからは妖艶な雰囲気が漂っていた。この状態で診療を続けるのは辛そうに思える。診療所を閉めることは……今日に関しては良いことだと思えた。
「パトリシア様は当然、馬車で来ていますよね? いつもの場所に止めているのですか?」
「はい」
「ではそこまで送りますよ」
「え、でもロレンソ先生、その体調では……」
「病気ではないので、大丈夫ですよ」
そう言いながら既に白衣を脱いでいる。白シャツにグレーのベストとズボン姿になったロレンソが立ち上がり、私もつられて立ち上がった。
診療所がある建物から外に出ると、通りを行き交う人が30分前より増えている。日没までまだまだ時間はあるので、外は明るいが、もう18時を過ぎていた。
ロレンソは周囲に目を配りながら私と並んで歩き出す。
こんな風に通りを歩いていて、私はロレンソの知る少年によるスリにあっていた。どうやらそれを踏まえ、気を使ってくれているようだ。本当に気づかいがよくできる人だと思う。
「パトリシア様、アズレークは相変わらず仕事中毒なのですか?」
ロレンソから仕事中毒かと尋ねられるなんて。
思わず苦笑してしまう。
ワーカホリックなのはロレンソも同じなのに。
でも……。
アズレークはワーカホリックなのだろうか?
今頃、仕事をしているのか、グロリアと食事でもしているのか……。
思わずため息をこぼすと。
「……王宮付きの魔術師なのですから。忙しくて当然ですよね」
「そう……ですね」
『魔法の薬』の件で動いている間。
アズレークとグロリアの件を忘れることができていたのに。
ロレンソに問われることで、二人が腕を組んでいる姿を思い出してしまった。
「ドルレアンの魔女の件は落ち着きましたよね。いくら忙しいと言っても……わずかな時間でも屋敷に戻って来ないのですか?」
以前は。
戻ってきていた。
でも今は……少なくともここ数日は戻ってきていない。それは……。
「アズレークは……パトリシア様に対してとんでもない執着を見せていた。それはパトリシア様が番(つがい)なのだから当然なのでしょうが。……パトリシア様に会う時。あなたの体はアズレークの魔力でベールのように包み込まれていた。それを目の当たりしたわたしは……。どれだけ嫉妬の炎を燃やしたことか。それなのに。今のパトリシア様の体には、アズレークの魔力が感じられません」
ロレンソの言葉に胸がズキンと痛む。
アズレークの魔力のベール……つまりは番(つがい)を抱きしめ、自身の魔力をまとわせるマーキング行為。それがないということは。それだけアズレークに会っていないということだ。その事実をハッキリ認識することになる。
「魔力が感じられない……。それはつまりあのアズレークがパトリシア様を放置している……? それ以外の理由が考えられません。彼がパトリシア様を放置するなんて信じられませんが、何かあったのですか?」
おはようございます。
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続きはお昼に更新です。
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