83:法外な値段
ともかくあのビララサウ伯爵の夫人から聞いた情報だったので、マウラ男爵夫人は何の疑いを持つことはなかった。いわゆる口コミ効果だ。見知らぬ他人からの情報ではなく、身近な人物からの情報は信じてしまう……というもの。
こうして『魔法の薬』を求め、マウラ男爵と共に、彼女はゴメル地区のジョルジオ広場に足を運んだ。
「もう初めてジョルジオ広場に行った時は。主人と二人でドキドキでしたわ。私も主人も農夫の装いで。靴も土まみれ、スカートの裾は泥まみれ。髪もボサボサにして絶対に貴族とバレないようにしていたのに。ベンチに座っていたら、背後から突然、声をかけたれたの。しかも若い女性の声。ビックリしたわ」
それは確かにビックリだ。怪しい薬の売人と言ったら、屈強な悪そうな男をイメージしてしまう。
「しかも、『魔法の薬』をお望みですよね、一つしか売ることはできないが、値段は……って言われて、金額を聞いてもうビックリ。ドレス一着を仕立てられるような値段を要求されたのですから。でもね、ビララサウ伯爵夫人はダイヤモンドのペンダントを買えるぐらいのお金を要求されたというから、安くて済んだと思うのよ。それに二回目は初回の半額だったし」
これについてはどうコメントしていいのやら。そもそもドレス一着仕立てられるという値段。それは見た目農夫の人に要求する金額ではない。どう考えても貴族とバレているし、しかも男爵と伯爵で金額の隔たりが半端ない。いくら変装をしていようが、売り手は買い手の身分を掴んでいるとしか思えなかった。
そしてたかが小瓶に入った粉ごときでその値段は……。
「高い……と思いましたわよ、最初は。でも背に腹は代えられないのですから。払いましたわよ。あんなみすぼらしい姿をしていましたが。しっかり金貨を持っていましたから。でも実際『魔法の薬』を使ったら……結果良ければすべて良しですわ。大満足ですから」
袖を通すことのないドレス一着を仕立てた結果、夫婦仲が円満になった。だからそれでいいということなのか。でもなかなか誰かに相談できず、悩んでいたことが一瞬で解決したのだ。そこに多額のお金を投資していたとしても……本人達が満足なら、問題はないのかもしれない。
いや、待って。
「その『魔法の薬』を飲んで、体調に異変はありませんか?」
「それは当然ありましたわよ!」
「え!」
「異変があったからこそ、私達夫婦の悩みは解決したのですから」
あ……なるほど。それは……その通りだろう。
「そ、そうですね。そちらの問題が解決した以外で、体に変化はないですか? 例えば神経、筋肉、肝臓、腎臓の調子が悪いとか」
「むしろ問題なく、すべて元気になったぐらいですわよ。ビララサウ伯爵も、一回使っただけで効果てきめんで。その後、なんの問題もなく、むしろ若々しく、快活になれたそうですよ」
「そうでしたか……」
症例としては2件であるが。
話を聞く限り。1回使った限りでは問題ないようだ。もしかすると過剰摂取が問題を引き起こすのかもしれない。
「ちなみにその『魔法の薬』を売った女性の姿は見たのですか?」
私の問いにマウラ男爵夫人は首を振る。
「ずっとベンチの背後にいて、『振り返るな』と言われていたのです。『振り返って姿を見たら、この取引は中止する』と言われてしまい……。でも手は見ました。とても美しい手でしたよ。爪も綺麗に切りそろえられていて。あんな地区に住んでいる人間の手には思えませんでしたわ。肌艶もよくて」
手しか見ることが出来なかった。だからだろう。マウラ男爵夫人は本当に手をちゃんとよく見ていた。そしてその手の情報を聞く限り。労働とは無縁の手に思える。つまり貴族階級の人間。怪しい薬を流通させているのは貴族……ということなのだろうか?
「でもね、二回目にあの広場に行って。一度目と同じようにベンチに座っている私達に声を掛けたのは、男性だったのよ。しかも相当よぼよぼな感じのおじいさん。初回と同じように『振り返ると取引は中止じゃ』と言われたから、またも手だけ見たのだけど……」
マウラ男爵夫人はその時を思い出すような顔付きになり、話を再開する。
「皺だらけでシミもあって皮と骨って感じの手で……。それに少し震えているでしょう。驚いてしまいましたわ。相当高齢な方なのかしら、なんでこんな商売をされているのかしら?って。でもちゃんと『魔法の薬』を売ってくれましたわ。何より前回の半値。余計な詮索をせず、瓶を受け取り、立ち去りましたわ」
前回は若い女性で、次はよぼよぼのおじいさん……。家族経営をしているのだろうか? それとも薬の売人として雇われた人間なのだろうか? でも雇うにしてはそんなおじいさん、いざとう時、問題ではないか。逃走は無理だろうし、間違いなく捕まるだろう。
「あら、パトリシア様。ケーキ、一口も召し上がっていませんわね? お口に合わなかったかしら?」
「い、いえ、そんなことは。お話に夢中になってしまって」
もう聞きたい話は聞くことができた。驚いて吹き出すこともないだろう。ということで紅茶をいただき、ブルーベリーのケーキをいただく。
ケーキを食べている間は他愛のない噂話をして、私がケーキを食べ終えたところでお茶会は終了となった。マウラ男爵夫人は、私が例の『魔法の薬』を持っていると思っており「婚約者の方に使ってもらってくださいね。もうすごいことになると思いますわ」と意味ありげに微笑むので、本当に困ってしまう。
あの薬はそもそも私の手元にないし、今、アズレークと私は微妙な状態なのだから。それでもともかくいろいろ聞かせてもらったことの御礼を告げ、馬車へと乗り込んだ。
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