78:アズレーク……?
熱い……。
全身が熱く、そしてドクドクと激しい鼓動を感じていた。
そのドクドクという鼓動は。
左胸からだけではない。
おへその下からも感じている。
同時に。
脇腹や背中に触れられる指の感触に声をあげそうになる。
でも……。
唇は塞がれている。
キスをされ……魔力を送りこまれている……?
アズレーク……?
目を開けようとするが、瞼が重く、開けることはかなわない。
喉の奥を熱い塊がどんどん流れ込み、ドクドクという鼓動がさらに激しくなっていく。手足の力は抜け、意識も飛びそうな中、アズレークの手が私の体に触れている。
呼吸もままならず、もう意識を保てない。
そもそも意識が覚醒しているのかも分からなかったが、いろいろなことが同時進行で遂に限界を迎え――。
◇
「おはようございます、パトリシア様」
メイドの声と同時にカーテンが開けられ、部屋を満たす明るい陽射しに瞬時に目が覚める。
「お、おはよう……」
いつもメイドが来る前には目が覚めているのに。
どうやら深い眠りに落ちていたようだ。
そう気づくのと同時に。
アズレークが夢に出てきたことを思い出す。
ただ、どんな夢かは思い出せない。
気になりながら、起き上がると、肩からネグリジェがずり落ちそうになり、驚いて手で押さえる。
胸元のネグリジェのリボンがほどけていることに気づく。
すぐに結わきなおし、ベッドから降りる。
寝相が……相当悪かったのかしら?
「本日はこちらのドレスでよろしいですか?」
別のメイドが手に持つドレスを私に見せた。
それはカメリア色の美しいシルクのドレスだ。
特に予定がなければそのドレスで構わなかった。
でも今日はお菓子を作り、ロレンソの診療所に向かうつもりだ。
それならば……。
「朝食の後、お菓子を作ろうと思っているの。だから紺か黒のワンピースを用意してもらえるかしら?」
「かしこまりました」
メイドが姿見の周囲に衝立を並べ、私はそこにゆったりと歩いて行く。
すぐに紺色のワンピースが用意され、ネグリジェから着替えることになったのだが。
「!」
胸元に赤い痣が出来ている。
打ち身かと思ったが、こんな場所ぶつけるようなことはしていない。
ということは……虫?
この世界にも蚊もいれば、ダニもいるわけで。
「ねえ、仕事を増やして悪いのだけど、シーツも掛け布も洗濯してもらえるかしら。あとは天気もいいから、マットレスの埃も落としてもらいたいの」
「かしこまりました。そろそろ衣替えの季節ですし、マットレスのお手入れも考えていましたので、対応しておきます」
「助かるわ。ありがとう。お願いね」
痛みや痒みはないので、とりあえずそのままにしてワンピースに着替えた。
朝食の席で義母のロレナは、私に昨日の御礼を何度も伝えてくれる。久しぶりに飲んだシャンパンでほろ酔いになったが、ちゃんと水を飲ませ、休ませてくれたおかげで、今朝はすこぶる体調がいいらしいのだ。
エリヒオによると、ほろ酔いのロレナは、まるで若い頃に戻ったかのようだったという。二人とも昨晩は楽しく過ごせたとのことで、それは良かったと私は笑顔になる。
ロレナとエリヒオは元々仲がいい。その上でさらに仲良く過ごせたのなら。それに越したことはない。
一方のスノーは、昨日ロレンソに自分だけ会えなかったことを残念がっていたが……。
ロレンソのところへお菓子を作って差し入れをしようと提案すると、すぐにご機嫌になった。
「ロレンソ先生も大変みたいだから。差し入れは喜ぶと思うわ。そうそう、今朝ね、届いた野菜と果物の中にマンゴーがあったのよ。船便で届いたからもう今が食べ頃だって。昼食で出そうと思ったけれど、いくつかあるから、マンゴーでお菓子はどうかしら? ピーチタルトみたいにマンゴーでタルトは作れないかしらね?」
ロレナは料理は調理人におまかせなのだが。いろいろな貴族のお茶会に参加し、外食もしているから、料理やお菓子をよく知っている。でもさすがにマンゴーのタルトなんて食べたことがないはずだ。それを思いついたとは……。
センスがあるし、そしてマンゴーのタルトは間違いなく美味しい!
本当は……アズレークにも食べて欲しいところだが、仕方ない。
街の人のために頑張るロレンソと看護師の方々に食べてもらおう。
朝食を終えると、スノーと二人で早速厨房でマンゴーのタルト作りを始めた。確かにマンゴーは8個もあったので、タルトは練習も含め、3つ作ることにした。生地作りに時間がかかるが、スノーとならあっという間だ。
生地を寝かせている間にスノーは家庭教師から出された課題をこなし、私も魔法の練習をして、その後は作業を再開させた。お昼前には完成し、ロレナは昼食の席で試作品のマンゴータルトを食べ、大絶賛してくれた。スノーと私も味見を兼ねて食べたが……。
美味しい。
マンゴーの甘さも完璧だったし、タルト生地もうまくできていた。これは本当に……アズレークにも食べさせたかった。
ロレナは調理人にも試食させ、今後、マンゴーが手に入ったらこのタルトを作るよう指示を出していた。
ロレンソの診療所は、昼休憩中に患者が来ることを踏まえ、14時から15時半までが休診時間となる。14時少し前に間に合うように屋敷を出ることにした。
スノーも私もアプリコット色の装飾のないシンプルなワンピースに着替えている。これは乗馬用に仕立てもので、一見すると地味だが生地はしっかりしている。これに三角巾を被り、髪をまとめた。道の途中で馬車を拾い、従者と三人で乗り込むと街へ向かった。
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