77:私の性格
ロレンソは……学術的観点から聖獣を祖先に持つ女性の発情期について知っていた。そして……私とアズレークの清らかな関係であることも理解している。だから今の時期、私が衝動行動をとりやすいことも把握していた。
「アズレークには打ち明けにくいことでしょう。勿論、相談できているのなら、わたしが出る幕はないと思いますが。逆鱗の反応は本能に基づくもの。抑えるのであれば、かなり強い魔法を使う必要があります。アズレークであれば、普段より強い魔法でも難なくかけることができるでしょう。でももし、この件についてアズレークに話せていないのなら……。わたしでも逆鱗の反応を抑える魔法をかけられますが」
これは……思いがけない提案だった。
何しろ私は今言われた通り、アズレークに相談できていなかったのだから。
それはアズレークが振り出しに戻ったように忙しくなってしまったので、物理的に相談する時間をとれないというのも勿論ある。加えて。余計な心配をかけたくない。何より、恥ずかしい。発情期という言葉を口にすることさえ、なんだか憚られたのだ。
だから……。
「その魔法は……かけるのに時間がかかるものですか?」
「そんなことはありません。今、この場で瞬時にできます」
さすがだ。
ロレンソもやはり魔力が強い。
「……ではお願いしてもいいでしょうか」
「構いませんが、逆鱗に触れますよ」
それは……仕方ないと思う。
アズレークは自分以外が逆鱗に触れることを嫌がることは分かっている。でもロレンソが今から触れるのは、変な行為ではなく、反応抑える魔法をかけてもらうためなのだから……。
本当は。
アズレークに相談すればいいのだろう。でもやはり恥ずかしい気持ちが先に立つ。
ということで、ロレンソに魔法をかけてもらった。本当にあっという間に終わった。
「それでは気を付けて。アズレークにもよろしくお伝えください」
ロレンソは美しい笑顔でロレナと私が乗る馬車を見送った。
屋敷に着いてから。
メイドと従者の手をかり、ロレナを寝室まで連れて行き、ロレンソに言われた通り、きちんとお水を飲ませた。まだエリヒオは帰宅していないし、そもそもとして時間もまだ20時前だ。メイドに様子を見て、ロレナの着替えなどをさせるよう伝え、一旦自室に戻る。するとそこへ間もなくスノーをのせた馬車が到着するという知らせが届く。
その後は……。
スノーを迎え、部屋へ向かいながら、家庭教師との夕食会についての話を聞いた。同時にメイドにスノーの入浴の準備を進めるよう指示を出し、スノーのドレスを着替えさせる。
スノーは、夕食会できちんとテーブルマナーに従い、食事ができたようだ。ご褒美で、王都で人気のお店のチョコレートケーキをだしてもらえたという。
スノーの寝る準備が整ったところでエリヒオが帰宅し、ロレナの酔いも収まり、今度は大人たちが寝るための用意を始める。私も自室に戻り、ドレスからバスローブに着替えたのだが。
持ち歩いていたバッグの中を整理していると、小瓶が出てきた。その中の枯野の色の粉を見て、思わず息を飲む。この小瓶には見覚えがある。
マウラ男爵夫人が、夫婦の夜の営みの問題解決に役立ったという「魔法の薬」ではないか。どうしてこれがここに……?
そこで思い出す。
この鞄はベージュなので、どんなドレスにも合わせやすかった。だからマウラ男爵夫人と会うことになったお茶会にも、この鞄を持参していた。多分、マウラ男爵夫人は良かれと思い、私の鞄に忍ばせてくれたのでは……?
あのお茶会のメンバーで、既婚者はスアレス伯爵夫人とロレナだ。でもこの二人にこの「魔法の薬」を渡したら……。なんだか叱られそうだ。そして婚約者がいるのは……あの場では私だけだった。だからきっと……。
あの日、お茶会から戻った後、鞄の中身をよく確認しなかった。だから今、気づくことになったようだ。
正直。こんなもの必要ないと思うのだけど。
「パトリシアさま、入浴の準備が整いました」
「あ、ありがとう」
この小瓶が何であるのか。メイドが分かるとは思わないが、ひとまずソファにおかれたクッションの下に隠し、バスルームへと向かう。
程よい温度の湯船につかり、リラックスした瞬間。
「え、もしかして……」
思わず声が出ていた。
ロレンソが言っていた神経や筋肉、肝臓や腎臓に深刻な影響与える「怪しい物」って、まさかマウラ男爵夫人の言っていた「魔法の薬」とイコールだったりする……?
でもマウラ男爵夫人は貴族だ。貴族が街で流通しているような「怪しい物」に手を出したりするだろうか……?
でも……。
可能性はゼロではない。もし「怪しい物」=「魔法の薬」であれば、ロレンソの謎解明の一助になるかもしれないのだ。
マウラ男爵夫人にその「怪しい物」はどこで手に入れたのか、それは聞けば即解決する。それに興味を持っていると思われることは恥ずかしいけれど……。でも恥を忍べば流通ルートの解明につながる。
いや、その前に。まずはこれを先にロレンソに見せてみる?
あ、でもロレンソは「怪しい物」の実物を見たことがあるのだろうか? 体調が悪くなって尋ねているということは。患者はその「怪しい物」を使用した後だろう。そうなると「怪しい物」の実物を見たことはないかもしれない……?
でも「怪しい物」の行方を追っているのならば。物自体は既に把握している可能性が高い。つまりこの「魔法の薬」が「怪しい物」とイコールであると分かれば、そのままロレンソに渡し、流通ルートの解明に役立ててもらうことができるだろう。
それが判明した上で、マウラ男爵夫人に入手ルートを尋ねるのであれば……恥ずかしさより使命感で頑張れる気がする。
明日も……昼食を届ける必要はないとアズレークに言われている。ならば診療所の昼休憩の時間に、ロレンソを尋ねてみよう。
……あ、そうか。診療所には看護師もいる。休憩時間に食べられるような甘い物を差し入れすればいいのか。そのついでであの「魔法の薬」をロレンソに見せればいい。
演劇やオペラを観劇し、お茶会でおしゃべりに興じる。
それはこの時代の令嬢や夫人がしている当たり前の過ごし方だ。
でも、私は……。
何かすべきことに向かい邁進する方が、性格的に合っている。
つまり。
「魔法の薬」が「怪しい物」なのか。
もしイコールなら、体に害を与える物を流通させているとんでもない人物を見つけ出すことにつながる。そんな何か使命感をもてることに取り組む方が、私には向いていると思うのだ。
よし。
明日はロレンソの診療所へ行こう。
勢いよくバスタブから飛び出し、タオルを手に取った。
お読みいただきありがとうございます!
本日も読者様のおかげで無事更新できました。
心から感謝です!
今晩、もう1話。頑張ります!



























































