76:恋の季節
「たまにはね、私もお酒を飲むのよ」とロレナはウィンクする。
ロレナは淑女として、お酒はあまり飲めない……ということになっているが。どうやら実はお酒は結構いける口のようだ。乾杯した後のシャンパンを、豪快に飲み干している。
「ロレンソ先生、相変わらず診療所は忙しいですか?」
ロレナに問われたロレンソは、彼女の空のグラスにシャンパンを注ぐよう、ウエイターに目配せをしながら、秀麗に微笑む。
「ええ。忙しいのですが……。どうも困った患者が増えていて。春と言えば恋の季節と言われていますが。それは猫、馬、鹿、鳥などであり、人間は本来関係のないこと。それなのにどうもそう言った類の相談が診療所に持ち込まれ、参っているのですよ」
一瞬、口に運んだシャンパンを吹き出しそうになり、必死でナプキンで口を押さえる。でも限りなくその動作は美しくなるようにした。別に発情期の話題ではないのだが。なんとなくそれを連想してしまったのだ。でもそんなことを連想したなんて絶対にバレたくない。だからとても落ち着いたふりをして、なんとかナプキンで口元を拭った。
「まあ、それはロレンソ先生に恋の悩みを相談する患者さんが増えるということですか?」
少し酔っているのだろうか。ロレナが大袈裟に尋ねる。ロレンソは美しい手付きでグラスを口に運び、笑顔になった。
「ええ、そういう相談事も増えます。恋の病ですね。可愛らしいお嬢さんがそんな悩みを持ち込むのはまだいいのですが、問題は年配の男性ですよ……」
そこでロレンソは深いため息をつく。そしてその顔は先程とは一転。真剣そのものだ。
「神経や筋肉、肝臓や腎臓に深刻な影響が出ているんですよ」
「え、それはどういうことなのかしら?」
興味津々のロレナに対し、ロレンソは咳ばらいをして声を潜める。
「詳しく申し上げるつもりはありません。ロレナ様もパトリシア様も、貴婦人なのですから。ただ男という生き物は。いくつになっても気持ちが若い。いつまでも自分は若いと思い、女性を悦ばせたいと思っている。そのために怪しいものに手を出してしまうようです」
ロレナがチラリと私を見る。私は……想像を巡らせるしかない。
多分、であるが。
男女間の営みにおいて。年配の男性は本来もう頑張れない状況なのに。自分はまだまだいけいるはずと思い、でもダメな状況を打破するために。怪しげな物を手にしてしまう……ということだろうか。そしてその怪しげな物は。人体へ悪影響があるのかもしれない。神経や筋肉、肝臓や腎臓に深刻な影響が出る……。そして具合が悪くなり、ロレンソの診療所に足を運ぶ……ということか。
「自然の摂理には素直に従って欲しいものですよ。……ともかくその怪しい物をどこの誰が流通させているのか。秘かに調べているのですが。なかなか尻尾をつかめなくて。悪知恵が働く者がいるようです。既に体を害した患者は治療するしかない。でもわたしとしては予防をしたい。そのためには根本的な解決をしたいのですが……」
今、話題になっていることは……恐らく下ネタに近いものなのかもしれない。でもロレンソにとってはそれでは済まない。実際に体を害した相手に対し、治療を行っているのだから。
そもそもそんな怪しい物に手を出さなければ。診療所に駆け込むことはないはずだ。本当に病気や怪我で苦しむ人の診察をしたいであろうロレンソにとっては……そんな怪しい物、大迷惑だろう。それにその怪しい物が流通するのを止めたいと思う気持ちも……よく分かる。
それにしても。
治療だけでも手一杯だろうに。そんな怪しげな物まで対処しなければならないなんて。いくら回復系の強い力を持つロレンソであっても。気持ちが休まる時がないのではないか。それこそ国が取り締まりをすれば……。
そこで気が付く。
そうか。その怪しい物に手を出すのは……街の人間なのだろう。だってロレンソの診療所に駆けこんでいるのだ、その怪しい物に手を出した人間は。そうなると国が動くような事態にはならない。いや、そもそもとして。そんな物が流通していることさえ、国は気づいていないのかもしれない。
「パトリシア様、つまらない話をしてしまい、申し訳ございません」
無言で真剣な表情をしていたので、ロレンソが心配している。
「いえ、つまらないだなんて。早くその怪しい物を流通させている人物が捕まるといいなと思っていますわ」
「そうよね。ロレンソ先生の本来のお仕事の邪魔になるのだから」
ロレナはすっかり頬を赤くし、いつもより声が大きくなっている。そこにオードブルが出され、話題は先程観たオペラの話に移っていった。
◇
ついさっき、メインの肉料理が出てきたと思ったのに。
気付けばテーブルの上は綺麗に片付き、食後のコーヒーと焼き菓子が用意された。
三人での夕食は最後まで笑いが絶えず、そしてあっという間に終わってしまった。お酒も入っていたので。ロレナは普段よりずっと饒舌だったし、ロレンソも自身の子供時代の話などもしてくれた。本当に楽しかった。
「ロレンソ先生、ありがとうございます」
「いえ。ロレナさまはグラスで3杯飲まれていたので。少なくとも同量のお水を飲ませ、休ませてください。酔い過ぎではなく、ほろ酔いかと思うので、二日酔いにはならないと思います」
ロレンソはそう言ってロレナを馬車にのせてくれると、自身は馬車を降りた。私はそのロレンソと馬車の扉の前で向き合うことになったのだが。
「……パトリシア様。失礼な質問かもしれませんが」
「何でしょうか?」
「お辛くはないですか?」
「え?」
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