75:振り出しに戻る
昼食を王宮のレオナルドのいる執務室へ届け、夕食は屋敷で家族揃って楽しめる日も増えた。夕食後はスノーと三人で過ごしたり、魔法を教えてもらったり。そしてアズレークの胸の中で安心して眠りにつく。日によっては朝食も一緒にとることができる。
レオナルドの部下になった三人の補佐官は、きっと優秀なのだろう。
仕事中毒からアズレークが少しずつ解放されている。
そう実感している最中のことだ。
「……パトリシア、明日の昼は外出することになった。だから残念だが、お昼は届けてもらわないで大丈夫だ」
「そうなのですね。分かりました」
本来。
お昼に王宮に足を運ぶようになったのは。
アズレークが夕食にも朝食にも姿を現さず、婚約をしたにも関わらず、まるでその存在を感じられなかったからだ。少しでもいいから会いたい。そう思い、昼食を届けるようになった。でも今は、夕食や朝食を共に楽しめる日も増えた。その腕の中で抱きしめてもらい、眠れる日も増えたのだ。昼食で会えなくても……。
「パトリシア、すまない。しばらく案件が立て込みそうだ。夕食の時間には帰れないかもしれない」
「それは……残念ですけど、仕方ないですね」
夕食の時間に間に合わなくても。私の入浴が終わる頃にはなんとか帰宅し、その胸の中で私を休ませてくれた。忙しくてもなんとか時間を作ってくれている。
「パトリシア、明日は屋敷には戻るが、朝は……日の出と共に家を出ることになりそうだ。朝食を一緒にとるのは難しそうだ。すまない」
「分かりました。気にしないでください。それよりも少しでも体を休めてくださいね」
気が付くと。
なんだか振り出しに戻っていた。
「パトリシアさま、アズレークさまと全然会えなくて、スノーはつまらないです」
「仕方ないわ、スノー。アズレークには三人の部下が出来て、彼らに今は仕事を覚えてもらっている最中なのよ。三人が仕事を覚えてくれれば、アズレークはちゃんとお屋敷に帰って来られるようになるわ」
「ふうーん。そうなのですね」
このスノーとの会話にもデジャヴを覚える。
でも前回は。
この会話の後に、昼食を届けることを思いつき、王宮に会いに行けるようになった。
しかし、今は……。
昼間の会議や外出も増えたようで、昼食を届けることすらできなくなってしまった。
「パトリシアさま。たまには一緒に観劇でもいかがかしら?」
義母のロレナは優しい。
魔法の練習をしたいが、魔力切れになるとそれもできなくなる。私が暇を持て余さないよう、劇やオペラ、お茶会、買い物といろいろと誘ってくれるのだ。おかげでアズレークがいなくて寂しい!と悲嘆にくれることはなかった。
そしてこの日。
ロレナとは幼馴染みというスアレス伯爵夫人のお茶会に招かれた。スノーは家庭教師が来る日だったので、この場にはいない。スアレス伯爵夫人の娘ウーナ伯爵令嬢、ウーナの友人のマウラ男爵夫人と五人でのお茶会だった。
マウラ男爵夫人は半年前に結婚したばかりなのだが。
どうも夫婦の営みで問題があったそうだ。でも街で手に入れた「魔法の薬」なるもののおかげで、その問題も見事解決したのだという。まさかそんな話を聞かされるとは思わずビックリだったが。マウラ男爵夫人は……。
「もしも。夜の営みで悩むことがあれば。旦那さんにこれを飲ませるといいですよ」
そう言って枯野色の粉のようなものが入った小瓶をテーブルに置いた。
これにはマウラ男爵夫人以外は困り切ってしまう。
スアレス伯爵夫人はなんとかこの話題から話を逸らそうと、今、人気のオペラについて、慌てて話し始めた。ロレナも必死にそれに応じ、私も空気を読み、オペラについて質問をすることで。「魔法の薬」の話が会話のテーブルに乗ることはなかった。
そんなハプニングがあった一方で。
ある日ロレナとオペラ観劇を終えると、ロビーでバッタリ、ロレンソと出会った。
ロレンソは観劇に相応しい装いをしている。いつもの片眼鏡にシルクハットにステッキ、そして黒のテールコートで、気品に溢れていた。今日は午後から診察は休みで、久しぶりにオペラを観に来たのだという。ほぼ24時間365日、休みなしで医師として働くロレンソだが、月に数回は演劇やオペラを観るのが、彼にとっての唯一の息抜きで娯楽なのだという。
その話を聞くと。
アズレーク同様、魔力が強いからこそ、魔法を使えない人々のために身を粉にして尽くしているのだと頭が下がる思いだ。そう感じたのはロレナも同様だったようで、ロレンソをそのまま夕食に招待した。
今日はレオナルドもエリヒオも夕食を屋敷で食べる予定がない。だからオペラが上演された劇場近くにある、貴族がよく利用するレストランにロレンソを誘い、そこで三人で食事をすることになった。
元々、そのお店で食事をして、ロレナと私は屋敷に帰る予定になっていた。スノーは家庭教師をしてくれている公爵令嬢の家で夕食の招待を受けていたのだ。それはスノーのマナー教育も兼ねており、バトラーと護衛の騎士も付き添っていた。
ということでお店に入り、着席すると。
ロレナは珍しくシャンパンのボトルを頼み、三人で乾杯することになった。
お読みいただき、ありがとうございます!
読者様に支えられ、今日も更新できました。感謝です!
自転車操業ですがこの週末にできるだけストックを作るようにします。
今晩は昨日より早い時間に、なんとかもう1話公開できるよう頑張りますー!



























































