71:私から抱きついてみよう
翌日は家族揃っての朝食になった。
スノーはアズレークに起こされ、朝からかなりハイテンションだ。
そんな私も。アズレークのキスで目覚めた時は。
本当にドキドキしてしまった。
いつもは細く開いたカーテンの隙間から差し込む陽射しで目が覚めるのに。
アズレークの腕の中で眠っていたからだろうか。
ぐっすり、深い眠りについていて、いつもの時間に起きることはなかった。
目覚めのきっかけは、唇に触れる優しい感触。
唇に柔らかく潤いのある温かさを感じ、うっすらと目を開けると。
サラサラの前髪と閉じられた瞼と長い睫毛が見え、そこにアズレークがいると分かり……。
全身を一気に血流が巡り、心臓が瞬時に反応した。
嬉しくなり、腕を伸ばすと、アズレークも私が目覚めたと気づく。
その後は……。
起きるまでのわずかの時間だが、アズレークと愛を確かめ合った。
こんな風に目覚めることができるのは……とても幸せだ。
「パトリシアさまも、ピーチのジャムをどうぞ!」
スノーの声に、我に返る。
ピーチジャムの入った瓶を、スノーは可愛らしく私に渡そうとしてくれていた。昨日、ピーチパイを作った際、余ったピーチで作ったジャムだった。
「ありがとう、スノー」
笑顔でジャムを受け取った。
◇
食べすぎのスノーのことを考え、今日のお昼はなるべくヘルシーになるものを用意した。
舞茸・アンチョビ・ガーリックをオリーブオイルで炒め、塩・胡椒で味付けし、それを野菜と一緒に挟んだサンドイッチ。ズッキーニと生ハムとオリーブの実のピンチョス。湯がいたアスパラの生ハム包み。
それらを籠に詰め、いつも通り、馬車へ乗り込み王宮へと向かう。
今日のスノーと私のドレスは、うっすらとピンクがかった白い生地に、空色とラベンダー色の花が沢山散りばめられている。カラフルで明るく、今の季節にピッタリなドレスだ。
ウエストで結わいたピンクのリボンは、歩く度にフワフワと揺れ、それを見ているだけでも軽やかな気分になる。スノーはまるで踊るようにしながら、警備の騎士と共に庭園へと向かう。
一方の私は。
少し緊張しながら、レオナルドの執務室へ向かっていた。
また部屋に、グロリアがいるかもしれない。
そう思うと……。緊張する。
あの重厚そうな扉の前で立ち止まると。扉の左右には警備の騎士が直立不動で立っている。
目の前の扉を見て、気持ちを落ち着かせることにした。
レオナルドの番(つがい)なのだ。私は。そして彼の婚約者。昨晩も今朝も。レオナルドは……アズレークがどれだけ私を想っているかは身をもって実感している。だからグロリアのことは気にする必要はない。
そう。
だからとっとノックして。
中にいるアズレークに……レオナルドに……。
そうだ。
私から抱きついてみよう。
私から抱きついたら……レオナルドは驚くだろう。
アズレークに対しては積極的に動けるが、レオナルドにはやはり構えてしまうのだ。私から抱きついたことなんてない。よっていきなり抱きつけば……きっとビックリするだろう。
その様子を想像し、少しクスクスと笑ってしまい、そこで警備の騎士の存在を思い出し、軽く咳払いをする。そして大きく息を吸い、扉をノックする決意をようやく固めた時。
「ご令嬢。魔術師さまに用事がございますか?」
ソプラノの元気のいい声に驚き、横を見るが、そこには直立不動でまっすぐ前を見る警備の騎士しかいない。
……空耳?
そう思った瞬間、腕をツンツンされた。
「あ、え……」
スノーぐらいの身長の美少年が私の左隣にいる。
間違いない。
さっきのあの声。
この美少年に違いない。
「はじめまして。突然声をかけてしまい、失礼しました。ボクは魔術師レオナルド様付きの魔術師補佐官のルカ・アレバロと申します。レオナルド様に報告書を届けに来たのですが、ご令嬢はレオナルド様に御用ですか?」
……!
この美少年が魔術師補佐官!?
とても若く見える。スノーと同い年ぐらい……?
「あ、こう見えてボク、22歳なんですよ。童顔だからよく学生に間違えられますが」
ニッコリ笑うその姿は……。
確かに22歳には見えない。
少し癖毛のバターブロンドの髪。肌は張りがあり、頬と唇は綺麗な淡いローズ色。チョコレート色の大きな瞳が実に愛らしく感じる。
というか。
年齢を口にしたということは。
きっと私が驚いた顔をしてしまったからだろう。それは……失礼なことをしてしまったと気づき、慌てて謝罪する。
「アレバロ様、丁寧なごあいさつ、ありがとうございます。無言で不躾にもジロジロ見てしまい、失礼いたしました。私はパトリシア・デ・ラ・ベラスケス、ベラスケス公爵家の長女であり、魔術師レオナルドの婚約者です。今日も彼にお昼を届けにきました」
私が名乗ると、ルカの表情はぱあっと明るくなる。
「あなたがレオナルド様の……! お噂を聞いていたのですが、お姿を見るのは初めてで……。でも噂通り、とてもお綺麗ですね……。お昼……わざわざレオナルド様のために……! なんて素晴らしい。ボクは報告書をお渡ししてすぐに終了しますから。さあ、中へ入りましょう。あ、あとボクのことはルカとお呼びください、パトリシア様」
ルカはそう言うと元気よく扉をノックする。
レオナルドの声が聞こえ、ルカは勢いよく扉を開けると「どうぞ」と中へ入るように勧めてくれた。とても人懐っこい性格のようだ。自然と私も笑顔になり「ありがとうございます」と会釈して中へ入る。
執務机に向かっていたレオナルドは、私とルカが同時に入ってきたことに「おや」という表情になったが。すぐにいつもの落ち着いた表情になり、ルカを自分のところへ来るように告げ、私には扉の脇のソファに座るようにすすめてくれた。
ルカはレオナルドの方へ歩み寄り、私はそのままソファへと腰を下ろす。
二人は何か会話を始めたが。
仕事の話だ。聞かない方がいいだろう。
そう思い、視線を窓の外へ向けた。
お読みいただき、ありがとうございます!
もし書き終えたら今晩もう1話公開できるかもです。
が、何時になるか分からないので、明日ご覧いただけると幸いです~
ストック作れてないのですが、読者様の読みたい気持ちに答えられるよう、頑張ります!



























































