65:行ってしまった
突然話し出したカロリーナだったが。
魔法を使うわけではない。
何やら謝罪と思われる言葉を言い出した。
そう分かったので、レオナルド他全員が、ひとまずカロリーナを見守る体勢になった。
「あんたは……よく1年近く最果ての修道院で頑張ったわ。私は……この1カ月、ルクソール・プレジャー・ガーデンズで労働しただけで、もうウンザリしていた。とっと爵位のある男をつかまえ、そこから抜け出そうとばかり考えていたけど……」
そこでカロリーナは皮肉な笑みを浮かべる。
「あんたに『呪い』をかけそこねた上に捕まって。まさかあんたに施しを受けるなんてと思ったけど。アルベルト王太子さまの言葉を聞いて……。パトリシア、あんたがお人好しだってよーく分かった。それで理解した。いくらあんたに意地悪しても、あんたは悪意に気が付かないだろうって」
肩の力を抜いたカロリーナの顔は、なんだかとても幼く見える。
「アルベルト王太子さまの婚約者の座を巡っている時もそう。私の意地悪にあんたが対抗して意地悪して。でも私が泣きそうになると手加減する。あんたは……結局、心の根っこが美しいのよ。私みたいに汚れ切ることがない。そんなあんたに何かしても無駄。こっちの悪意を悪意と思わない」
カロリーナのヘーゼル色の瞳に涙が浮かぶ。
「いろいろ悪かったわ、パトリシア。お父様がしたことも、私がしたことも。あんたとは昔からずっとライバルだったけど、もういいわ。あんたにはもう関わらない。どうなろうともう知らない」
そう言うとプイっと横を向いた。
謝罪をしてくれているのだと思う。
でも「ごめんなさい」とは絶対に言わない。
それが……カロリーナだった。
「……カロリーナ、確かに私とあなたの間にはいろいろなことがあったわ。でも……これから別々の道を進むことになっても、王太子さまと三人で過ごした時間、それはずっと記憶に残るわ。記憶の中の私達はよく喧嘩もしたり、やんちゃもしたりしたけど……でも幼なじみだから。この先もずっと。忘れないわ、カロリーナのこと」
そっぽを向く、カロリーナのことを抱きしめた。
アルベルトに『呪い』をかけたり、私に『呪い』をかけようとしたりした、悪女なんかには思えない、ただの令嬢にしか思えなかった。
「もう春になるけれど、きっと黒の塔は冷えると思うわ。体調を崩さないよう、どんなにまずくても、ちゃんと食事をとって、体を休めてね」
カロリーナだけに聞こえるようにそう言うと。
彼女の頬を涙が伝っていた。
「カロリーナ……」
思わず私も涙が出そうになった瞬間。
「さっさと離れて。女になんか抱きつかれても、ちっとも嬉しくないわ」
その様子を見たレオナルドが私をカロリーナから離し、アルベルトが再びカロリーナを拘束した。
用意が整うと、アルベルトがレオナルドに向き合った。
「では魔術師レオナルド、お騒がせしましたが、これで我々は」
「ええ、王太子さま。お気をつけて」
エントランスを出ると、カロリーナは待機していた馬車に乗せられた。本来、罪人は檻に入られ連行されるのだが。用意されているのは窓にこそ格子がついてるが、後は普通の馬車だった。その馬車にはカロリーナの他、騎士二人とマルクスとルイスも乗り込んだ。アルベルトとミゲルはそれぞれの馬に乗り、馬車を先導する騎士の後ろに続いた。
ゆっくり隊列が動き出す。
行ってしまった。
最後の最後まで、カロリーナはカロリーナのまま。
でもそれこそが彼女らしいというか。
きっと黒の塔でもなんとかやっていけるだろう。
「これで一件落着ですかね」
ロレンソの問いに、レオナルドも私も頷く。
一斉に皆が動き、エントランスに残されたのは、ロレンソ、レオナルド、私、そしてこの様子を見守っていたメイドなどの召使い達だ。召使い達はすぐに動き出し、屋敷の中へと戻っていく。気づくと三人だけだった。
「ロレンソ、僕はカロリーナの発見の一報をパトリシアの魔法と早馬で駆け付けた騎士により知らされたが、『森で発見された』というざっくりした情報しか聞いていない。良かったら紅茶でも飲みながら、もう少し詳しい情報を聞かせてもらえないか?」
レオナルドの問いにロレンソは快諾したが。
思わず私は声をあげていた。
「レオナルド、でもロレンソ先生は徹夜だと思うの。休まなくても大丈夫なのですか……?」
するとロレンソが白金色の瞳を細め、美しい笑顔になった。
「パトリシア様は本当にお優しいですね。わたしはホワイトドラゴンを先祖に持ちますから。治癒の力は勿論、回復系の魔法も得意で、強いんですよ。徹夜による肉体の疲労なんて簡単に癒せます。わたしが街で休日返上、深夜早朝でも診察に応じているのは、ホワイトドラゴンの血を受け継いでいるが故ですよ」
「なるほど、そうだったのですね……!」
ロレンソが徹夜明けでも問題ないと分かったので、私達は応接室へ移動した。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は本日夕方に『発見までの経緯』を更新します。
夕ご飯の用意なのでお忙しい方は落ち着いてからご覧いただければ幸いです!
引き続きよろしくお願いいたします~



























































