16:人に見せ触れさせる場所ではない
驚く私に、アズレークは静かに頷く。
「起点は、物理的に紋章をそこに刻むことになる。それは魔力の有無に関係なく見えるものだ。でもこの紋章というのは、自由が効かなくてね。最初に定めたものを、一生使うことになる。そして私の紋章は、見る者が見れば、私のものとバレてしまう。だから普段、隠れる場所に刻むのが好ましい。おへその下など、普段、誰にも見せない場所のはず」
な、なるほど。
実に合理主義なアズレークらしい発想だ。
だが、しかし……。
おへその下……。
「パトリシア、後ろを向いて。これから起点のための紋章を刻む。使う魔法は弱いものだ。体への影響はほとんどないと思う。だが、もし何か体に影響があれば、私にもたれてもらって構わない」
「分かりました」
アズレークに背を向けると。
「……!」
後ろからまるでふわりと抱きしめるように、アズレークの腕が腰に回された。
あ……。
石鹸の香りがする。
「……!!」
アズレークの細く長い指が、おへその下に触れた。
ただのおへその下だ。
それなのに、なんだか変な気分になる。
「起点刻印」
……!
おへその下辺りに熱を感じた。
これは……。
くすぐったいような、何か微弱な感覚を、皮膚が感知している。
魔力を送りこまれる時に比べ、全然たいしたことではないのに。
多分、場所が、場所が悪い!
こんな場所、人に見せる場所でなければ、人に触れられる場所でもない。
たかがおへその下なのに……。
気付けば私はアズレークに体を預けていた。
「終わったよ。パトリシア。でもまだ休んでいい。5分も経たずに落ち着くだろう」
テノールの心地よい声が、想像以上に近い場所から聞こえ、心臓が跳ね上がる。
今、後ろにいるアズレークに体を預けているのだ。
声が近くて当然なのだが……。
心臓がドキドキして静まる気配がない。
……!
深呼吸をしようとしたら、アズレークの体から石鹸の香りを感じてしまい、さらにドキドキが止まらない。
リアルな恋愛経験がないのだ。
どんなことをされても、生身の男性と触れ合えば、反応してしまう。
「煌めくダイヤモンドダスト」
アズレークの囁きが、耳元でハッキリ聞こえ、心臓がドクンと大きな音を立てたが……。
「見てご覧、パトリシア」
言われてアズレークが指さす方を見ると。
「綺麗……」
空気の中の水蒸気が凍り、太陽光を受け、光り輝く現象、それがダイヤモンドダスト。
それを魔法で作りだしたんだ……。
青空を背景に見るダイヤモンドダストは、とても神秘的だ。
いつまでも見ていたい。
そんな気持ちになっていると。
その煌めきが、静かに消えた。
「さて、練習を再開しようか」
ゆっくりアズレークが、私から離れた。
その瞬間。
胸がきゅんと震えた。
後ろから、抱きしめられるようにされている間。
なんだか守られているような気持ちがした。
それがなくなり、心細くなったのだろうか……。
「さあ、パトリシア、もう一度やってみて」
「はい」
深呼吸をして、指を腰の聖杯に向ける。
ゆっくり目を閉じる。
魔力をイメージする。
自然と、さっき見ていたダイヤモンドダストが、目に浮かぶ。
そのダイヤモンドダストが煌めきながら……。
おへその下の辺りがジンジンと熱くなる。
魔力がそこへ集中していると分かる。
ダイヤモンドダストに姿を変えた魔力の塊が、聖杯を包み込む。
「ハイド・アンド・シーク」
できただろうか……。
「成功だ、パトリシア」
「……!」
目を開け、腰のリボンを見ると、そこに聖杯はあるのだが、まるで陽炎のごとく揺らめいて見える。
「今日はここまでにしよう。初めての魔力のコントロール、魔法の発動にしては上々だ」
アズレークの笑顔は本当に美しく、そして心から喜んでいると分かった。
それを見ていると……私も嬉しくなっていた。
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