31:賽は投げられた
身動きがとれない状態のまま。
ロレンソに抱きしめられていると。
だんだん体が温まってきた。
悔しいが。
ポカポカとして確かにこれなら眠れそうだった。
こんな風に優しくしてくれるのに。
どうしてアズレークと勝負をしようとしているのか。
思わず尋ねていた。
「ロレンソ先生、どうしてですか? どうしてアズレークと争うのですか? 先生はとても優しい性格をしているのに。戦いを好むように思えないのですが」
見上げるとオッドアイの瞳と目が合った。
その瞳は限りなく穏やかで優しく。
そこに闘争心や好戦的な要素は見当たらない。
「パトリシア様。既に賽は投げられたのです。もう後戻りはできない。アズレークの番(つがい)であるあなたを、彼の目の前でさらったのです。……アズレークがどれだけ怒っているか、想像できませんか?」
……!
アズレークは、私に自分以外の異性が触れただけでも、焦燥感を募らせていた。今、私がどこにいるのか必死に探す一方で。その焦燥感はやがて強い怒りに変ることは……間違いない。
私を愛する気持ちが強ければ強い程、その怒りはとんでもないものになるはずだ。
もはやアズレークとロレンソが争うことは、止められないのだろうか?
「ロレンソ先生は、街を変えるためにいろいろ着手したばかりですよね? それを放棄して、アズレークと争っている場合なのですか?」
「大丈夫ですよ。わたしは元々一人で街を変えようとは思っていません。一人では限界がある。だから街の人を多く巻き込み、計画を立てました。例えわたしがいなくとも、彼らは成し遂げるでしょう」
それは口から出まかせで言っていることには思えなかった。ロレンソは確かに自分一人でどうこうしようとは思っていない。既に動き始めた街の人は……確かにロレンソが不在でも一度決めたことだ。きっと行動していくことだろう。
街のことを話題に出しても。
ロレンソの気持ちは一切動かない。
ダメなの? 止められない?
アズレークとロレンソが争うことを。
いや、そんなことはない。
「アズレークのことは私が止めます。私が無事、彼の元に戻れば。どれだけ怒っていたとしても、その怒りを鎮めてくれると思います。間に合わないことはないと思うのです。お願いします、ロレンソ先生。明朝、私を」
その瞬間。
ロレンソが私をぎゅっと抱きしめた。
すっかり油断していたので、無抵抗のまま強く抱きしめられ、そして動きは完全に封じられている。
「パトリシア様。何度言わせるつもりですか? わたしはあなたが欲しい。わたしの妃にしたいのです。そのためにはアズレークと勝負をつけないとならない」
私のことが欲しい……。
それならなぜ、さらうと同時に力づくで手に入れないのだろう?
そこまで自分の妃にしたいのなら。
既成事実を作り、それをアズレークにつきつけ、諦めさせるという方法もとれるはずだ。でもそうしないのは……やはりロレンソが悪人ではないからだ。きちんとアズレークと勝負し、そこで勝ってはじめて、私を手に入れようと考えている……。
どうにかできないのか……。
もし私が、ロレンソが見つけることができなかった番(つがい)の代わりであると言われているなら。聖獣ドラゴンの血を継ぐ者であり、純潔で心が優しいという条件も満たしている。魔力の強い子供の誕生も期待できるから、私を妃にと望むなら。
私は身代わりなんかではないと、強く突っぱねることもできる。でも、ロレンソは違う。
――「……パトリシア様、あなたのことを好きになってしまったからですよ。聖獣の血を受け継ぐ者であることは勿論、純粋に一人の人間として。あなたを好きになってしまったから」
そう、そうなのだ。
一人の人間としても好きだと言っている……。
「パトリシア様、もしや眠ってしまいましたか?」
無言で考え続けていたから、眠ったと思われている……。
眠ったと分かれば。
この状態から解放されるはず。
眠ったふりをすることにした。
「……眠ってしまったのですね。いや、それでよかった。寒くて眠れないのは可哀そうですから」
ロレンソは……やはり善人だ。
いやらしい気持ちで私を抱きしめ横になっていたわけではない。
私を起こさないよう、ロレンソはゆっくりベッドから起き上がった。そして私の体が冷えないよう、ブランケットも掛布団もきちんとかけてくれる。ロレンソのおかげで体が温まったので、ブランケットと掛布団をかけられるとちゃんと温かく感じた。さっきは同じようにくるまっていても、冷たくて仕方なかったのに。
あ。
明かりが消えた。
カチャリと音がして、パタンと扉が閉じる音もしている。ロレンソは出て行ったようだ。
本当に。
冷えた私の体を温めるだけで。
チークキスをすることもなく、部屋を出て行った。
ロレンソの誠実さと真面目さを目の当たりにした気持ちだ。
それでも。
ロレンソの妃になるつもりはない。
私はアズレークの番(つがい)なのだから。
距離的に伝わらないかもしれない。
それでも。
手段がない。
だから、そっとおへその下の逆鱗に触れた。
そして何度もアズレークの名を呼び、自分が無事であること。グレイシャー帝国にいること。どうかロレンソと争うことなく、平和的な解決を目指したいと心の中で語りかけているうちに。
眠りに落ちていた。
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