26:アズレークがよく口にする言葉
「ロ……ロレンソ先生、は、離してください」
そう言いながら、手にしていたカップとソーサ―をローテーブルに置いた。
そして自由になった手で、ロレンソの腕を掴む。
腕を振りほどこうとするのだが。
たいして力をいれているように思えないのに。
びくともしない。
「ロレンソ先生、どうされたのですか!?」
突然の事態に驚き、私にしがみついているのだろうか?
「パトリシアさま、驚かせてしまい、すまないと思っています。でも……あなたを前にして、もう我慢できなかった。しかも国王陛下が式を挙げることを急がせていると聞いた瞬間……。自制がきかなくなりました」
?
何を言っている分からないのだが……。
――我慢できなかった。
――自制がきかなくなりました。
この二つの言葉がひっかかる。
これは……アズレークがよく口にする言葉ではないか。
番である私を目の前にすると。
どうしても本能的に私を求めてしまうアズレークが、よく口にする言葉だ。
「ロレンソ先生、一体何が――」
また変わった。
部屋が……。
ソファに座っていたはずなのに。
天蓋付きのベッドに座っている。
ベッドカーテンは白のレース。リネン類もすべて白。
壁紙はさっきと同じ。
床はマーブル模様の大理石で丸い毛足の長い白い絨毯が敷かれ、そこにソファセットがあり、ロレンソがそこに座っている。
「……ロレンソ先生、これは先生の仕業ですか? ロレンソ先生は……魔法を使えるのですか?」
ロレンソはオッドアイの瞳で美しく微笑む。
秀麗な美しさだ。
「ええ、そうですよ。パトリシアさま」
「なぜ、こんなことを? アズ……レオナルドはどこにいるのですか?」
「パトリシア様。あなたの呼びたい名で彼を呼ぶといい。彼は……聖獣の血を継ぐ者。ブラックドラゴン。地上におけるドラゴンの中の王。レオナルドの姿で、ブラックドラゴンに由来する姿を隠しているようですが……。わたしに隠し通すことはできません」
レオナルドを……アズレークのことを見抜いている……!
いや、でも。
マルクスはアズレークが祖先に聖獣を持つことを知っていた。アズレークが聖獣を、ブラックドラゴンを祖先に持つことは……分かる人なら分かるのかもしれない。ロレンソ自身も魔法を使えるならなおさらだ。その点は気にしなくてもいい。それよりも……。
「ロレンソ先生、一体何をしたのですか? レオナルドはどこにいるのですか? 何が目的なのですか?」
「やはりあなたは聡明ですね。馬車での事故でも落ち着いて治癒の魔法を使っていた。聡明で優しく、心がとても美しい。何をしたのか、レオナルドがどこにいるのか、目的は何か。――明かしましょう」
すっと立ち上がったロレンソは白銀色のマントを揺らしながら、美しい足取りで私の方へと歩いてくる。
もうその姿は秀麗で、息を飲むしかない。
「あの部屋からわたしの故郷であるグレイシャー帝国へ移動しました。レオナルドはマルティネス家の屋敷にいる……か、あなたを探し回っているか」
耳に飛び込んできた情報に驚愕する。
グレイシャー帝国!?
聞き間違いかと思った。
なぜなら。
氷の帝国と言われるその国は、ガレシア王国の遥か北にある島国だ。
船の移動で何日もかかるような場所。
そんな場所に魔法の力で移動したの……?
驚く私の顔を見て、ことさら淡麗な笑みを浮かべたロレンソは、さらに話を続ける。
「目的、それは――」
ベッドに座る私に、前屈みになったロレンソが顔を近づける。
当然、驚くし、体を動かしたいのに……動けない。
ゆっくりとロレンソの手が私の頬に触れた。
ヒンヤリとした冷たい手で。
「パトリシア様、あなたを私の妃に迎えたいのです」
頭の中が混乱している。
妃?
ということはロレンソは皇族の一員……皇子ということだ。
品があるし、高貴な生まれだとは思ったけれどまさか……。
いや、今は皇子かどうかは、どうでもいい。
妃に迎える!?
「ロレンソ先生、私はアズレークの婚約者です。それはさっき、先生もお聞きになっていますよね? それなのにどうして……」
体は動かせないが、声は出る。
だから必死に訴えたのだが。
ロレンソはただの町医者ではないと判明したのだが、いまだ脳の理解が追いつかず、先生と呼んでしまう。
「アズレーク……。それが彼の真名か」
……!
ついアズレークの名を口にしてしまったが……。
真名。
つまりはブラックドラゴン由来の魔力の使い手である彼の本当の名が、アズレークということになるのだが。それは言ってよかったことなのかどうか、なんだか不安になる。
「確かにパトリシア様。あなたはアズレークの婚約者だ。でも幸いなことにまだ結ばれてはいない。つまりそれはわたしにもチャンスがあるということです」
チャンス?
まだ式を挙げていないから、正式に婚姻関係を結んでいないから、自分の妃にできるということ?
「例え式を挙げていなくても、私の心はアズレークにあります。ロレンソ先生と結ばれるわけにいきません。それにロレンソ先生であれば、引く手あまたですよね? 何も婚約者がいる私を選ばなくても」
私の言葉にロレンソが、白銀色と白金色の瞳を細め、微笑を浮かべた。
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次回は今晩(21時~22時)『どうしても抑えきれない想い』を更新します。
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