22:後ろ姿
バスルームを出た後、寝室の隣の応接室に向かった。
そこのソファに腰を下ろし、アズレークが来るのを待つことにした。手持ち無沙汰なので例の番(つがい)の本を読むことにする。
聖獣の血を色濃く受け継ぐ者は、自身の番(つがい)が別の男性に触れられることを嫌うという部分まで読んでいる。そこの続きから読もう。
クロス張りの美しい藍色の表紙を開き、パラリ、パラリとページをめくる。
さっきの続きは……。ここだわ。
書かれている文章を目で追う。
――「銀狼(シルバーウルフ)、天馬(ペガサス)、鷲獅子(グリフォン)などの聖獣の血を継ぐ者は、自身の番(つがい)に対し、マーキングとも言える行動をよくとることで知られている。犬や猫と違い、人間の姿をとる彼らは、自身の番(つがい)を頻繁に抱きしめる。そうすることで、自身の魔力を番(つがい)にまとわせるのだ。このことで唯一無二の存在であると自身の番(つがい)をアピールすることにつながる。これは先祖となる聖獣が行っていた行動であり、本能的に刷り込まれた行動。なおこのマーキング行動は、前述した聖獣以外でも、聖獣の血を継ぐ人間全般で、頻繁に見られる行動であることも付記しておく。」
なるほど。
抱きしめて自身の魔力をまとわせる。
そんなことまでするなんて、本当に大好きなのね、番(つがい)のことを。アズレークはどうなのだろう? よく抱きしめてくれるけど。でもそれは愛し合う二人ならよくする行動よね。
そんなことを思いながら、さらにページをめくろうとすると、扉をノックする音が聞こえる。
アズレーク!
嬉しくなり小走りで扉へと向かう。ワクワクしながら扉を開けると。
「え!?」
そこにいるのはアズレークだ。
アズレークなのだが……。
「アズレーク、どうしたの!?」
彼のトレードマークと言えば、黒。
黒髪に黒曜石のような瞳。身にまとう衣装もすべて黒。
それがアズレークなのに。
「不服か?」
「いえ、驚いただけです」
「……いつも黒と言うから」
「そう、ですよね……」
「黒に戻すか?」
「!? せ、せっかくなのでそのままで……」
そう。
アズレークといえば黒なのに。
今、私の目の前にいるアズレークは襟元は白、全体はシルバーグレーの厚手のナイトガウンを着ていたのだ。驚いた。ただそれだけで雰囲気が変わる。いや、違う。
入浴してまだ時間がそこまで経っていない。
だから髪型もいつもと違うように思える。
サラサラの黒い前髪も分け目が変わっていた。
「パトリシア……」
「は、はいっ」
「そんなに見つめないでくれ」
「……!」
私から視線を逸らしたアズレークの目元がほんのり赤くなっている。私がじっと見つめてしまったので、照れている……?
「……ソファに、座っても?」
「も、もちろんです」
アズレークが部屋の中に入り、扉がパタンと閉まる。
すたすたと歩いて行くその後ろ姿を見ると。
プラサナスで過ごした日々を思い出す。
魔力を送ってもらい、それが終わるとすぐに部屋を出て行ってしまうアズレークを見て。何度も「行かないで」と心の中で叫んでいた日々が懐かしくなる。
「パトリシア?」
プラサナスの時と違い、アズレークはすぐに立ち止まりこちらを振り返る。黒い瞳には気遣いが読み取れ、それだけで胸がキュンとしてしまう。それどころか私のそばまで戻って来ると……。
「どうした、パトリシア?」
両腕を私の背に回し、優しく抱き寄せた。
温かいその胸の中に包まれ、言葉にできない安心感で満たされる。
嬉しくてその胸に顔を押し当てると。
アズレークは腕に力を込め、私のことをギュッと抱きしめる。
「……アズレークの後ろ姿を見たら、プラサナスの屋敷で過ごした日々を思い出したの」
「後ろ姿を見てか?」
私はこくりと頷く。
「……もう魔力を送られても、体から力が抜けなくなって、熱さで頬が火照ることがなくなったら……。アズレークはすぐ私に背を向け部屋を出て行ってしまうから、寂しかったの。行かないで……って」
「パトリシア」
アズレークが再び力強く私を抱きしめる。
「……本当はパトリシアのことを抱きしめたかった。離れたいとは思っていない。限りなく冷たく見えていただろうが。私の胸のうちは狂おしい思いで嵐が吹き荒れていた」
「アズレーク……」
「私の心はずっとパトリシアを求めていた」
背に回されていた手が、私の顎を優しく持ち上げた。
見上げたアズレークの瞳には、焦がれるような熱が浮かんでいる。
自然と瞼が閉じ、彼の唇が私の唇に重なった。
その瞬間。
お互いのことを想いながらも、決して触れ合うことのなかった日々が長かった分。こうやって触れ合うことが出来る今に、全身が喜びで震えている。それはアズレークも同じなのだろう。何度も何度も私を抱きしめ、キスを重ねた。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回はお昼頃に『それこそ王命だ』を更新します。
引き続きよろしくお願いいたします。



























































