20:自分以外には触れさせたくない
吐息のようなため息と共に、アズレークが私から離れ、仰向けになった。
その様子に、乱れた呼吸を整えようとしているのだと理解する。
まだキスをしたい気持ちはあったが。
アズレークが自制していると分かったので、その腕に頭をのせ、胸に顔を寄せた。
私の肩にアズレークが手をのせ、自身の方へ抱き寄せると、おでこにキスを落とす。
「……いつもぐっすりだったのに。今日は起こしてしまったな。すまない」
「いえ、今日はわざと起きていました」
アズレークが驚いて身を固くしているのが伝わってくる。
「わざと起きている? なぜ?」ときっと思っているだろう。
先回りして答えを口にする。
「私からのサプライズ返しです」
「……!」
絶句している。
そして……アズレークがフッと笑う気配が伝わってきた。
「今日は執務室にスノーが来て、大いに驚かされた」
「ではスノーのサプライズも成功だったのですね」
「そうだな。そして今のパトリシアも」
嬉しくなり思わず私が笑うと、アズレークはまるで「笑うな」とばかりにキスで口をふさぐ。一度で終わると思ったキスは、そのまま二度三度と続き……。キスをする音が、暗闇の静寂の中で、密やかに響き渡る。
「それで。今日……というか昨日は、魔力を送っていないが、問題はなかったか?」
キス以上をすることなく、アズレークが再び私の横で仰向きになり尋ねる。
今の言葉でロレンソのことを思い出し、雨の中、彼が私の馬車を待っていたことを話した。匿名の寄付金の送り主が誰であるか気づき、御礼するために待っていたのだと話すと……。
「なるほど。……まあ、相当な金額だったからな。あの額を突然寄付されたとなると……バレても当然だろう。それで雨の中、立ち話か?」
「いえ、さすがにそれは。お屋敷へ案内し、ロレナ様も……お義母様も同席し、お茶をして雨宿りしてもらいながら、話をしました。……お義母様はロレンソのことを、気に入っていたようでしたよ」
アズレークは「まったく母君は……。ロレンソというのは話がうまい優男なのだろうな。母君はミーハーだから、若い優男を見るとすぐにファンになってしまう」と盛大なため息をつく。だがすぐにハッとした様子で私に尋ねる。
「……今回は、転倒することも、スリに遭うこともなかったのだろうな?」
つまりロレンソとの接触がなかったのかと心配している――そうすぐに理解できた。番(つがい)に関する本を読んでおいてよかった。
「お茶をしたのは、このお屋敷ですから。スリはいないですし、転倒するようなものも床には転がっていません。大丈夫ですよ。……ただ挨拶のハグは、お義母様やスノー同様、私もしましたが」
アズレークは無言だが、なんとなく気持ちが分かってしまう。
例えそれが慣習であったとしても。
触れられたくないのだろう、私が自分以外の男性に。
ここが日本だったら。ハグの文化はないのだが。
乙女ゲーム『戦う公爵令嬢』は、メイドインジャパン。その世界観は思いっきり西洋風文化だから……。
アズレークがちょっぴり可哀そうになってしまう。
魔力は強い。でもそれは聖獣の血が色濃く流れからで、本能的に番(つがい)を想う気持ちも強くなる……。
浮気などない。ロレンソと何かあるはずがない。
顔をあげ、その頬にキスをすると。
アズレークの静まった心に火をつけてしまったようで、再びのキスが始まる。
しばらくは熱い抱擁とキスが続いたが、私をぎゅっと抱きしめたアズレークがそこで動きを止めた。アズレークの胸に顔が押し付けられ、彼の心臓の音が聞こえてくる。自分の心臓の音とアズレークの心音が重なり、さらにドキドキが激しくなってしまう。
「母君が会っているのに、私が会っていないというのもおかしな話だ。一度、私が屋敷にいる時に彼を招こう。母君もパトリシアも気に入ったというのだから、相当な者なのだろうからな。私も実際に会ってみたい」
「……! それはいいと思うわ。ロレンソもアズレークに直接御礼を言いたかったと思うの」
「そうだな」と頷いたアズレークは、私の額にキスをすると。
「今日はこのままここで休ませてもらってもいいか?」
「勿論です」
「ありがとう、パトリシア」
私を抱きしめたアズレークは。
前回と同じ。
すぐ眠りへと落ちていく。
本当に忙しく疲れているのだろう。
どうしてもアルベルトの言葉の真偽を確認したくて。
そう、私の寝顔を見て、キスをしている。それが本当なのか、確かめたくなってしまった。
そして私は早寝して変な時間に目覚める作戦で、アズレークを驚かせてしまったけど……。確実に彼の睡眠時間を奪ってしまった気がする。この作戦は一度きり。明日からはいつも通りでちゃんと寝よう。
アズレークにキスをして、私もゆっくり目を閉じた。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は今晩『薔薇の香油』を更新します。
引き続きよろしくお願いいたします。



























































