18:雨
レオナルド、アルベルト、三騎士との昼食を終え、宮殿を出ると。
馬車の窓に当たる雨粒に気づいた。
「スノー、雨が降ってきたみたいだわ」
「本当ですね、パトリシアさま。この一ヶ月間、晴天の日が多かったので、雨は久々ですね」
確かにスノーの言う通りだった。
雨が降っても夜だったり、早朝だったりで、「今日は雨ね」というほどの雨の日はなかった。でも今、馬車の窓を濡らす雨は……。本格的な雨になりそうだ。
「昼食の最中はよく晴れていたから。まさか雨が降り出すとは思わなかったわ。でも昼食の最中に降られなくてよかったわね」
「そうですよ、パトリシアさま。それにミミズさんは久々の日中の雨だって大喜びですよ。ミミズさんの大合唱が聞こえています!」
スノーは。
嗅覚も優れているが、聴覚も優れているようだ。
それにしてもミミズさんの大合唱。
例えもなんだか可愛らしい。
雨が降ってきたので。
まだ14時を過ぎたぐらいだが、外は薄暗く感じる。
窓に当たる雨粒の量も増えている。
馬車の屋根に当たる雨音も聞こえていた。
お腹いっぱいのスノーは私にもたれ、ウトウトしている。
私は窓の外を見ていたのだが。
「……!」
薄暗くなっていたからだろう。
手にランプを持ち、通りに立っている人影が見えた。
そしてその人影は……。
ランプを振っているように見える。
もしやこの馬車を止めようとしているのだろうか?
そう思ったので、御者に馬車を止めるよう、合図を出す。
雨が降っていることもあり、ゆっくり速度を落としながら、馬車が止まった。
御者もランプを手にした人物に気が付いていたようで、馬車を止めると、すぐに一人がその人物に近づいた。ランプを持つ人物は、フードがついた雨外套 を着ているが、どうやら男性のようだ。
話がついたのだろう。
御者が扉を開ける。
同時にスノーが目を覚ました。
「医師のロレンソ先生が、お話をしたいそうです」
「……! そうなのね。この雨です。馬車に乗ってもらってください」
こうしてロレンソが乗り込むと、再び馬車が走り出した。
黒の雨外套を脱いだロレンソは、グレーのストライプの上衣とズボンという姿で、決して高級な衣装を着ているわけではない。でもその美貌と立ち振る舞いの美しさで、貴族のように見えてしまう。
「パトリシア様、馬車を止めていただき、ありがとうございます」
「いえ、どうされましたか? 診療所は大丈夫なのですか?」
「今日午前診療のみで、午後は休みなのです。といってもお構いなしで皆、訪ねてくるのですが……。でも今回はきちんと御礼を言わなければと思ったのです」
ロレンソはそう言うと、上衣の内ポケットから小切手を取り出した。それを見た瞬間、ピンとくる。アズレークが匿名で寄付をすると言っていた。
「振出人はアウクス商会となっていますが……。間違いない。これはパトリシア様の婚約者である魔術師からの寄付ですよね?」
「それは……そんな商会、私は初めて聞きましたわ」
するとロレンソは白金色の瞳を細める。
「……あくまで匿名の寄付としたいのですね。こんな金額を……。どう御礼していいのやら」
「ロレンソ先生への期待なのではないでしょうか? 先生ならその寄付を有効に活用し、多くの人を幸せにできるという」
するとロレンソは小さくため息を漏らした。
そして独り言のように呟く。
「魔術師は……とても良い方なのでしょうね」
それを言うならロレンソも十分、善人なのに。
「あの、もうすぐ屋敷に着きます。せっかくですので、紅茶でもお飲みになりませんか。見たところ、雨足もかなりおさまってきたので、あと30分もすれば止むと思いますわ。屋敷で雨宿りいただいて、その後は診療所まで馬車で送らせますから」
「……ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただいてもよろしいのでしょうか」
すると。
「お屋敷には美味しいスイーツがありますよ、ロレンソ先生! 一緒に食べましょう」
スノーがニッコリ微笑むと。
ロレンソの顔も笑顔になる。気品を感じさせる笑みだ。
「スノーも大歓迎ですから。ロレンソ先生、遠慮なさらずに」
「ありがとうございます。……本当にパトリシア様はお優しい」
そう言って私を見るロレンソの瞳は。
なんだかとても切なそうに見える。
でもすぐに私から視線を逸らしたロレンソは、スノーに声をかける。
こうして屋敷についた後は。
三人で応接室で紅茶とスイーツを味わい、会話に花を咲かせた。
すると観劇で出掛けていた義母のロレナが帰って来て、ロレンソに会いたいと応接室にやってきた。その後は。ロレナが人見知りしないのと、ロレンソが博学であったからだろう。四人での会話は大いに盛り上がった。
「今日は本当に、突然お邪魔したのに、素敵なおもてなしをありがとうございました」
「ロレンソ先生、こちらこそ、途中でお邪魔しちゃったわね。でも本当に楽しかったわ。良かったらまた遊びに来てくださいね」
ロレナはすっかりロレンソのことが気に入ったようだ。
ロレンソの会話の面白さはもちろん、その美貌や洗練された所作も、ロレナの心を捉えたようだ。
こうしてエントランスまで見送ったのだが。
順番にハグをし、最後に私とハグをした瞬間。
ロレンソが息を飲んでいる。
ハグを終え、目が合ったのだが。
白金色の瞳にはこれまでにない苦悩が浮かんでいた。
一体どうしたのだろう……?
何かを断ち切るように私から視線を逸らしたの後のロレンソは。
いつものロレンソに戻っていた。
そして再度皆にお辞儀をすると、馬車へ乗り込んだ。
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次回は明日『本当に寝顔に……?確認したい』を更新します。
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