17:優美な微笑み
この一ヶ月間。
アズレークが屋敷に戻ってきても、会えないのはスノーも私も一緒だった。でも今回は。スノーは会えず、私はアズレークに会っていた。だからスノーは……。
「パトリシアさま! 今日はスノーがアズレークさまを呼びに行きます。パトリシアさまは庭園で待っていてほしいのです!」
スノーはアズレークが大好きだった。
そして今日のスノーと私は、お揃いのパステルブルーのドレスを着ている。立体的な白と水色の薔薇が、模様のように飾られたこのドレスは、胸元や裾のフリルがとても可愛らしい。そのドレスを着た上で、こんなに愛らしく主張されては「ダメよ」なんて言えるわけがない。
「分かったわ、スノー。今日はスノーがアズレークを呼びにいって頂戴。きっとスノーが執務室に来たら、アズレークは驚くと思うわ」
今度こそアズレークは驚くに違いない。
番(つがい)である私の気配を察知できるというが、庭園と執務室なんて誤差の範囲だろう。私が来たと思い、そこにひょっこりスノーがいたら……。
昨晩は入浴を終えた後、突然アズレークに抱きしめられ、口を押さえられた。あの瞬間、アズレークに初めて会った時のことを一瞬思い出し、胸がキュンとしたりしたが。ともかく「やられた!」というのは事実。サプライズをしかけ、失敗し、挙句、後日サプライズ返しをされたわけなのだから。今日はスノーでリベンジだ。
魔力の補充をしてもらえないが、魔法の特訓の代わりに、屋敷に戻ったらマルクスにもらった番(つがい)に関する本を読もう。番(つがい)を示す痣については、結局マルクスが口頭で教えてくれたので、すぐに本を読む必要はなくなっていた。
でもアズレークがあれだけ自分以外の男性が私に触れることを嫌がるのは……。きっと番(つがい)ならではの理由がある気がする。その答えはきっと、本に書かれているかもしれない。そう思ったのだ。
そんなことを考えているうちに宮殿へ到着した。
スノーは嬉々として警備の騎士に連れられ、アズレークの、レオナルドの執務室へと向かって行く。一方の私は。宮殿内のどこに何があるかはしっかり分かっていた。何せ子供の頃の私は、アルベルトを追いかけまわしていたわけで。迷うことなく庭園に辿り着いた。
いつものベンチに腰かけると、アーモンドの木を見上げる。桜に似たアーモンドの花もそろそろ終わりだ。地面には白や薄いピンク色の花が落ちている。
「おや、今日はスノーではなく、パトリシアが先に来ていたのですね」
目が覚めるような鮮やかなターコイズブルーのマントがフワリと揺れるのが見えた。
「王太子さま」
ベンチから立ち上がり、挨拶をすると「そんなにかしこまらないで、パトリシア」とアルベルトが爽やかに微笑む。そして「隣に座っても?」と聞かれ、頷くと、アルベルトは昼食の入った二つの籠を隣のベンチに置き、私の隣に腰をおろす。私とアルベルトが話し始めると気づいた三騎士は、少し離れた場所で待機している。
「なかなか魔術師レオナルドを屋敷に帰らせることができず、申し訳ないね」
アルベルトが大海を思わせる碧い瞳をこちらへと向ける。
いつ見ても吸い込まれそうな美しい瞳をしていた。
「それは……王太子さまのせいではありませんから。それに元々レオナルドはワーカホリックの仕事大好き人間ですし」
するとアルベルトがクスクスと楽しそうに笑う。
「え、どうしました!?」
「パトリシア、君に見せてあげたいよ、魔術師レオナルドのあの姿を」
「!?」
すっと手を伸ばしたアルベルトが私の肩に触れる。
ドキッとしたが、なんてことはない。
散ったアーモンドの花びらが肩に乗っていたのをとってくれただけだった。
「魔術師レオナルドといえば、その優雅さで知られている。その彼がこの一カ月間。ため息を漏らす。アンニュイな表情になる。切なそうに窓の外を見るんだ。もう、大変だよ。そんな姿を見てしまった貴婦人達はなぜか物思いに沈むようになり、会議の最中にそんな彼の姿を見た男達は……なぜか気持ちが落ち着かなくなる」
「えええ、そうなのですか!?」
アルベルトは「そうだよ、パトリシア」と朗らかに笑う。
「本当はパトリシアのそばに、いたくてたまらないのだろう、魔術師レオナルドは。それでもすべきことがあるから今は必死に我慢して執務をこなしている。夜中のとんでもない時間に屋敷へ戻っているようだが……。一目でもいいから君に会いたいのだろうね。そうしないと翌日はさらに大変なことになるから」
「でも、レオナルドが深夜に戻ってきても、私は就寝中で会っていませんが」
するとアルベルトは「本当にパトリシアは無邪気なんだから」と再び碧い瞳を細める。そう言われても実際、私は爆睡中で……。
「魔術師レオナルドは、きっと君の寝顔を見て、安心してわずかな眠りにつくのだろう。もしかすると君のその薔薇色の唇に、キスをしているかもしれないけどね」
アルベルトの言葉に一気に顔が赤くなるのを感じる。
まさかアズレークがそんなことを……しているの?
とにかく爆睡している私は分からない。
もしそうなら……。
「お待たせして申し訳ありません、王太子さま」
その声に心臓が飛び出そうな程、驚いてしまう。
心臓をバクバクさせながら振り返ると、そこにスノーと手をつなぐレオナルドがいる。アイスブルーのローブをまとったレオナルドは。お転婆なスノーを連れていても、限りなく優雅に見える。レオナルドの優雅さが移ったかのように。スノーまで大人びて見えるぐらいだ。
この優雅なレオナルドがため息をもらし、切なそうに窓の外を眺めている……? 想像できない。
思わずレオナルドをガン見してしまう。
すると。
レオナルドは実に優美な微笑みを私に向ける。
貴婦人が気絶しそうになる理由。それを噛みしめることになった。
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次回は本日夜(21時~22時)『雨』を更新します。
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