16:今日は私もここで休む
「パトリシアさま、アズレークさまは昨晩、お屋敷に戻っていたのですか!?」
「そうね。でもスノーが夕食の時にはまだ戻っていなくて、スノーが入浴をしている時に帰ってきたみたいなの。そして夕食を一人でとって、スノーが入浴を終えた頃、アズレークはお風呂に入っていた。そしてアズレークが入浴を終えた時、スノーは寝ていたのね。だから会うことができなかったのよ」
「えー、完全にすれ違いじゃないですか。それで朝一番で王宮へまた行ってしまったのですか?」
「そう。もう屋敷にはいないわ」
結局アズレークが昨晩珍しく早い時間に屋敷へ戻っていたのは。
私を心配してのことだと思う。
もちろん王宮にいても。
アズレークは私の状態を確認できる。
それは私が彼の番(つがい)だからだ。
私の身に危機が迫り、助けを強く求めると、それはアズレークに伝わる。とても不思議だが、それは番(つがい)ゆえの絆なのだ。
プラサナスから王都へ戻る途中。
私はドルレアン公爵が放った刺客にさらわれることになった。
その時アズレークは。
もう夜遅い時間ではあったが、執務そっちのけで私を助けるため王都を飛び出すことになった。
あれは緊急事態だったとはいえ、突然、アズレークが王宮から消えたので、宮殿ではちょっとした騒動になっていたという。
きっとアズレークはそれを踏まえたのだと私は考えている。
つまり、私はロレンソと夕食をとることになっていた。事前にロレンソについて調べ、問題がない人物と分かっていた。それに護衛もつける。それでも何が起きるか分からない。なにせ貴族の夕食会や晩餐会に招かれたわけではないのだから。
もし何か起き、またも執務を放り出して王宮から駆け付けることになるのは、避けたかったのだろう。だから本来、屋敷には帰って来れない状態ではあったが。無理矢理切り上げ帰ってきたのだと思う。
だからこそ今朝も……早朝に起きると、アズレークは王宮へと戻っていた。そしてスノーはアズレークに会うことはできず、不満そうにしていたが。
私は昨晩、これまでで一番アズレークと長い時間、一緒に過ごすことができたと思う。
最初はソファに座り、ロレンソとの夕食がどんな感じであったかを話していた。話し始めた瞬間に、熱烈なキスをされ、会話は中断されたが。それが落ち着くと、ロレンソがなぜあの場所で医者をやっているのか、どうもいずれかの国の身分ある生まれ者なのではないか、そんなことを話したと聞かせることになった。
「なるほど。志の高さからして只者ではないと思ったが……。そのロレンソであれば、きっとあの界隈を平和にすることができるだろう。明日にでもまとまった額の寄付を、匿名で彼の診療所に届けておこう」
そう落ち着いた声で話すアズレークは。
その直前まで、とても情熱的なキスを私にしていたとは思えなかった。でもその後、馬車を止めた場所に向かうまでの間にひったくりにあったことを話すと……。
「……私が同行すればよかった。どこにも怪我はなかったか、パトリシア?」
心底心配した顔で尋ねられた。
手に持っていた巾着袋は盗まれたが、ひったくった少年は護衛の騎士が捕えたこと。つまり巾着袋はちゃんと取り戻せたこと。転倒しそうになったが、ロレンソが咄嗟に抱きとめてくれたので、問題なかったと伝えると……。
「……抱きとめた、だと?」
アズレークの黒い瞳に、嫉妬の炎が燃え上がる。
よく考えてみると。
ドルレアン家の放った刺客に私が連れ去られ、そこに駆け付けたアズレークは。電光石火の勢いで刺客を制圧した。その後魔術師レオナルドの姿になったアズレークは、王太子であるアルベルトが手配した馬車に、私とアルベルトと三人で乗り込むことになった。
その時、アズレーク……レオナルドはアルベルトと会話し、ついに私を番(つがい)と認めた。さらにアルベルトは「お互いに好きなのですから、結ばれて欲しいだけですよ。魔術師レオナルドとパトリシアに」と宣言してくれたのだ。
それを踏まえたレオナルドは、「王太子さま。今の言葉に、二言はありませんか?」と言質をとった後。「そのパトリシアには……不必要に触れないでいただきたいのです」――そう言ったのだ。
あの時のアルベルトは、涙ぐむ私の頭を優しく撫で、手をぎゅっと握っていたのだが。もちろん、そこに変な意図などない。しかもアルベルトは……王太子である。それでもあの一言――「不必要に触れないでいただきたいのです」と言ったということは。
どうやらレオナルドは……アズレークは、私が自分以外の男性に触れられることが許せないようなのだ。
そして今も、会ったこともないロレンソに私が抱きとめられた姿を想像し、信じられないほど強く嫉妬していた。
「アズレーク、ロレンソは転倒防ぐために抱きとめただけよ。それにそれはほんの一瞬のことだから」
慌ててそう補足したのだが。
アズレークは突然、ソファから私を抱き上げると、そのままベッドへと運んでいく。もうビックリして「ア、アズレーク」と動揺した声を出すことしかできない。
そのまま私をベッドにおろしたアズレークは。
「パトリシアを一人にしておくと不安でならない。今日は私もここで休む」
そう言うとそのまま私の隣に身を横たえた。
休む!? 休むって、休むって!?
私の頭の中はパニックだったが。
アズレークは魔法で部屋の明かりを消し、さらにブランケットをフワリと私にかけると……。
当然のように私を抱き寄せる。
アズレークの胸の中に包まれ、心臓は爆発しそうで、一気に全身が熱くなった。そんな私をぎゅっと抱きしめたアズレークは……。
既に静かに寝息を立てている。
一瞬。
ポカンとしてしまった。
火傷しそうな勢いで嫉妬の炎をその瞳に宿らせていたのに。
番(つがい)を前にしたら、押し倒したくなるはずだとマルクスから聞いていたのに。
寝てしまった……。
しばし呆然とし、そして爆発しそうな心臓は落ち着き、やがて理解する。
アズレークは連日激務に追われていた。休み返上で働いている。つまり相当疲れていた。屋敷に帰ってくる日もあったが、ベッドで横になってもほんの数時間。こんな早い時間に休むのは……本当に一カ月ぶりだろう。
疲れていた。そして私を抱きしめて……安心できたのかもしれない。かくいう私も。何かあるのでは!?と期待しない限り、この腕の中で抱きしめられていると……。安堵を覚える。守られている気持ちになり、安らぐ。
私を抱きしめても、流石にアズレークは守られている気分にはならないだろう。でも大切な番(つがい)が自分の腕の中にいると、安心することはできているはずだ。
そんな風に考えていると、私も次第に瞼が重くなり。
そのまま眠りに落ちていた。
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次回は本日お昼に『優美な微笑み』を更新します。
引き続きよろしくお願いいたします。



























































