13:心が美しい
真摯な表情のロレンソから「瞳から心の美しさを感じられる」と言われ、なんだか嬉しくなってしまう。
「そう言っていただけると光栄です」
ニョッキを口に運び、照れ隠しをする。
「だからこそ、新たな幸せを手に入れることができたのでしょう。この国の魔術師の婚約者になったのですから」
やはりその情報も知っていたか。当然、そちらもニュースペーパーをにぎわせた。魔術師レオナルドの美しさは、街の人にさえ知れ渡っている。
「そうですね。アズ……レオナルドからは、懸命に頑張ろうとする姿、スノーへの優しさ、意志の強さ……そんなところを好きになったと言われました」
「なるほど。魔術師はパトリシア様の本質を理解し、あなたを婚約者にと望んだのですね……」
そこでトマトソースの煮込みを食べ、しばし窓の外へ目をやったロレンソが、再び視線を私に戻した。
「でも街ではみんな不思議がっていました。パトリシア様は元は王太子の婚約者候補だったのでしょう? でも王太子はドルレアンの魔女に誘惑され、あなた達一族が断罪されるのを良しとした。でもドルレアンの一味の悪事が公になった際、王太子は真の愛に目覚め、あなたにプロポーズするはずだと……ニュースペーパーは一時、大賑わいだったのですよ。王太子は将来の国王だ。なぜ王太子を選ばなかったのですか?」
ロレンソは悪意なく、純粋な疑問で尋ねていると分かった。
なぜアルベルトを選ばなかったのか。
その理由は……。
私がアズレークとプラサナスで過ごした10日間のことは勿論話せない。番である件は極秘情報だ。
「私は……確かにかつては王太子さまのことが好きでした。でもやはり一度別の女性を選ばられ、そして私は修道院に入ったのです。そこで王太子さまへの想いは残念ながら冷めてしまったのでしょうね」
「なるほど……。それは一理ありますが。でも王太子ですよ? 未来の国王ですよ?」
そう思うのは尤もだ。
普通の価値観で考えれば、王妃になれるのだ。
それにかつては愛した相手。再度その胸に愛を芽生えさせ、王太子の胸に飛び込めばいいのに――そんな風に考えられても仕方ないだろう。
「王太子さまはその身分とは関係なく、とても素晴らしい方です。それでも……私はレオナルドのことを好きになってしまったのです」
ロレンソは珍しい白藤色の髪をかきあげ、ため息をついた。
美貌の青年のアンニュイな表情は絵になる。
「やはりあなたは本物です。心が美しい。身分などでは惑わされない。本当に心から好きになった相手についていきたいと思うのですね……。すみませんでした。あなたの本質を試すような質問をしてしまい」
……!
それはつまり、ロレンソは私が王太子を選ばなかったことを不思議に思っていたわけではなかったということか。ただ私が身分を気にするような女ではないと確認したかっただけ……。人間性を試すような質問をするなんて。少し驚いたが、きっとこの界隈で生きて行くには、信頼できる人間かどうか、日々見極める必要があるのだろう。それはとても過酷だ。
「パトリシア様はもうお腹はいっぱいですか? こちらのお店ではサティエゴの修道院から伝わったアーモンドのケーキがあるのですが、召し上がりますか?」
「! 修道院のスイーツは何気に美味しいものが多いのです。ぜひ食べてみたいですわ」
つい公爵令嬢っぽい口調になってしまい「しまった!」という顔をすると、ロレンソがクスクスと笑った。そんな風に笑うロレンソはとても砕けており、その美貌とのギャップで思わずドキッとしてしまう。
その笑顔のまま店員の方を見ると。
店員の女性は頬を赤らめテーブルに駆け寄る。
私が思った通りだ。
ロレンソのこの笑顔に、店員の女性はメロメロになっている。
ケーキのオーダーを通したロレンソに私は尋ねた。
「ロレンソ先生はニュースペーパーを通じて、私のことをかなりご存知ですよね。でも私は先生のことを全く知りません。なぜあの場所で医師をされているのですか?」
するとロレンソは先程とはまた違う、今度は実に華やぐような笑顔を私に向けた。これはこれでまた女性をドキッとさせる笑みだ。
「わたしは元々ここではない別の国で医学を学び、その後はあちこちを旅していました。多くの国を巡り……ある探しものをしていたのですが……。それは見つからないと、悟りました」
白金色の瞳は遠い過去に向けられている。
探しもの。一体何を探していたのだろう?
でもあえて口に出さないということは……詳細は語りたくないのだろう。
「最後に辿り着いたのがこの地でした。なんだか疲れてしまい……。最初は安宿で何もせずただ日々を過ごしていたのですが……。この辺りに医師はいなかった。偶然、腹痛に苦しむ少女を見かけて……。彼女を助けたのをきっかけに、わたしが医師の免許を持つものと分かると、ぜひ診療所を開業してくれと街中の人に請われてしまいました。気づけば、診療所が用意され、看護師の免許を持つ女性もやってきて。すっかりこの界隈のかかりつけ医になってしまいました」
そう言って微笑むロレンソは……。
いうまでもない。
善人オーラに溢れている。さらにその微笑みは。
神々しいほど美しい。
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次回は本日12時台に『ただの青年とは思えない』を更新します。
引き続きよろしくお願いいたします。



























































