12:街の女
屋敷のメイドに頼み用意してもらった服に着替え、いつもの馬車ではなく、メイドの叔父の馬車に乗り込んだ。一見すると、騎士にはまったく見えない服装の護衛も一緒に馬車に乗り込み、ロレンソが地図に示した場所へ向かった。
その場所で馬車を降り、ロレンソの指定する店へと向かう。
化粧はせず、くすんだグレーのワンピースに薄い赤色のショールを羽織り、通りを歩き出す。
夕方のこの時間。
通りには沢山の市民が行き交っていた。
そこに貴族の姿はなく、たまに貴族をのせた馬車が通り過ぎるぐらいだ。そして私のこの姿は、うまいこと行き交う人々に馴染むことができた。誰も私に目を留めることなく、通りを進んで行くことが出来る。
ロレンソの診療所を過ぎ、さらに数メートル進むと、目的のレストランが見えてきた。チラリと後ろを振り返ると、護衛の騎士もちゃんと後ろをついてきている。私はレストランへ入り、護衛の騎士二人はその向かいの飲み屋へと入っていく。
レストランの店主に予約であり、ロレンソの名前を告げると、窓際の席に案内された。そこからは通りを挟んだ飲み屋がよく見える。そして護衛騎士二人は店内の席ではなく、テラス席という名の立ち飲み席に案内してもらったようだ。そこであれば何かあってもすぐに駆け付けることができるだろう。
席に座り、護衛騎士二人の様子を見ていると。
ロレンソが窓の前を歩いて行くのが見えた。
初めて会った時はシルクハットを被っていたが、今は帽子はなく、片眼鏡をつけ、白シャツに黒のベストとグレーの上衣、黒のズボンという姿で手にステッキを持ち足早に店へと向かっている。
その横顔見て改めて思う。
初めて会った時もその美貌に驚いたが。
鼻も高く、きゅっと結ばれた唇も艶めいている。何より風に揺れる白藤色のサラサラの髪が美しい。こんな界隈で何故医師をしているのか。不思議に感じてしまう。貴族の一員と言われても遜色なく思える。
そんなことを思っている間にも、店の入口にロレンソの姿が見えた。
ロレンソは自分が予約している席が分かっていたようで、店員が案内する前に私を見た。私を見た瞬間、ロレンソは驚いた顔になる。どうやら貴族ではない姿は成功のようだ。
顔見知りの店主と会話したロレンソは席にやってくると。
「パトリシア様。お待たせしました。……その、すごいですね。完全にオーラが消えています」
ロレンソはそう言いながら、椅子に座りこむ。
正面から見るロレンソもやはり貴族を思わせる美貌だ。
一方の私は……。
オーラが消えている。そうだろう。間違いなく今の私は街の女だ。
そして。
ベラスケス家が一度爵位剥奪され、一家離散したこと、そして私が王都から消えたことは既にロレンソもニュースペーパーで知っている。だから。
「私はかつて修道院にいたこともありますので。その時は多分、今のような状態だったと思います」
「……それは。あなたのお名前を聞いて、すぐにニュースペーパーの記事のことを思い出しました。大変なご苦労があったのですね」
そこに店員が来た。
ロレンソは私に「何か食べたい物……初めてのお店では分からないですよね。わたしのおススメの料理を頼んでもいいですか?」と尋ねる。正直、店内に書かれているメニューは、どんなものが出てくる分からないものの方が多かったので「おまかせします」と返事をする。するとロレンソは慣れた様子で次々と料理を注文した。
「この店の料理で腹を壊したという者を、わたしは知りません。もしそんなことがあれば、診療所に駆け込んできますから。ですからパトリシア様が口にしても、問題ないですよ。念のため、サラダ以外は全て火がしっかり通っている料理を頼みましたから」
「お気遣いいただき、ありがとうございます。修道院では日々質素な食事をしていましたから。そして一度もお腹を壊すこともありませんでした。多分、私は丈夫なんですよ」
これにはロレンソは息を飲み、白金色の瞳を大きく見開いて驚いている。美貌の顔がこんな風に驚愕しているのを見ると……なんだか楽しくなってしまう。
「ニュースペーパーでは詳しく書かれていませんでした。どちらの修道院にいたのですか? あ、もし話したくなければおっしゃってください」
「いえ。知っている人は知っていることですから。パルマ修道院です」
「パルマ……、えっ、そんな辺境の地にいたのですか!?」
先程以上に目を大きく見開き、ロレンソは私を見つめている。それでもやはり美貌の顔が完全に崩れることはない。驚き顔さえ美しいなんて。奇跡だと思ってしまう。
そしてロレンソがここまで驚くのも無理はない。
ここは王都だ。貴族を頂点とした場合、この界隈は底辺にあたるのだろうが。その底辺のさらに下に位置にするのが……きっとパルマという地だと思う。まさに流刑地とも噂されるような場所なのだから。
「そうですね。もう一生その修道院で人生を終えると思っていたのですが」
「……それは勿体ないと思います。あなたは確かに今、この辺りをウロウロしている若い娘と変わりないように見えますが。でもこうやって向き合ってあなたを見れば、間違いなくその美しさは伝わってきます」
そこで一気にいくつかの料理が届いた。
ホワイトソースがかかったニョッキのような料理、肉のトマトソース煮込み、豆のサラダなどだ。どれも大盛。しばし料理を取り分けるため、会話は中断される。さらにジンジャエールも登場し、料理と飲み物を食べながらの会話が再開する。
ジンジャエールを一口飲んだロレンソが口を開く。
「先ほど、美しさと言いましたが、それは外見の美しさではありません。あ、語弊がありますね。パトリシア様は間違いなくお美しい容姿をされています。でもそれ以上に、あなたの心の美しさがその瞳から感じられました」
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は明日『心が美しい』を更新します。
引き続きよろしくお願いいたします。



























































