10:慣れるのかしら?
馬車の事故から5日間が過ぎた。
昼食を届けるため、王宮にいるアズレークを……レオナルドを尋ねる。
それは日課になりつつあるが。
同時に。
スノーは先に庭園へ向かう。警備の騎士に案内され。
一方の私は。
レオナルドの執務室へ行き、そこで魔力を送ってもらうことも日課になっている。
おかげで私は昼食の後、屋敷に戻ってからも魔法の練習ができていた。だから昼食時に魔力を送ってもらえるのは、とても助かるのだが……。
「どうして、レオナルドの姿で魔力を送るのですか?」
初めてレオナルドから魔力を送られた時は。
レオナルドが乙女ゲーム『戦う公爵令嬢』の攻略対象という点も意識してしまい、身も心も大いに反応してしまった。でも今はそれも落ち着いている。なぜなら早々に目を閉じ、レオナルドの姿を見ないようにしているからだ。
よってレオナルドの姿で魔力を送ってもらっても、もう腰砕けにはならないし、問題はなかった。
それでも。
やはりアズレークの姿を求める気持ちがあり……。
思わず尋ねていた。
「理由は2つあるよ。まず一つ目。この姿の魔力は、アズレークの姿の魔力より、君の体に定着しやすい。魔力を送った後は、すぐに皆と昼食。すんなり食事できるよう、この姿で魔力を送っている」
これはまさにその通りで、レオナルドの魔力は、定着が早かった。
ブラックドラゴンに由来するアズレークの魔力はとても強い。例えるなら、アズレークの魔力はウォッカ。レオナルドの魔力はワイン。ワインは当たり前のように食事の時に口にするものだが、ウォッカはその度数が96%なんてものもある。そんなウォッカで作ったカクテルは、飲んだ瞬間に体が間違いなく反応する。アズレークとレオナルドの魔力の違いはまさにごくごく飲めるワインと、度数が強く飲むには勇気がいるウォッカみたいなものだった。
「もう一つは、婚儀を挙げる時もそうだが、公で僕はこの姿が当たり前。慣れてもらわないと困るからね」
……!
そうだったのか。
レオナルドに魔力を送られていると思うと、心臓が不用意に反応してしまう。だから目を閉じるようにしていたのだが……。そうか。慣れる……。だったら今後は……顔が近づく時も目を開けていないとダメだろう。
でも慣れる必要があるというのなら。
魔力を送り終えた後、なぜアズレークの姿になるだろう?
アズレークの姿になり、そして……キスをするのだ。
婚儀を挙げるのはレオナルドの姿というのなら、レオナルドの姿のまま、キスもすればいいのに……。
アズレークとは、昼食を届けるようになってから、毎日のようにキスをしている。でもレオナルドの姿では、まだ一度もキスをしていない。
「パトリシア」
優しく澄んだ声で、レオナルドが私の名を呼んだ。
「魔力を送った後、なぜアズレークになるのか、そう問いたいという顔をしているな」
心臓がドキンと反応する。
ま、まただ。
姿はレオナルドなのに声はアズレーク。
心臓がバクバクしてしまう。
「私とレオナルドは同一。頭では理解しているのだろう、パトリシア。でも君の体は分かりやすく反応する。レオナルドの姿で魔力を送られる時、目を閉じた君の瞼は小刻みに震えている。本当は私に魔力を送って欲しいと思っていることが強く伝わってくるよ。でも慣れてもらう必要がある。だからレオナルドの姿で魔力は送るが……。がんばったご褒美だ。だからその後は姿を変える」
そ、そうだったのね……!
アズレークはそんなところまで気づいていたのか。
ご褒美。
でも、確かに。
レオナルドに魔力を送られた後の、アズレークとのキスは……。
思い出すと、全身が熱くなる。
「では、魔力を送りますよ、パトリシア」
レオナルドの声で呼びかけられた。
気付けば既にレオナルドに腰を抱き寄せられている。
顎に手を添えたレオナルドはあっという間に魔力を口から送り込む。
あ……。
反射的に目を閉じてしまっていた。
慣れるためには少しの時間でも目を開けた方がいいはず。
そう思い、目をうっすらと開けると……。
やはりあの魔術師レオナルドの顔がすぐそばに迫っていると分かり、落ち着かなくなる。
声を出しそうになり、口が動きそうになったが、レオナルドの指が思いがけない強さでそれを押しとどめる。その瞬間、心臓が大きく脈打ち、ドキドキが加速された。
優美なレオナルドの少しワイルドな指な動き。
それを感知しただけでも、なぜか気持ちが昂る。
慣れる、なんてことできるのだろうか?
レオナルドの姿でキスをすればいいなんて考えてしまったが、今の状態では絶対に無理だ……。間違いなく失神しそうだ。それにキスは……やはりアズレークがいい。
「よし。これでいいね。屋敷に戻っても存分に魔法の練習もできるだろう」
レオナルドの声でそう言い終えた瞬間。
その姿はアズレークに変っている。
アズレークを見てしまうと、もうそれだけで嬉しくなり、自分から抱きついてしまっている。
「パトリシア……」
そんな私に答えるようにアズレークは私をまず抱きしめる。
ここに私がいることを確認するかのように。
力強く抱きしめられ、全身でアズレークを感じてしまうと……。
それだけもう、身も心もとろけそうになっている。
その上でキスをされるのだ。
もう全身が喜びで包まれ、何も考えられなくなる。
本当はずっとアズレークに抱きしめられ、キスをして欲しいのだが。
きっかり3回。
それでアズレークはレオナルドの姿に戻り、魔法を使い、私を連れ庭園へ向かう。
するとそこには日によってマルクスだけがいたり、アルベルトと三騎士が勢揃いしていたり。ともかく楽しい昼食の時間が始まる。このメンバーが揃って食事をできるのは、本来とても稀有なこと。だからこの時間は、とても大切に感じている。
その一方で。
どうしたらキスの回数は5回に増えるのかしら……? なんて考えてしまう自分もいた。
欲求不満なのかな。
約一カ月間はキスなんてそもそもなかったのに。
そんなことを思いながら、今日も王宮を後にした。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は明日『唯一無二の存在』を更新します。
引き続きよろしくお願いいたします。



























































