6:こちらへおいで、パトリシア
翌日はスノーと一緒に、アズレークに届ける昼食のため、キッシュを焼いた。
数種類のキッシュを多めに用意している。
昨日のマルクスみたいに突然、誰かが合流する可能性を考えたからだ。
さらにコロッケも作ることにした。
この世界での主流はクリームコロッケだったが、私が作ることにしたのは、ポテトコロッケ。
調理人達は何を作るのかとずっと観察し、そこにロレナも顔出す。
これだけ衆人環視の元、料理をするのは初めてなので緊張してしまう。かつ、揚げているといい音もするから、さらに皆の関心が高まる。
ということで。
勿論、完成品はみんなで試食となる。
「まあ、これは……。普段いただくクリームクロケットとは全然違うわ。ホクホクとしてサクサクとして、とても美味しい……。イニゴ、これは我が家の料理に加えるようにして頂戴」
ロレナに言われ、調理人の一人イニゴは「かしこまりました、奥様!」と返事をし、私に調理のポイントを尋ねた。私はいくつかのアドバイスをし、完成した料理をスノーと二人、籠に詰める。
今回は多めに用意したので、籠二つ分になった。
もし残ったら、アズレーク……レオナルドから警備の騎士などにプレゼントしてもらおうと考えていた。
こうして用意したキッシュとポテトコロッケを持ち、王宮へと向かうことにする。
今日は春を感じさせる、カナリア色のドレスをスノーと二人で着ていた。二人ともAラインのドレスだが、スノーのドレスは立体感のある花模様のレースが飾られていた。一方の私は身頃からドレスの裾にかけ、白からカナリア色にグラデーションしており、裾には沢山のビーズが飾られている。
お揃いの花飾りのついたリボンで髪をまとめ、馬車へ乗り込んだ。
宮殿に着くと、昨日も会った警備の騎士が、迎えに来てくれていた。スノーは彼が庭園へ案内するという。つまり私はレオナルドを迎えに行っていいようだ。さらに彼は二つの籠を、もう一人の警備の騎士に持たせ、庭園へ運ぶと言ってくれた。
身軽になった私は、軽やかな足取りで執務室へ向かう。
彼に会えると思うだけで。胸が高鳴る。
昨日と同じで、扉の左右には警備の騎士がいる。
だが私を気にすることなく、真っ直ぐ前を見ていた。
私はそのまま扉をノックする。
昨日と違い、レオナルドの声がして、扉がゆっくり開けられた。
当たり前だが。
扉を開けてくれたのは、レオナルドだった。
……昨日と違い、アズレークじゃないのか。
ちょっぴり残念な顔で部屋の中に入ると。
「パトリシア。とても分かりやすい反応だね。僕の姿を見た瞬間、『残念』と顔に書かれていたよ」
「えっ!?」
比喩で言われた言葉なのに。
慌てて頬に触れてしまう。
「本当に。君は時々、子供のような可愛らしい反応をするのだね」
レオナルドは執務室の机に軽く腰かけ、紺碧色の瞳を細めて優美に笑う。笑顔に揺れるアイスブルーのサラサラした髪も、優雅さの演出に一役買っている気がする。さらにローブを着ていない、純白の軍服姿も目に眩しく、その美しさを崇高なものにしていた。
「こちらへおいで、パトリシア」
レオナルドは、イコール、アズレークと分かっているが。
やっぱりまだどこかで緊張感が残る。
ドキドキしながら近づくと。
「遠いね」
レオナルドは自身の両腕を伸ばしたが。
確かにその手が届く距離に自分がいないことに気づいた。
「そう、ですね……。すみません」
「緊張しないで、パトリシア」
緊張しないでと言われているが。
さらに笑顔で言われているのだが。
その笑顔が眩し過ぎる。
それでもなんとか数歩前に出ると、両腕を掴まれ……。
レオナルドに抱き寄せられていた。
思わず出そうになった悲鳴を飲み込んだが。
それをレオナルドは見逃していない。
「……悲鳴を我慢したね、パトリシア」
「そ、それは……驚いてしまっただけで」
「この姿だったら、驚かないのに?」
瞬時にアズレークの姿に変わっている。
「アズレーク!」
嬉しくなり抱きつこうとしたその瞬間。
その姿がレオナルドに変り、急ブレーキがかかる。
「どうして? 抱きついていいんだよ」
レオナルドに優しく言われるが……。
体は固まっている。
「パトリシア」
「!?」
姿はレオナルドのままなのに。
声がアズレークに変っている。
「今日は、魔法の訓練をしのたか?」
レオナルドの姿なのに、声も口調もアズレーク。
頭が混乱する。
それでもなんとか答えを口にする。
「そ、そうですね。ちゃんと訓練をしました」
「そうか。よく頑張った」
微笑むレオナルドは……。
声はアズレークのせいか、なんだかアズレークの笑顔のようにも見える。
「使った分の魔力を補充しようか」
「えっ」
声を出した時には、既にレオナルドの腕の中にいた。
それだけでも心臓が大騒ぎする事態なのに。
「パトリシア、口を開けて」
アズレークの声で囁いたレオナルドが私の顎を持ち上げる。
もう心臓が止まりそうになった。
「ア、アズレーク!?」
「僕はレオナルドだよ」
間違いない、今は完全にレオナルドの声と姿だ。
その瞬間、唇が……!
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明日も11時台~13時台に
『大丈夫なわけがない!!』
を更新しますので、引き続きよろしくお願いします!



























































