5:ハートブレイクは誰のせい?
さすがに臣下の差し入れの昼食を王太子であるアルベルトは食べないだろう。
そう思い、アルベルトの名は出さなかったのだが……。
「え、アルベルト王太子さまは? のけ者にされたら、悲しむと思うぞ。表向きは気にしていないそぶりをするだろうが。多分、一人部屋で落ち込む」
「そうなのですか!?」
「それはそうだろう。それじゃなくてもアルベルト王太子さまはハートブレイクしているんだ。故意に避けられたと分かったら、それは凹むさ」
マルクスはあっけらかんと言うが。
私は冷や汗ものだ。
この国の王太子をハートブレイクさせたのは私なのだから。
「王太子さまの食事は、味見が必要だろう、マルクス。王宮内の料理人の料理でもそうなのだから、外部から持ち込まれた料理にはもっと厳しい目が向けられる。だからそう簡単に王太子に声をかけられないと考えただけですよ」
……!
レオナルドは……さすがた。機転が利く。
思わず感動の眼差しでその姿を見てしまう。
今は完全に、乙女ゲーム『戦う公爵令嬢』の魔術師レオナルドとして彼を見てしまう。
「あー、なるほどな。まあ、それだったら俺がまず味見してもいいけどさ。それはさておき。俺はもう我慢できないぞ、パトリシアさま。さっきからしているこの香り、トリュフだろう?」
「そうだよー、マルクス兄! 希少な春トリュフを、た~っぷり卵に混ぜ込んだんだよ!」
スノーの言葉に再びマルクスの目が輝く。
待ちきれないのはみんな一緒。
だから。
「早速食べましょう!」
私の一声で昼食がスタートした。
◇
マルクスを含めた四人の昼食は、とても楽しかった。
用意したサンドイッチもマフィンも、フルーツも全部綺麗になくなっている。レオナルドは警備の騎士にマフィンをプレゼントし、代わりにメイドに紅茶をここに運ぶようお願いしてくれた。おかげで食事の後は、上質な茶葉の紅茶を楽しむこともできた。
庭園のベンチは二人掛けのものがいくつも並べられている。
マルクスとスノー、レオナルドと私、そのペアでベンチに座り、食事をすることになったのだが……。
レオナルド姿のアズレークは。
とても優雅だ。
動作の一つ一つもアズレークのようなワイルドさはない。
だからレオナルドの姿の時に、こんなことをされるとは思っていなかった。
それは。
紅茶が届くのを待つ、数分間のこと。
「レオナルドさ……レオナルド」
アズレークのことは。
これまで「アズレークさま」と呼んでいたが。
呼び捨てで呼んで欲しいと言われてから、「アズレーク」と自然に言えるようになっていた。
その一方で。
レオナルドのことを「レオナルド」と呼び捨てにするのはまだためらいがあった。つい「さま」をつけそうになってしまうのだ。
「パトリシアは相変わらずレオナルドの僕には慣れないようだね」
そう言ってこちらに視線を向けるレオナルドは……。
紺碧色の澄んだ瞳を私に向けた。
アズレークの瞳は黒曜石のようで、見つめられると吸い込まれそうだ。それに見つめ合うと魔法で抑えていても、逆鱗が反応そうになる。それだけブラックドラゴンの血が色濃く残っているということだろう。
でもレオナルドのこの紺碧の瞳は……。美し過ぎて思わず鑑賞してため息をついてしまう。恐れ多くて何もできない。
「レオナルドとアズレーク。どちらも同じなんだけどね……」
そう言ったレオナルドはすっとベンチに乗せていた私の手を握った。
「えっ」
思わず驚きの声を挙げてしまう。
同時に一気に緊張感が駆け抜け、背筋をピンと伸ばしている。
まさかここで手を握られるなんて思わなかった。
混乱する気持ちから、心臓が早鐘を打っている。
レオナルドは私の様子を見てクスクスと笑う。
「手を掴んだけなのに。どうしたのですか、その反応は」
優雅過ぎる仕草で脚を組み、こちらを流し目で見る。
カーッと顔が赤くなるのを自覚した。
美貌のレオナルドの言葉に、ドキドキするより恥ずかしくなってしまう。
「アズレークとレオナルドは同一だと分かっている。でも体が勝手にこんな反応をしてしまう。そんなところでしょうか」
レオナルドは冷静に私を分析している。
まさにその通りなのでコクコクと頷く。
「急ぐ必要はないでしょう。でも慣れていただかないと。婚儀の時はこの姿になりますらかね」
その通りだった。
ここ王宮では勿論。
自身の屋敷で過ごす時もレオナルドの姿なのだ。
彼の両親もレオナルドの姿が基本だと思っている。
私の両親と会った時もレオナルドの姿だった。
アズレークの姿を知る人は、どれぐらいいるのだろう?
そんな疑問もあるが、重要なことは――。
慣れる。
そう、レオナルドの姿に慣れる。
それは……必要なことだった。
アズレークの姿になるのはあくまで二人きりの時と決めているのだから。
「そ、そのレオナルドさま……いえ、レオナルド。頑張ります。慣れるようにしますから」
「そうだね。できる限り僕も協力するよ」
レオナルドが再び優美に微笑んだ。
アイスブルーの髪が陽光を受け、キラキラ輝いている。
美しい……。
この美貌は絶対に観賞用だと思う。
心臓の鼓動はまだ早い。
慣れるのだろうか。
全身黒ずくめのアズレークと違い過ぎるのに……。
軽やかな鳥の鳴き声が遠くで聞こえた。
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明日も11時台~13時台に
『こちらへおいで、パトリシア』
を更新しますので、引き続きよろしくお願いします!



























































