3:自制できない
私の首筋から唇を離したアズレークは、スノーの問いかけに答える。
「スノー、よく遊びに来てくれた。なんだか美味しそうな香りがする。差し入れを持ってきてくれたのか?」
「はい! パトリシアさまとサンドイッチを作り、マフィンを焼きました。一緒に食べようと思って」
「そうか。それは楽しみだ。外の警備の騎士に庭園に案内するよう頼んである。先に行ってベンチを確保してくれるか?」
「勿論です! アズレークさま」
スノーは私からサンドイッチとマフィンが入った籠を受け取ると、ニッコリ笑顔になった。するとあの重い扉が開き、スノーは「先に行ってきます!」と部屋を出て行く。さらスノーが出るのと同時に、扉はパタンと自動ドアのように閉まり、カチャリと鍵のかかる音がした。間違いなくアズレークが魔法を使っている。
「アズレーク、スノーだけ先に行かせて大丈夫なの?」
「ちゃんと警備の騎士をつけているから問題ない。それに庭園なんて目と鼻の先だ。何か起きても対処できる」
アズレークはそう言いながら、私の体をクルリと回転させると、自分の方へ向けた。
その瞬間。
長い睫毛に縁どられた黒曜石のような瞳と目が合う。
心臓がドキッと反応する。
こうやって顔を合わせるのは久々だった。
「……ノックの音でバレました?」
まるで待ち伏せしていたかのように抱きしめられた。
だからノックの音で、スノーと私の訪問はバレてしまったのかと思ったが……。
アズレークはフッと力を抜いて笑う。
プラサナスの地では見せることがなかったこの笑い方。
クールなイメージのアズレークからは想像できない、愛らしさを感じてしまう笑みだ。全身黒ずくめの、まさに黒騎士とも言えるこの姿で、そんな笑みを見せていると思ったら……。
「パトリシア、自分ではうまく隠蔽の魔法を使っているつもりだが、まだまだ甘いな」
すっと伸びたアズレークの指が、おへその下へと伸びる。
「あっ……」
ドレスの上からそっと指で触れられただけなのに。
番(つがい)を現す痣は……逆鱗は強い反応をしている。
逆鱗を起点に血流がよくなり、心臓がドクドクと大きな音を立てていた。
この一ヶ月。
ゆっくり会う時間をとることはできない。
逆鱗が不用意に反応するのはよくないと、アズレークに反応を抑えるための魔法をかけてもらっていた。
さらに。
今回、サプライズでアズレークを訪ねるにあたり、隠蔽魔法をかけていた。この逆鱗の気配をアズレークに察知されないようにと、自分で魔法をかけていた。
でも間違いない。
今、指で触れただけで、その二つの魔法は……解除されてしまったのだと思う。
「例え魔術師レオナルドの姿でも。パトリシアの隠蔽魔法ぐらい看破できる。逆鱗を隠そうとしているとすぐに分かった。なぜそんなことをする? 間違いない。パトリシアが宮殿に向かっていると。サプライズで私に会いに来たのだと」
ドアに手をついたアズレークは。
私の耳元でそう囁いたのだが。
その距離の近さ。
耳にかかる息。
息の温かさを感じ、もう全身が熱くてたまらない。
間違いなく逆鱗が反応している。
「魔法の練習はどうした、パトリシア?」
耳に心地よいはずのテノールの声は。
今はただ私の思考を乱すだけだ。
アズレークに抱きつきたくなる衝動をなんとか抑え込み、声を絞り出す。
「サンドイッチやマフィンを用意する前に、練習はしたのですが……。魔力が足りなくなってしまうので……」
その瞬間。
ぐいっと腰を抱き寄せられた。
「そうか。では魔力を送ろう」
「……!」
アズレークの手が顎を持ち上げる。
今朝思い出した通り、その整った顔が近づいてきた。
もう心臓は信じられない速度で鼓動している。
……!?
驚きで思わず目を開けてしまった。
いつも魔力を送りこまれる時。
唇が触れることはなかった。
でも今は……。
アズレークの唇は、私の唇に重なっている。
あの血色がよく、形のいい唇が私の唇に……。
口の中、喉の奥に、魔力の熱い塊を感じるが。
それ以上に私の神経は唇に集中していた。
唇から伝わるアズレークの体温、柔らかさ、潤いに身も心も溶けてしまいそうだった。
ゆっくりとアズレークの唇が離れると同時に、私の体からは力が抜け、その胸へと倒れこむようになってしまう。アズレークは私を受け止め、ゆっくり腕に力を込めて抱きしめる。
「……すまない、パトリシア。こんな形で君とキスをするつもりはなかったのだが……。自制がきかなくなってしまった」
アズレークとは。
実はまだキスをしたことがなかった。
お互いを番(つがい)であると認識し、強く求めあう気持ちがあったのだが。忙しい日々を送ると分かっていたので、落ち着くまではとキスは勿論、手をつなぐこともなかった。
キスはドラマチックな場面でしたいと願う気持ちは……ないわけではない。
でも、今の魔力を送りこまれながらのキスは……。
とんでもない濃密なキスだったと思う。
客観的に見たら、唇と唇がただ重なっているだけだ。
でも魔力の熱の塊がもたらす体の反応。
キスがもたらす体の反応。
そして逆鱗までが反応していたので、とんでもない感覚が全身を巡っていた。
こんなキスだったら。
シチュエーションは関係ない。
アズレークとのファーストキスは間違いなく、忘れられないものになったと思う。
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