アズレーク視点(2)「ここでパニックを起こしてはいけない」
「魔術師レオナルド様、ドルレアン公爵の叔父にあたるゴメス伯爵が到着し、ひとまずセロナ牢獄へ連行し、そこに幽閉いたしました」
騎士の報告に、目にしていた書類から顔を上げる。
ゴメス伯爵家は……確かニルスの村からさらに南に下ったロスラムに領地があったはず。
ロスラムは、王太子やパトリシアが滞在している旅籠に近い場所だ。
「こんな時間からすまないが、そのまま尋問を始めてもらっていいかな? 尋問の際にはこれを使うといいよ」
騎士が執務机に近づき、私がテーブルに置いた小瓶を手に取る。
不思議そうに騎士が小瓶を見つめた。
「これは……」
「砂金のように見えるだろう。でもそれには私の魔力が込められている。これを一粒飲ませ、尋問を行うといい。嘘をつくと、この一粒は拳ほどの大きさに変わる。真実を言うまで、元のサイズには戻らない。嘘を重ねる度に、その粒はどんどん大きくなる。そのことを伝え、尋問をするといい。当然、嘘はつけないだろうからね」
「はっ、かしこまりました。魔術師レオナルド様」
騎士は小瓶を手に執務室を出て行く。
カーテンを閉じていない窓の外に目をやると。
遠くに稲光が見えた。
稲光が見えた方角に、王太子とパトリシア達がいる。
王都からでは半日かかる距離だ。
でも。
すでに感じている。
パトリシアの気配を。私の番(つがい)の気配を。
大きく息を吐き、気持ちを沈める。
脚を組み、ゆったりと椅子の背もたれに身を預けた。
再び窓の外へ目をやる。
きっと旅籠の辺りは、冷たい雨が降る夜になるだろう。
だが、雨は夜明け前には止むはずだ。
問題なく、王太子も、そしてパトリシアも王都へ戻って来る。
視線を室内へと戻す。
王太子は既にパトリシアにプロポーズをしたのだろうか。
王都に戻り、落ち着いてから……という可能性もあるが。
王都に戻れば戻ったで、ドルレアン公爵の裁判やらなんやらで、しばらくは忙しくなる。だったら、プラサナスの地にいるうちにプロポーズをした可能性は高い。
少しでも気を緩めると。
番(つがい)の存在を。パトリシアの存在を感じとってしまう。
今はレオナルドの姿であり、衝動もなんとか抑えきれているが。
旅籠の辺りに王太子とパトリシアが到着した瞬間。
そう。
それは今日の夕方のことだ。
心臓がドクンと大きな音を立て、手にしていた書類を落としてしまった。
その書類を拾おうとして、手が震えていた。
パトリシアの気配を感じられなくなったのは、ほんの数日のことだ。
でもその瞬間から、全身が鉛のように重く感じられた。
世界から色が消え、光が失われたように思ってしまった。
言い知れぬ焦燥感と喪失感。
胸が苦しい。呼吸が乱される。思考がまとまらない。
それでも王宮付きの魔術師レオナルドとして、すべきことがあった。ドルレアン公爵とその娘カロリーナの犯した罪を白日の下にさらす。そうすることがパトリシアを救うことになる。私の番(つがい)を助けることになるのだ。そう自分に言い聞かせ、一切の感情を遮断し、事にあたった。そして再びパトリシアの気配を感じ取った。
狂おしい程の喜びが、全身を駆け抜ける。
凍り付いた心が、優しい光で溶かされていく。
全身が温かさで、満たされていると感じる。
失われた世界に色と光を再び見出し、希望と喜びに包まれた。
王太子はパトリシアを愛していた。子供の頃から、ずっと。
私はすぐそばにパトリシアがいたのに、番(つがい)とは気づかなかった。今さら気づいても遅い。パトリシアもまた、王太子のことを愛しているのだから。
そばにいてくれれば。
たとえ、私の想いは実ることがなくても。
パトリシアがあの優しい笑顔を向ける相手は、私ではない。
聡明な琥珀色の瞳が見つめる先にいるのは、私ではない。
あの唇に触れることができるのは、私ではない。
それならばせめて。
同じ王宮にいて、その姿をたまに目にすることができ、毎日その存在と無事を確認できれば、それでいい。それにもう、アズレークの姿になることはないだろう。大丈夫。抑えきれる。
このレオナルドの姿であれば。
◇
「もう落ち着いたな。私はこれで行くよ」
「あ、あの、待ってください」
掴んだ袖を申し訳なさそうに離したパトリシアを見た瞬間。
何も言わずに抱きしめ、あの場から連れ去りたいと思っていた。
呪いも、王太子も、王宮も、魔術師としてのレオナルドも。
すべてを忘れたいと思った。
すべてを失っても構わないと感じていた。
ただ、パトリシアだけを欲しい、そう願っていたのに。
「……なんだ?」
そう冷たく言うことしかできなかった。
あの時のパトリシアの、一瞬見せた悲しそうな瞳。
思い出すと胸が張り裂けそうになる――。
ハッとして目が覚めた。
連日、ドルレアン公爵とその一族郎党の対処に追われ、ベッドで横になり眠ることもなかった。執務机に向かい、頬杖をついたまま、眠っていたようだ。
少し。
体を横にした方がいいだろうか。
そう思い、椅子から立ち上がりかけたその刹那。
心臓を鷲掴みにされたような心地になり、動けなくなった。
何が、何が起きている……?
震えを感じる。でもこれは私の震えではない。
これは――。
パトリシア。
彼女の身に何かが起きている。
今すぐ、彼女の元へ向かわなければならない。
執務室に飛び込んできた騎士が叫ぶ。
「魔術師レオナルド様、大変です! ゴメス伯爵を尋問した結果、刺客が放たれていることが判明しました。王太子様の視察に紛れ込ませた、ドルレアン公爵の息のかかる騎士の口封じのためです。そしてベラスケス公爵の令嬢パトリシアの殺害も命じたと、白状しました」
報告を終えた騎士の前に、魔術師レオナルドの姿はなかった。
だが、そこに彼はいたはずだ。
なぜなら、彼が手にしていた書類が、ゆらりゆらりと絨毯の上に落ちていったのだから。
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視点更新は初挑戦でしたが。
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69話と70話をつなぐ
完全新エピソードとなるアルベルト視点
69.5話を次回公開しようと思います。
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