アズレーク視点「……ようやく見つけた」
パルマ修道院。
王都からは、夜を徹して馬を走らせても3日はかかる、北の辺境の地にある修道院だ。近くの村に行くにも馬車が必要。街へ出るには半日がかり。修道院の周辺には山と森、墓地ぐらいしかない。寂れた場所だ。とても元公爵家の令嬢がいるような場所ではない。
だが。
感じる。
確かに、パトリシアの気配を。私の番(つがい)の気配を。
修道院の裏手にある森の中へ、慎重に歩みを進める。
◇
私が持つ強い魔力。
それは先祖に由来するものだ。私の先祖には竜(ドラゴン)がいると言われていた。竜(ドラゴン)の中でも最強と言われたブラックドラゴン。他の竜(ドラゴン)を統べると言われる最強の魔力の持ち主。そしてブラックドラゴンには番(つがい)がいた。
番(つがい)。
それは永遠とも言われる長命を誇った聖獣の、唯一無二の最愛の存在。一度結ばれたその番(つがい)とは、死が互いを分かつまで離れることはない。そしてその聖獣を祖先に持つ私にも、番(つがい)がいる可能性はゼロではなかった。
しかし。
番(つがい)に出会える可能性は限りなく低い。
古の昔、この地上には聖獣をはじめとした、人とは次元の異なる生物が沢山いたという。でも彼らが失われ、既に長い時が経っている。ゆえに魔力自体も失われつつあった。強い魔力の持ち主は少ない。そして番(つがい)自体がこの世に生を受ける可能性も限りなく低くなっている。自分の番(つがい)と出会える可能性は……さらに低くなる。
出会うことはないだろう。
そう、諦めていた。
諦めた結果、色恋沙汰への関心は薄れ、ただ自分の魔力を生かし、国のために尽くすという決意が固まった。魔力を持つ人間に求められることは沢山ある。人の手だけでは、成せないことも多い。そのために私の魔力を使う。いいだろう。私には他の人間にはない強い魔力があるのだから。その願いに応えよう。そうやって過ごしてきたが。
まさか公爵家の令嬢ごときに。しかもたいした魔力ではない王太子の婚約者に。してやられるとは。
「愛しているけど、あなたを呪う」
私が最も関心のない、愛に関する呪いを王太子にかけるとは……。
王太子にあのカロリーナが呪いをかけたと気づいた時は、苦々しく感じ、この魔女をどうしてくれようかと思ったが。まさかその呪いを解ける相手を探すうちに、自分の番(つがい)の存在に気づくことになるとは。
あの時。
自分の番(つがい)が確かにこの世界にいると知った瞬間。
全身が喜びで震えた。
今すぐにでもその番(つがい)に会いに行きたい、探し出したい、そんな思いに駆られ――。でも自分がすべきことを思い出す。
パトリシア・デ・ラ・ベラスケス。
王太子の婚約者の座を巡り、カロリーナと競い合っていたというベラスケス元公爵の娘。王宮にも足を運んでいたというが、私は会ったことがない。だが姿絵は見せてもらった。その顔、容姿は頭にしっかり刻み込んでいる。彼女なら、王太子にかけられた呪いを解くことができるはず。
「愛していたけど、あなたを殺したい」
パトリシアはきっと、そんな心境のはずだ。
カロリーナと王太子の婚約者の座を競い、同じ公爵家同士、両親たちも政治ゲームでバトルを繰り広げていた。だが勝者はカロリーナ親子、ドルレアン公爵家だ。ベラスケス公爵は爵位剥奪され、一家離散となり、パトリシアも姿を消した。愛した王太子に見捨てられ、辛い境遇に落とされたパトリシアなら……。王太子を殺したいほど憎んでいるはず。だが、王太子はパトリシアを愛している。
カロリーナの呪いを解くには、王太子が愛する人、もしくは、王太子を愛する人が、王太子を殺そうとすることが必要だ。パトリシアならこれに該当する。王太子が愛する女性であり、その王太子を殺そうとする女性なのだから。
そのパトリシアを探し出すため、私は旅を続けていた。それなのにまさか、番(つがい)の存在に気づいてしまうとは――。何度も、何度も、何度も。パトリシアを探すのを止め、番(つがい)を探しに行きたいと思ってしまった。もう本能的に番(つがい)を求める気持ちが止められなくなる。まだ見ぬ番(つがい)のことを想い、胸が苦しくなり、切なくなり、恋しくなってしまう。
王宮付きの魔術師として。
常に優雅であることを求められていた。恋愛に無関心でいたからこそ、その優雅さを自分が保つことができたのだと、今さら思い知る。どんなに美しい貴婦人に微笑まれても、心が動くことはなく。どのような愛の言葉を贈られても、気持ちが揺れることはなく。ただ優美に微笑み、自分に求められる事案に対処する。そうやってこれからも生きていくつもりだったのに。
今はもう、番(つがい)を求める気持ちで狂ってしまいそうになる。それをなんとかレオナルドの姿で自制し、パトリシアを探し続けてきたが。
気づいてしまった。
パトリシアに迫れば迫るほど、番(つがい)の気配を色濃く感じる。パトリシアは王太子の呪いを解くための切り札。そして王太子が愛する女性だ。だが同時に、私の番(つがい)である可能性が……高い。
求めてはいけない。
パトリシアのことを。
そう頭では理解しているが……。
意識の制御が効かない夢の中で。
姿絵で見たパトリシアのことを、何度も抱いていた。
◇
アズレークの姿になるのは……危険だ。
ブラックドラゴンに由来するこの姿をとると、番(つがい)を、パトリシアの存在をより強く感じる。それは居場所を見つけることにつながる。だが、止められなくなる。パトリシアを求める衝動を――。
だから、その姿を見たら。
レオナルドの姿になるつもりでいた。
レオナルドの姿になり、多少、髪の色や瞳の色を変えれば。
パトリシアは会ったこともない私のことを、誰だか分からないだろうと考えていたのだ。
修道院の裏手にある森の中。
身を隠すのに丁度いい、巨木を見つけた。
そこで私は……。
もう、間違いない。
心臓が信じられない程、高鳴っている。
全身が炎のように熱くなり、渦巻く熱に眩暈さえ感じていた。
そこに、いる。
私の番(つがい)が。私の……パトリシアが。
「スノー、とびっきりのトリュフを発見した?」
声を聞いた瞬間。
王太子のことも、呪いのことも、王宮のことも。
自分が王宮付きの魔術師であることも忘れていた。
「……ようやく見つけた」
お読みいただきありがとうございました!
沢山のブックマークをいただいたので
慌てて執筆し、本日公開にこぎつけました!
そして。ここから物語が始まるのですね~
ぜひこのアズレーク視点第一弾を読んだ後に。
「3:……ようやく見つけた」
https://ncode.syosetu.com/n8030ib/3/
こちらを読み直してみるのはいかがでしょうか~!?
熱い想いを封印し
淡々とパトリシアを追い込むアズレーク。
でも本心では……。
次回は王太子アルベルト視点の公開を考えています。
3月31日(金)のお昼頃に公開できるよう
頑張るつもりです。
ブックマーク登録がまだの方は
更新通知を拾うため、登録いかがでしょうか~
それではまたお会いしましょうヾ(≧▽≦)ノ



























































