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僕は悪い『ダンジョンマスター』じゃないよ

この章はアマタの話に戻る。




◇◆◇◆◇




それは二の鐘が鳴り終えた時『ソルトバレー』の南門付近――正確には今朝出現したダンジョンの上空に巨大な人の上半身が現れた。


魔道士のようにフード被り濃紺のコートローブを纏ってはいるが、開襟した部分は商人が着るようなシャツを覗かせている。


そして異様なのは顔である。

フルフェイスで穴だらけという、純白の異形の仮面を付けている――地球人から見れば映画やスポーツでお馴染みのホッケーマスクなのだが、この大陸にはそれを知るものはいない。

この仮面はアマタが『幻影の仮面』の機能で作った仮面である。



「初めまして『ソルトバレー』の諸君。

 私の名は『スーノ』、今朝街の南に出現したダンジョンのマスターをしている。


 まずは街の近くにダンジョンを出現させた事を詫びよう。

 事故であり、生憎と今から引っ越すこともできない。




 さて人類の敵たる『ダンジョンマスター』がこうして出てきたのには理由がある。

 私の願いは『共存』だ!

 まずはこれを見て欲しい」


見切れてる部分から右手を顔の位置まで上げる。

まず手のひらを見せ、そしてフードを外すと茶髪の長髪が現れた。

街では驚きの声が上がるが、テレビのように一方的な放送なのでアマタにはその様子は見えない。


「見てのとおり私は元人間だ。

 気を失って目覚めたときには『ダンジョンマスター』になっていた。

 そして商人だった頃の記憶も意識もハッキリしている。

 なので無用な殺戮を望まない。


 ‥‥私はダンジョンから出れない。

 しかし、もし殺戮を望むなら出現した夜のうちに化物を放つなり、入口から街に向けて魔法を撃ち込んだりと夜襲を仕掛けていたとは思わないか?」


しばらく間を取って、スーノことアマタは語り始めた。

「だからと言って、自殺するつもりも死ぬつもりもない。

 もし私を滅ぼそうと考えてダンジョンに乗り込んでくる者には、全力で抗わせてもらう。




 私が本物かどうか疑っているものが居ると思うが、今この街で私しか知りえないダンジョン内部の情報を話すことでそれを証明しよう。


 まずは今ダンジョンに進入しているのは17人。

 恐らくは領主が入口を封鎖して送り込んだ冒険者だろう。

 隊長はバンダナを付けた盗賊だな、よく指示を出している。


 それから地下一階に降りると通路は右に折れる。

 曲がり角の先の宝箱の中身は手紙とナイフが5本。


 その先は左に大部屋。

 大部屋の正面・左・右の壁際の床に転移陣が5つずつ。

 転移陣の色は正面が赤、左が緑、右が青。

 部屋の中央には黒の石碑、それには『ダンジョン出現から3日目、二の鐘からの説明会を待て』と書いてある。


 直進すると金属の扉に阻まれた行き止まり。


 ‥‥こんなところか、どうやら偵察隊は大広間の調査を終えて引き返すようだな。


 帰ってきたら報告を聞いて私の言うことが真実か確かめてくれ。




 話を戻そう、私もただで『共存』しようとは言わん。

 安価な食料の供給を約束しよう。

 もちろんここの農業で食ってる人を邪魔するつもりはない。

 畑とは被らない私の故郷、別の大陸の野菜に限定しよう。


 農園エリアの入場料さえ払えば持てるだけ採って持って帰っていい。

 ただし荷車の持ち込みは禁止だ。


 またこの辺では数年に一度飢饉があると言う、その時も食料の供給は続ける。

 ダンジョンの中に外の天候は関係ないからな。


 『荷車禁止』以外にもいくつかのの決まりごとがあるので『説明会』を開くと思ってくれ。

 実物を見て説明を聞いて食べて貰った方が解り易いからからな。




 『説明会』はあまり大勢に押しかけられても対応できないので、人員は制限させてもらう。

 まず『冒険者組合の職員』『商業ギルドの職員』『ソルトバレーの役人』から2名ずつまで。

二人のうち一人が『職員』『役人』と言う条件を満たすなら代理人を連れて来るのも構わん。

農園の物を味見してもらうので、毒見の者を1名ずつ着けるのも許そう。


 それとこの街にいくつかあるであろう、孤児院で世話役をしてる大人から1名ずつ。

 こちらは代理人は許されない、本当に代理人か確認する手段もないからな。

 『なぜ孤児院か?』と言えば私は孤児でな、食料とか困ってるなら便宜を計りたいからだ。


 一つ忘れていた、農園を2kmほど歩くので足腰が悪くないものが歩くのに適した服装来てくれ。

 文字の読み書きも出来ると看板や渡す資料も読めるから望ましい。



 もちろん強制ではない、情報や便宜が不要と言うなら来なくても構わない。

 ただし手を差し伸べるのは、今回一回限りと思ってくれ」

目の前にカンペがあるとはいえ、この口調は疲れるんだよなー。




「最後に領主殿。

 今日の五の鐘|(午後6時)、私の配下が使者として館にうかがう。

 こちらは強制だ、統治者として受けてもらう。


 農園の情報などを先に開示しよう。

 色々と聞きたいこともあるだろう?

 夕飯は食べずに毒見役を連れて待っていて欲しい。




 以上だ、朝から長々と騒がせて済まなかった」



そして巨大な幻影は掻き消えた。

後に混乱と喧騒を残して。




◇◆◇◆◇




「お疲れ様です、マスター。

 お上手でした。

 演劇でされていた、という情報は貰った記憶の中には無かったはずですが?」

ルプは壁に貼りまくったカンペを剥がし始めて言う。



「あれは殆どアニメのキャラの物まねだ。

 『幻影の仮面』で色々やって仮面を決めたあと、寝付けないんで練習してた。

 あの口調で話すのは慣れてないからすごく辛い」

すでに仮面は脱いでいる。



「『すごく辛い』?


 ルプは、マスターは人前で話すときは、ずっとあの口調で通すと思ってたのですが?

 違うのです?」



「ああーっ!!

 そこまで考えてなかった。

 そうなると『五の鐘からの領主との通信球での会談』『説明会』、それ以降もずっと偉そうにあの口調で人前に出なければならないのか?」



「そうなりますね。

 しかし何でホッケーマスクなんですか?」



「あれなら地球出身者が見れば一発で解るはずだ。

 そして異形だ。

 それに外出ができるようになったら、地球製ので対応できるからな」



「マスターの好みから、てっきり大佐とかゼ○とかサキ○ル辺りを予想してした」



「それも考えて付けては見たがしっくり来ない。

 『幻影の仮面』の機能で髪の毛も弄れるのにもったいないってのと、『黒髪』は目立つからな」


『幻影の仮面』は『DC-SHOP』の『ダンジョンマスター専用』にある魔道具だ。

元は半円状の覗き穴の開いた目元だけ隠す白い仮面。

装着者の仮面と髪の毛をある程度自由に見た目だけ変えられる。


ある程度とはあまり実体と異なるものは無理と言う意味だ。

だから巨大な被り物とか、髪の毛をゴ○さんとか、昇○ペ○サス盛りとかにはできない。

逆に減らすほうにはバーコードからスキンヘッドまでOKだ。

また顔を変える魔道具でないので、あくまで仮面と髪の毛しか変えることが出来ない。

鏡だけでなく映像系魔道具にも対応しているが、当然ダンジョン内でしか使えない。



「この島に黒髪はいませんからね。

 茶髪なら茶髪集めて全員チェックとか人数的に無理なので、うまく紛れると思いますよ」



「この後はまた領主と面会の原稿書いて、あとは料理か。

 街の偵察用のモンスターも考えて放たないと‥‥」



「街の距離なら安くて便利なのが居ますからやっておきましょうか?

 マスターの知識にはない魔物なので、一言で説明すると自立運転も出来る生体ドローンです。

 右のモニタ使ってないですよね?

 ここで召喚モンスターの視界に映る物をここに表示できます。

 防犯カメラみたいに分割もできますよ」



「任せた。

 あとは肉は‥‥生肉を買えばいいのか。

 森の付近は何が捕れるんだ?」



「やはりウサギが良く食べられますね。

 角がある奴とか大きい奴とか。

 少し奥にはイノシシとか鹿や熊もいますね」



「‥‥ウサギ肉を一口大に切って、塩だけと香草入れたので食べ比べてしてもらうか。

 あとは『袖の下』だな」



「ここの領主は酒好きらしいので、珍しい酒がいいですよ」



「普段酒飲まないから良し悪し解らないんだ。

 『ダンジョンマスター』になって毒物耐性も付いたらしくて、飲めるようになったものの今度は酔えないから何とも言えないな」



「『地球製』の有名所をラベル剥がして渡すとかどうでしょう?

 3000~5000円くらいで。

 キャップはロゴとか消されて矢印しか残りませんよ」



「いいのか最上級クラスのものでなくて」



「余力は残すものです。

 恐らく今後ここの王様にも送らなきゃならないでしょう。

 それに30年もののウィスキーとか10本買ったら、残ってるDPほとんど無くなりますよ」



「そんなにするのか?」

酒の値段とかは知ってるつもりだったが全然ダメだったらしい。



「ええ。

 元値が30万とか50万円ですから、その10倍分のDP消費となるとさすがに無理なのです」



「じゃあそれも任せていいか。

 あとルプは、魔法で冷水と氷は出せるか?」



「もちろん!」



「じゃあ安いウィスキーグラスとマドラーとかも買って、向こうで飲み方講座ちょっとやったほうがいいな。

 こっちの火酒ほどではないが、薄めず一気に飲んだらぶっ倒れちまう」




こうやってやること相談して決めて、話す内容を詰めてゆく。

現世のSE時代よりハードワークになってるのだが、不眠な『ダンジョンマスター』なのでそこは気にならない。

それよりとにかく楽しいのだ。

自分の命や趨勢がかかっているからか、ルプが傍に居るからなのか。

スーノと名乗ることにしたアマタにはまだわからない。


※街の南のダンジョンだから北|(North)を反対にした『スーノ』。地球人向けです。

 『ソルトバレー』と矛盾するようですが『塩谷』的な向こうの言葉を訳してるだけと思ってください。


同じように冒険者組合:略称『組合』、商業ギルド:略称『ギルド』も同じくニュアンス的な違いだと思ってください

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