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平穏と嵐の来訪

 

 健君が好き。


 どこが好き?と聞かれたら「心地いいから」これをまず答えるだろう。

 優しい所が好き、面倒見がいい所が好き、いっぱい食べる姿が好き、ゲームが得意な姿が好き。私を、“自分”が混ざってしまった篠原莉乃をまっすぐ見てくれる貴方が好き。


 今まで気付かなかった……目を逸らしていたこと、“自分”を思い出し私は今までの篠原莉乃とは変わってしまった。

 完全に思考が“自分”に切り替わった訳ではないけれど、生きていた17年とは全く違う数十年の経験を知識や思い出、経験として得た。今まではとは違う好きな物が増えた。

 そんな私を笑わないでくれた。……いや笑ったな、どっちのゲームを買うかで固まった時に10分くらい笑っていた。それでも、否定しないでくれた受け入れてくれた。だから私は臆せずに過ごせた。私でいられた。

 多分、それがきっかけ。うまく言葉にできないけど、ただ胸が心が温かい。とても、心地いい。




 ◆◆◆◆




 カチカチとボタンの音がする。小さな画面の向こうにで大きな剣と立派な鎧を纏った人が鋭く尖った2本の角が特徴的な獣と対峙している。相手はベヒーモスだろう。

 ボタンに合わせて画面の向こうで剣が振るわれ、ベヒーモスの攻撃は盾でふさがれ、大きな巨体に引けを取らない戦闘が繰り広げられる。


「…楽しい?莉乃先輩」


 手を止めることなく健君が少し首を傾げる。今私達は帰宅途中に、公園で健君のゲームを観戦中なのだ。


「楽しいよ、私こういうゲームは全然できないから見ていて楽しいよ」

「そっか」


 あ、健君少し恥ずかしそう。すぐ赤くなる所も好きだな。


「終わった」


 ゲーム画面を見るとベヒーモスは地面に倒れていた。


「ドロップは…」

「どうだった?」

「…微妙」

「あらー残念」


 ゲーム機の電源が落とされ仕舞われる。もう終わりなんだ、早いな。

 実際時間は結構経って、風が肌寒い。それでもあっという間に感じてしまい、名残惜しい。


「また、暇な時付き合ってくれる?」

「うん、勿論」


 小さな約束に満たされる。そのままゆっくりと歩き出す。


 並んだ影は、健君の方が大きかった。


 ただ嬉しくて、幸せで、私は忘れていた。あの噂の事を。この後のゲームでのストーリーを。





 ◆◆◆◆





「これでHRは終了だ。そして今日の日直は誰だー」


 今日の日直、私だ。


「はい」

「よし、篠原。これ職員室運ぶの手伝ってくれ」


 そう言って一条先生は教卓の上のプリントを叩く。HRで回収したプリント、計5種類。結構ありますよね、これ。文句を押し殺しつつ立ち上がり、プリントを持ち上げる。やっぱり重い。積もればなんとやらですね。


「先生、扉は開けてくださいね」

「おう、悪いな」


 そんな一条先生はB6サイズの大きな辞典を4冊持っている。男性の筋力羨ましいです。

 プリントを崩さないように注意して歩いていると背後から人が走ってくる音が聞こえる。


「ちょっと!!」


 高い声に体が震える。聞き覚えのある声。振り返るとそこには見覚えのある、違う制服をきた女の子がいた。

 意志の強そうな、少しキツイ眼差し。長い髪はハーフアップにされ、髪飾りにはアンティーク風のバレッタが飾られている。


「貴女が篠原莉乃!?」


 思考がぐるぐる回る。混乱する頭ではひたすら「なぜ」と繰り返し乾いた喉から声は出ずに、なんとか頭を縦に振る。


「ふん、そう。貴女がね」


 知っている、私は。彼女を。


「あたしは獅童かおり」


 これから続く言葉を。


「二階堂結城の婚約者ですの。貴女、もう結城に近づかないでちょうだい」



 彼女は、二階堂ルートのライバルだ。



暑くなってきましたが、作中の時期は10月頃という驚異のずれです。

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