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【項目1】勇者パン(他者視点の短い小話です)

他者視点の短い小話です。本編の数十年後の話。

 彼は言った。

 これはパン屋による、パン屋のための、パンの物語である、と。



 国はずれの小さな村。

 人口わずか数百人のその村は、かつて魔獣たちの襲撃により、甚大な被害をこうむった。

 苦境にあえぐ村人たちを救ったのは一人の勇者だった。

 どこからともなく現れた勇者は剣の一振りで魔獣を薙ぎ払い、空から雷を呼んであっという間に恐ろしい獣たちを一掃する。

 毎晩、母から読んでもらっていた絵本から現れたような勇者に、少年は憧れを抱いた。


 「腹が空いているのか? ならばこれを食べるがいい」


 勇者に渡されたパンの味はしょっぱくて青臭かったが、ほんのりと甘い味がした。


 「もっと食べたければ、早く一人前の大人になって王都のパン屋に来い。もしお前が店を見つけることが出たなら、好きなだけ食わせてやろう」


 ぽんぽんと頭を撫でる勇者の手は大きくて、背丈は空を仰ぐほどに大きい。

 去りゆく勇者の大きな背中を見送りながら、自分もいつかこんな男になるのだと、少年は心に誓ったのだった。

 それから20年余りの歳月が流れ、少年は青年になった。

 山を駆け、獣を狩り、仲間を守る。

 彼は幼いころに憧れた勇者のような人間になるべく、1日たりとて鍛練を欠かさなかった。

 憧れた勇者とは程遠い現状に、心がくじけそうになるたび、あの味を思い出して自らに喝を入れる日々。

 周りの友人たちが結婚し、新たな家族を得ていく中、彼は旅立ちを決意する。

 引き留める家族に彼はこういった。

 王都へ行って、国を守る兵士になるのだ、と。

 王都へ旅の途中で出会った商人は彼が幼いころに食べたパンについて、いくつか教えてくれた。


 「ああ、そいつは勇者パンだぁ。鏡の勇者ローシェルが愛妻から持たされてた弁当代わりさ。なんで、鏡の勇者かって? かの勇者はどこに行くのも折り畳み式の高価な鏡を持ち歩いたらしい。それで、鏡の勇者。戦場での鏡の使い道なんてわしにはわからんが、たいそう大事にしていたんだと」


 そういえば、勇者はやけに大きな鏡を背負っていた気がすると、青年は記憶を手繰り寄せる。

 鍛冶屋の二男坊が、あの鏡から女の人が出てきた! なんて騒いでいたが、他に見たものはおらず、すっかり忘れ去っていた記憶の一つだ。

 もしかしたら、あの鏡は何処かより人を呼び寄せる魔法の鏡なのかもしれない。などと、他愛無い話に花を咲かせているうちに幾度目かの夜が過ぎ、青年はなんなく王都へとたどり着いた。

 あっけない旅の終わりに幾分がっかりしつつ、商人に別れを告げると、青年は王都の街をしばし散策する。

 のんびりと歩いていると街の中心部、大きな噴水がある広場から少し外れた小道にある店が目に付いた。

 赤レンガ造りの小さなお店だったが、不思議と繁盛している。

 簡素な木の扉をくぐると、薄茶色の髪を一つにまとめた黄昏色の瞳の女性が元気よく声をかけてきた。


 「いらっしゃい! 勇者パンはいかが? 今なら焼き立てだよ」


 妙齢の婦人にしては溌剌とした印象で、青年も旅の疲れが和らぐようだった。

 差し出されたパンは青々と茂る若草の様な緑色。

 勇者パンだ。

 懐かしいそのパンに誘われるように手を伸ばす青年の横合いから待ったがかかる。


 「いや待て。よければ、こちらのパンも食してみてくれ」


 自分より頭二つは大きいであろう男性を見上げた青年の喉の奥から、ひゅっと空気の詰まる音がした。

 青年は2重の意味で驚愕していた。

 一つは、新たなパンを勧める男性があの日、村を救った勇者だったということ。

 もう一つは、勧められたパンが、とても食物とは思えない風合いの禍々しいオーラを放っているということ。


 「自信作だ」


 不敵な表情を浮かべる勇者様の迫力に押されてパンを食した青年は、一度咽た後、何とかそれを飲み下した。


 「どうだ。美味いだろう?」


 「いや、まずいです」


 「なっ……なんだと……!!」


 衝撃にくわっと目を見開く勇者。

 どうしてこれにそんな自信が持てるのか、青年には理解できなかった。

 勇者ではなく、魔王が作ったのではないかと言うくらい食べ物に対して冒涜的な味のパン。

 「約束通り、好きなだけ食わせてやろう」との、勇者様のありがたいお言葉は丁重に辞退させていただくことができなかった。

 青年は生涯あの味を忘れることはないだろう。

 塩気と薬草の風味がたまらない、郷愁そそる勇者パンと食したものの味覚を破壊する、禍々しき魔王パン。

 パンと言う食品の無限の可能性に魅せられて、青年はいつしかパン屋になっていた。

 自らパン屋としてパンの神秘を追求し、現存するありとあらゆるパンの記録を記した彼の書物。

 その始まりのページにはこう記されている。

 ――これはパン屋による、パン屋のための、パンの物語である、と。

拍手の小話にするつもりでしたが、少し長かったので、こちらに追加する形をとりました。

「3日で世界を救うには? ~パン屋は世界を救うのか~」はこれで終わりです。

ありがとうございました。

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