一
全三話完結です。
次話、本日中に投稿します。
この世界の人はみな、生まれるときに玉とともに生まれてくる。その玉は「いのちだま」。
まさに、その人の命そのものだ。
人は、生涯を通していのちだまを傍らに置いて生きる。
玉は、成長とともに姿を変える。
生まれたばかりの頃は、ただの透明な球体。だが、成長や体調、そしてその人の性質によって、少しずつ色や質感が変わっていく。
全盛期のアスリートの玉は、鋭く輝く銀色に。
強い感性を持つ芸術家の玉は、虹色に揺らぐ。
病を抱えれば黒く濁り、不摂生を重ねれば、ごわつき、鈍くくすむ。
やがて歳を重ね、身体の機能が衰えるにつれ、玉には細かなヒビが入り――そしてその人の命とともに、砕け散る。
それが、この世界の「死」だった。
ときおり、濁ったいのちだまと共に生まれてくる赤子がいる。
その瞬間、産院の空気は凍りつく。
母は声を失い、父は顔を伏せる。――この子の命は、長くない。誰もが、言葉にせずとも理解してしまうのだ。
いのちだまは、一人に一つ。
黒く染まった玉を持つ我が子と、まだ美しさを保つ自分の玉。
母は願う。
どうか、入れ替わってくれないか。この子に、自分の命を与えられないか。
だが、それは決して叶わない。
叶わない――はずだった。
***
いのちだまの盗難。その報せは、瞬く間に世間を震撼させた。
過去にも、噂程度にはあったのかもしれない。だが今回は違う。立て続けに、いのちだまが奪われている。玉と引き離された人間は、長く生きることができないというのに。
やがて、ひとつの噂が広まる。
――条件を満たせば、他人のいのちだまを自分のものにできる。
まことしやかに。しかし確かに、人々の間に広がっていった。
母は、我が子を強く抱きしめた。
「ママ? どうしたの?」
くすぐったそうに、けれど嬉しそうに、幼い息子が問いかける。母はただ首を振るだけで、何も言えない。戸惑った子どもは、小さな手で母の頭をぽんぽんと撫でた。
幼稚園で、複数の子どものいのちだまが盗まれた。
それは、この国で最も重い罪のひとつ。いのちだまと引き離されることは、すなわち――ゆるやかな、死。
目の前では、いつもと変わらぬ無邪気な遊び声が響いている。だが、その周囲で。
母は、父は、祖父母たちは、言葉を失って立ち尽くしていた。
***
「同じ年頃……体格も近いほうがいい」
「嗜好、性格、生活習慣……なるべく似ている個体が望ましい」
白衣の男が、低く呟く。
薄暗い部屋。むき出しの鉄板が、白い蛍光灯に照らされている。
男は、布に包まれた何かを取り出し、慎重に測定機へと載せた。半透明の、美しい球体。電極が当てられ、数値が表示される。
ピピッ、ピッ――
無機質な電子音だけが、空間に響いた。
背後には、ひとつのバスケット。
柔らかなタオル。ぬいぐるみや花、おもちゃに囲まれて、そこにあるのは――黒い玉。大切に、大切に包まれている。その場所だけが、奇妙に温かかった。
「――きた……きたきたきた!」
男が、歓喜に声を震わせた。
「タケル! やったぞ。適合率、99.8%だ!」
振り返る視線は、バスケットの向こう。カーテンが引かれる。その奥、薄闇の中で、人工呼吸器をつけた小さな男の子が眠っている。
男は、その枕元にそっと玉を置いた。
「これで……お前も元気になれる」
嗚咽が、こぼれる。
「いっぱい外で遊ぼうな。父さん、楽しみにしてるから」
眠る少年の横顔を照らすように、白い玉が静かに輝く。まるで、その未来を祝福するかのように。
ピシリ。
――バスケットの中で。
黒い玉が、静かに砕けた。




