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第36話 主導権

 甲殻喰らいが甲板に着地した。


 ドン、と船が沈む。


 巨大な四足。


 背には岩のような殻。


 鋭いあごが、ぎしりと鳴った。


 黄色い目が、エリオを捉える。


 よだれが甲板に落ちる。


 ベルクが言った。


「エリオ」


「あれと戦え」


「Eランク程度の魔獣だ」


(あれで……Eランク?)


 エリオは思わず一歩下がる。


 ベルクの声が飛ぶ。


「下がるな」


「逃げる奴に先はねえ」


 エリオは歯を食いしばる。


「……そうだな」


「ここで逃げたら」


「あの時と同じだ」


 エリオは蒼刃を構える。


 ――重い。


 刃が、わずかに前へ出ようとする。


 ベルクの声がよぎる。


「主導権を渡すな」


 甲殻喰らいが吠えた。


 前足が振り上がる。


 丸太のような腕。


 振り下ろされる。


 エリオは斬り込む。


 だが。


 刃が、わずかに遅れた。


 ガンッ!


 蒼刃が弾かれる。


 次の瞬間。


 前足が横から薙いだ。


 ドン!


 甲板が砕ける。


 エリオの体が吹き飛ぶ。


 背中から叩きつけられる。


 息が抜けた。


 肺が動かない。


 蒼刃が手から滑る。


 甲殻喰らいが迫る。


 巨大な顎が開く。


 涎が落ちる。


 エリオは動けない。


 巨大な顎が迫る。


 一瞬。


 世界が静かになった。


 リュカの声が裂けた。


「ベルク助けてよ!」


 ベルクは動かない。


「ダメだ」


 ベルクはエリオを見る。


「まだ立てる」


 甲殻喰らいが迫る。


 選ばれなかった。


 だから、終われない。


 腕が震える。


 蒼刃が重い。


 呼吸が荒い。


 甲殻喰らいがまた前足を上げる。


 ――来る。


 振る。


 遅い。


 また弾かれる。


 甲板を転がる。


 歯を食いしばる。


「エリオ!」


 リュカの声。


 隣のリリアの腕を掴む。


「リリア、助けてあげて!」


 リリアが静かに言う。


「この世界は広いわ」


「自分で考えなければ、生き残れない」


 甲殻喰らいが迫る。


 影が覆う。


 エリオは立ち上がる。


 胸が焼ける。


 悔しさが込み上げる。


 あの日。


 竜守り人に選ばれなかった日。


 笑っていた仲間。


 自分だけ残された。


 拳を握る。


「……俺は」


 蒼刃を握り直す。


「絶対、負けない」


 甲殻喰らいが前足を振り上げた。


 巨大な影。


 振り下ろされる。


 その瞬間。


 エリオの目が止まる。


 前足。


 振り下ろす直前。


 ベルクの声がよぎる。


「剣が動く前に、お前が動け」


 ほんの一瞬。


 止まる。


 ――遅い。


 気づく。


 違う。


 剣を早く振るんじゃない。


 相手より先に動く。


 踏み込む。


 蒼刃はまだ重い。


 だが。


 体が先に動く。


 剣が動く前に、

 エリオが動いた。


 その瞬間。


 蒼刃が、わずかに鳴った。


 刃が、あとから追いつく。


 蒼い軌跡。


 甲殻喰らいの前足。


 関節。


 そこに一閃。


 ザンッ。


 黒い血が弾ける。


 甲殻喰らいが咆哮した。


 体が崩れる。


 バランスを失う。


 巨体が傾く。


 エリオはもう一歩踏み込む。


 蒼刃を振り抜く。


 首の下。


 柔らかい部分。


 刃が通る。


 一瞬。


 世界が止まった。


 次の瞬間。


 巨体が甲板に崩れ落ちた。


 ドォン!!


 船が大きく揺れる。

 

 波が跳ねる。


 甲殻喰らいは動かない。


 沈黙。


 エリオの肩が上下する。


 荒い呼吸。


 蒼刃を見る。


 さっきより。


 ほんの少し。


 軽い。


 刃が、かすかに鳴った気がした。


 ベルクが歩いてくる。


「今のだ」


 木剣を肩に担ぐ。


「それが主導権だ」


「剣はな」


「振らされる奴は弱い」


「振る奴が、生き残る」


 エリオは息を吐く。


 手の震えが、ようやく止まった。



 夜。


 甲板の中央に鍋が置かれていた。


 船員たちが笑いながらよそっている。


「甲殻喰らい鍋だ!遠慮するな!」


 湯気が立ち上る。


 ルルカが一口食べる。


「これ美味しいわ」


 プルが舌を出す。


「昔、母ちゃんが素手で倒したカニに似てる」


 全員が止まる。


「お前の母ちゃん何者だよ」


 笑いが起きた。


 エリオは包帯だらけだった。


 腕、肩、背中。


 戦いの傷が残っている。


 隣のリュカが覗き込む。


「大丈夫?痛くない?」


「なんとかね」


 ルルカが言う。


「回復魔法かけてあげるのに」


 エリオは首を振る。


「いいんだ」


「今回、自分でちゃんと立ち向かえたの初めてだから」


 ベルクが鍋をつつく。


「まだまだだが」


「筋は悪くない」


 エリオを見る。


「鍛錬を積めば、もっと強くなる」


 エリオが聞く。


「ベルクなら、どれくらいで倒せる?」


 ベルクはあっさり言う。


「一振りだな」


 ルルカも肩をすくめる。


「私も初級魔法でいけそう」


(2人ともヤバい)


 ベルクは愛刀《刹那丸》に触れる。


 柄に付いた小さなマスコット


 “キラるん”。


 無意識にそれを撫でた。


「明日から」


 ベルクが言う。


「修行のレベルを上げる」


 口元がわずかに笑った。



 就寝時間。


 エリオは寝返りを打つ。


「いてぇ……」


 痛くて眠れない。


 トントン。


 扉を開ける。


 船室の中。


 リュカはベッドで、すやすや眠っていた。


「……エリオ……」


 小さな寝言。


 隣では、ルルカが本を読んでいる。


 顔を上げた。


「どうしたの?」


「夜這い?」


「違うよ!」


「痛くて寝れないんだ」


 ルルカはため息をつく。


「仕方ないわね」


 手をかざす。


 緑の光が集まる。


 柔らかな光がエリオを包む。


 痛みが消えた。


「痛くない」


「当たり前よ」


 ルルカは言う。


「これくらいできないと」


「みんな守れないわ」


 エリオが聞く。


「回復魔法って覚えられる?」


 ルルカは首を振る。


「無理ね」


「武と対極の力だから」


「魔女やエルフは魔法に長けてるから両立できるだけ」


「攻撃魔法なら話は別よ」


 ベッドの中。


 リュカは寝ているふりをして

 会話を聞いていた。


(わたしも……)


(エリオの役に立ちたい)


(回復魔法、覚えたい)


 リュカは静かに目を閉じた。


 小さな決意が


 胸の奥で芽生えていた。

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