第23話 風の街の日常
風の街は、今日も騒がしかった。
布が揺れ、看板が鳴り、通りのあちこちで声が弾む。
昨日までの緊張が嘘みたいに、街はいつも通りの顔をしている。
エリオは一人、通りを歩いていた。
特に目的はない。
ただ、考え事をしたくなくて、足を動かしていただけだった。
ふと、前方が騒がしい。
出店が出ていた。
その前に、子供たちが集まっている。
目は、ギラギラしていた。
獲物を狙うみたいな目だ。
(……あれは)
吊るされている小さなストラップを見て、エリオは足を止めた。
(ベルクさんの剣についてたマスコットキャラクターだ)
店主が、やけに楽しそうに声を張り上げる。
「じゃんけんに勝った人に、この《キラキラポンの妖精・キラるん》のストラップをあげるよ!」
「しかも、限定バージョンだ!」
「うわ、マジで!?」
「アニメの限定シーンのやつだ!」
子供たちの歓声が上がる。
(……なぜ、ベルクさんが)
(キラるんのストラップを付けているんだろう……?)
そんなことを考えながら歩いていると――
「――ねえ、少年」
背後から、声がした。
振り返ると、そこにいたのは――
フードを深く被った、怪しげな女だった。
年齢不詳。
声は妙に楽しげで、目だけがやけに鋭い。
「疲れてるでしょ?」
「いい薬、あるわよ」
「……結構です」
即答だった。
「まあまあ」
「未来が“ちょっとだけ”見える薬なんだけど」
「いりません」
エリオは歩き出そうとした。
――が。
「副作用は、ほんの少しだけよ」
その一言に、なぜか足が止まった。
⸻
宿に戻ったエリオは、ベッドに倒れ込んだ。
「……変な味だったな」
口に残るのは、甘いような、苦いような、よく分からない感覚。
天井を見つめていると、視界が――
ふっと、暗転した。
⸻
次に見えたのは、テーブルだった。
その上に並ぶ、山盛りのスイーツ。
「……?」
誰かがフォークを動かす。
「うーん……やっぱり糖分は正義ね」
ルルカだった。
楽しそうにケーキを食べながら、ちらりと鏡を見る。
「……」
じっと自分の姿を確認し、背伸び。
もう一度、背伸び。
「……うん」
「今日はちょっと高く見える気がする」
満足そうに頷いた瞬間、視界が揺れた。
⸻
次に映ったのは、薄暗い部屋。
ベルクが、黙々と刀を磨いている。
愛刀――刹那丸。
柄に揺れる、小さな妖精マスコット“キラるん”。
「……今日もいいな」
誰に向けたともなく、キラるんを見てぽつりと呟く。
返事はない。
それでも、ベルクは満足そうだった。
「……また、危ない場所になるな」
少しだけ、指先が止まり――
マスコットを、そっと整えた。
「……行こうか」
それだけ言って、再び刀に向き直る。
⸻
次の場面。
ガルドが、本を読んでいた。
分厚い本。
表紙には、こう書かれている。
――『罪と懺悔』
「……」
真剣な表情で、ページをめくる。
眉間に、深いしわ。
「……反省は、行動で示すものだ」
誰も聞いていないのに、真面目に呟いた。
その瞬間――
⸻
湯気。
白い湯気。
「……え?」
視界の先に、受付嬢のローラがいた。
髪をまとめ、服を脱ぎかけ――
「ちょっ——」
エリオは反射的に目を閉じた。
視界が、即座に切り替わる。
⸻
最後に見えたのは、宿の一角。
リュカが、そこに立っていた。
誰かを探すように、視線をさまよわせている。
ガルドの方向を見て、口を開きかけて――やめる。
次に、エリオの部屋の方向を見る。
少しだけ、迷って。
それでも、小さく一歩踏み出した。
――その瞬間。
⸻
「……っ!」
エリオは、跳ね起きた。
頭が、がんがんする。
「……なんだ、今の」
ベッドの横には、見覚えのない小瓶。
中身は、もう空だった。
窓の外を見るが、怪しげな魔女の姿はない。
ただ、いつも通りの風の街が広がっている。
エリオは、深く息を吐いた。
「……二度と、ああいう薬は飲まない」
そう心に決めた、そのとき。
廊下の向こうで、リュカの声がした。
「あ、あの……」
エリオは、少しだけ驚いてから、立ち上がる。
「……どうした?」
リュカは、視線を泳がせながら――
小さく、笑った。
「……お話、してもいい?」
風が、窓を揺らした。
街は、今日も変わらず騒がしい。
けれどその中で、
少しだけ、何かが動き始めている気がした。




