第20話 厄災は、形を変える
湖が、揺れた。
波紋ではない。
水面そのものが、歪む。
「……来るわ」
ルルカの声が、低く落ちる。
直後だった。
水が、跳ね上がった。
――いや、違う。
“水の形をした何か”が、這い上がってくる。
「チッ……!」
ベルクが前に出る。
「前、突破するぞ!」
剣が振るわれ、水が裂ける。
だが、裂けたはずの水は、すぐに形を取り戻した。
「再生してやがる……!」
「湖に“憑いてる”わね」
ルルカが即座に結界を展開する。
淡い光が、背後を覆う。
「後ろは私が抑える!」
「長くは持たないわよ!」
エリオは、迷わずリュカの前に立った。
震えている。
けれど、足は動いていない。
「……大丈夫」
言葉は短く、それだけ。
リュカは、唇を噛みしめたまま、頷いた。
次の瞬間。
影が、走った。
水と影が混じった塊が、結界の隙間を縫うように――
一直線に、リュカへ向かう。
「――リュカ!」
エリオが動くより早く。
ガルドが、踏み込んでいた。
考えはない。
叫びもない。
ただ――
身体が、前に出た。
「ッ……!」
剣が、影を叩き潰す。
水が弾け、地面に散る。
一瞬の静寂。
リュカが、目を見開いた。
「……なんで!?」
震えた声。
「なんで、助けたの……!?」
ガルドは、肩で息をしながら、視線を逸らした。
「……知らねえ」
吐き捨てるように。
「身体が、勝手に動いただけだ」
それだけ言って、前を向く。
「次、来るぞ」
「置いてかれたくなきゃ、離れるな」
リュカは、何も言えなかった。
ただ――
その背中を、見つめていた。
「今よ!」
ルルカの声。
「ベルク、突破!」
「任せろ!」
ベルクが前線を切り開く。
エリオはリュカを守りながら、その後に続く。
湖が、再びうねる。
だが――
完全には、追ってこない。
結界の光が、わずかに強まる。
「……逃げ切れる」
ルルカが呟く。
「でも、覚えておきなさい」
誰に向けたともなく。
「“厄災”は、消えてない」
「形を変えただけよ」
出口が、見えた。
最後に、ガルドが振り返る。
湖は、再び静まり返っている。
何もなかったように。
――それが、一番気味が悪かった。
「……もう」
小さく、誰にも聞こえない声。
「やめてくれよ……」
その言葉は、怒りでも命令でもない。
ただの――
懇願だった。
⸻
地上に出た瞬間。
全員が、息を吐いた。
誰も死んでいない。
だが――
全員、理解していた。
今回のダンジョンは、
“試し”では終わらない。
エリオは、リュカの隣に立つ。
ガルドは、少し離れた場所で、黙って剣を拭っていた。
まるで、さっきの出来事を削ぎ落とすように。
誰も、何も言わない。
けれど――
歯車は、確実に動き始めていた。
止められたもの。
止めきれなかったもの。
そして――
次に来る“本物”。
それを、まだ誰も口にしなかっただけだ。




