第21話 厄災という名の影
ギルド長の部屋は、相変わらず質素だった。
大きな机。
積まれた書類。
窓から差し込む、午後の光。
だが――
部屋の空気は、いつもより重い。
ガルドは、立ったまま机を睨んでいた。
拳を握りしめ、
噛み締めるように、言葉を吐き出す。
「……なあ」
低い声。
「あれは、何なんだよ」
視線を上げる。
「教えてくれ」
「もう……分からねぇままにするのは嫌だ」
沈黙が落ちた。
ギルド長は、すぐには答えない。
代わりに、ルルカへ視線を向けた。
「……説明できるか」
「ええ」
ルルカは、小さく頷いた。
「ただし」
「“全部”じゃないわ」
一歩、前に出る。
「私たちは、あれを――
厄災と呼んでいる」
ガルドの眉が、僅かに動く。
「アーティファクトの一種……ではあるけど」
「正確には、違う」
言葉を選びながら、続ける。
「完成しなかったもの」
「役割を与えられなかったもの」
「……あるいは、役割を拒まれたもの」
誰も、口を挟まない。
「意志があるとも言えないし」
「ただの現象とも言い切れない」
「でも、確かなのは――」
「周囲を歪める、ということ」
ルルカの視線が、ガルドに向いた。
「あなたが見た湖の異変」
「仲間を失った、あの出来事」
「原因は――」
一拍。
「リュカじゃない」
ガルドの肩が、僅かに揺れた。
「……つまり」
声が、掠れる。
「俺は」
「全部……勘違いしてたってことか」
拳が、ゆっくりと解ける。
「とんだ……大馬鹿もんだな」
自嘲気味に、笑う。
「今さら、謝ったって」
「許してもらえるとは、思ってねぇ」
そのとき。
小さな声が、落ちた。
「……大丈夫」
誰もが、そちらを見る。
リュカだった。
俯いたまま。
けれど、逃げてはいない。
「……わたし」
「全部、分からなかっただけ」
それだけ言って、口を閉じる。
ベルクが、腕を組んだまま言った。
「誰だって、勘違いはする」
淡々と。
「問題は、そのあとだ」
「どう受け止めて、どう進むか」
ガルドは、ゆっくりと息を吐く。
「ああ……」
「分かってる」
ギルド長が、短く頷いた。
「とりあえず」
「前は向けたな」
場の空気が、少しだけ緩む。
「まずは――」
視線を、エリオとリュカへ向ける。
「お前たちのことだ」
「そのあとで、今回の厄災について話そう」
一拍。
「お前たちが潜ったダンジョンは」
「ギルド指定の管理対象に認定する」
書類を一枚、机に置く。
「まずは、ベテラン中心で調査隊を編成する」
「ベルク、ルルカ」
「今回の件に関わった以上、参加してもらう」
「了解」
「ええ、仕方ないわね」
ギルド長は、最後にエリオを見た。
「エリオ」
「お前については――」
言葉を切る。
「2人の意見を聞いた上で」
「調査に参加させるか、判断する」
即答は、ない。
保留。
それが、今の評価だった。
エリオは、何も言わずに頷いた。
十分だった。
部屋を出るとき、
リュカは一度だけ、ガルドを振り返る。
ガルドは、何も言わなかった。
ただ、
深く、頭を下げた。
風が、廊下を抜けていく。
厄災は、まだ終わっていない。
けれど――
誤解は、一つ解けた。
歯車は、まだ完全には噛み合っていない。
それでも。
確かに、前へ進み始めていた。




