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第19話 湖の前で止まる

 焚き火の残り火が、ぱちりと音を立てた。


 結界の内側。

 リュカは浅い呼吸を繰り返しながら、地面に横たわっている。


 眠っている――というより、

 意識が深く沈んでいる、という表現の方が近い。


 エリオは、その隣に腰を下ろしたまま動かなかった。


 触れない。

 声もかけない。


 ただ、そこにいる。


 それだけで、空気がわずかに落ち着いているように感じられた。


「……起きるわよ」


 ルルカが、淡々と告げる。


 火を足すこともなく、ただ焚き火を見つめたまま。


「起こす必要があるもの」

「次に進むなら、なおさらね」


 ガルドが壁にもたれたまま、舌打ちを落とす。


「まだやる気かよ」


「ええ」


 即答だった。


「今日で終わりにするわ」

「ただし――もう一つだけ」


 ベルクが腕を組む。


「……成果確認、か」


「そう」


 ルルカはエリオを見る。


「初級(F級)は噛み合った」

「でも、それだけじゃ足りない」


 一拍。


「等級が上がったとき、何が起きるか」

「それを見ないと、この子の“例外”は測れない」


 ガルドが鼻で笑った。


「例外、ね」

「……もういいだろ」


 吐き捨てるような声。


「こいつは耐えられねぇ」

「一回ハジかれたやつはな、そう簡単に変われねぇんだよ」


 エリオは何も言わず、ただ姿勢を正した。


 ベルクが低く言う。


「ガルド」

「決めるのは、お前じゃない」


「……チッ」


 ガルドは視線を逸らす。


 しばらくして――

 リュカが、ゆっくりと目を開けた。


 瞳は揺れている。

 怯えと疲労が、そのまま残っている。


「……また、やるの?」


 小さな声。


「無理なら、帰る」


 ベルクの声は、迷いがなかった。


 ガルドが吐き捨てる。


「帰るよな?」

「お前は、そういうやつだろ」


 空気が一瞬、張りつめた。


 リュカは俯き、唇を噛む。

 それでも――


 震えながら、息を吸った。


「……わたし」

「や、やりたい……」


 声が途切れそうになりながらも、最後まで出す。


「……やりたい」


 ルルカが、静かに頷いた。


「よく言ったわ」


 甘さのない、しかし否定しない声。


「じゃあ、今日で終わり」

「“もう一つ”だけね」


 エリオは、リュカの横に立つ。


「……一緒に行こう」


 リュカは見上げない。

 けれど、足は引かなかった。



 結界を解き、再びダンジョンを進む。


 通路は次第に広くなり、空気が冷えていく。


「……水の匂いだ」


 エリオが呟いた瞬間、

 ガルドの足が、わずかに止まった。


 すぐに歩き出したが、その背中は固い。


 角を曲がる。


 視界が開けた。


 湖だった。


 ダンジョンの内部とは思えないほど、静かな水面。

 光を反射せず、ただ暗く沈んでいる。


「……ダンジョンに湖とか、珍しいわね」


 ルルカが淡々と言う。


 ベルクが周囲を確認する。


「足場は安定している」

「だが、水際には近づくな」


「当然」


 ルルカは湖畔の少し高い場所を指した。


 そこに立つ一本の木。


 枝は金属質。

 葉は薄い石のようで――

 赤と橙の混ざった実が、いくつもなっている。


「回復用に使われるD級アーティファクト」

「仮称だけど……“リンゴミカン”って呼ばれてるわ」


 ベルクが即座に言う。


「名前、どうにかならねぇのかよ」

「誰も考えなかったのか」


「みんな面倒だったのよ」


 ルルカはあっさり返す。


「まずは安全確認」


 ベルクが前に出る。


「俺が行く」


 実を一つもぎ取り、かじる。


 淡い光が体を包み、呼吸が整った。


「回復、確認」


 ルルカが頷く。


「次。近づくだけでいいわ」


 リュカが一歩、前に出る。


 木が、きしりと音を立てた。


 枝が揺れ、光が乱れる。


 リュカが呻く。


「……うぅ……」


「エリオ、横へ」


 ルルカの指示。


 エリオが隣に立つと、

 一瞬だけ、木の揺れが弱まる。


「……なるほど」


 ベルクが呟いた。


 だが――


 次の瞬間、再び暴れ出す。


 枝が岩肌を叩き、金属音が響く。


「ダメね」


 ルルカは即断した。


「等級が上がると、噛み合いが続かない」


 記録を取りながら、言い切る。


「二人とも、離れて」


 離れると、木は嘘のように静まった。


 湖面は、変わらず静かだ。


「……撤退だ」


 ベルクが言った。


 ルルカも、すぐに頷く。


「成果は取れたわ」

「今日は、帰りましょう」


 異論は出なかった。


 隊は、静かに動き出す。


 リュカは俯いたまま、エリオの隣を歩く。

 その歩幅は小さいが、止まらない。


 ガルドは、最後尾に残った。


 湖を、見ている。


 何も起きていない。

 波紋もない。


 静かで。

 動かず。

 ただ、そこにあるだけだ。


 ――なのに。


 指先が、震えた。


 呼吸が、浅くなる。


「……」


 喉が、かすかに鳴る。


「……何で」


 誰に向けた言葉でもなく。


「何で、それが……そこにあるんだ……」


 拳が、強く握られる。


 視線は、湖から離れない。


「……もう」

「やめてくれ……」


その声は、怒りでも命令でもなかった。


――懇願だった。


「ガルド」

「どうした⁉︎」


 少し前を歩くベルクの声が、張り詰める。


 ガルドは、答えなかった。


 ゆっくりと視線を切り、

 一度だけ――

 湖に背を向ける。


 その瞬間。


「……マズいわね」


 ルルカが、低く呟いた。


 理由は、言わない。


 湖は、何も語らない。


 沈黙したまま、

 すべてを隠しているようだった。


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