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第18話 応えるもの

 焚き火の火が、小さく揺れていた。


 結界の内側。

 リュカは横になり、浅い呼吸を繰り返している。


 眠っているというより――

 意識を落として、身を守っているようだった。


「……しばらくは大丈夫ね」


 ルルカが、静かに言った。


「暴走は起きてない。

 でも、“止まっている”だけ」


 エリオは、黙って頷いた。


 分からない。

 けれど――

 何かが噛み合いかけている感覚だけは、残っている。


「じゃあ」


 ルルカは、ローブの袖から小さな金属製のスプーンを取り出した。


 どこにでもありそうな。

 光沢も鈍く、装飾もない。


「……それは?」


 ガルドが、眉をひそめる。


「F級アーティファクト。

 通称、“便利スプーン”」


「おいおい」


 ガルドが呆れたように言う。


「ダンジョンにたまに落ちてるやつだろ」

「持ち主の元に飯を運ぶだけの、雑魚だ」


「そう」


 ルルカは、あっさり頷いた。


「だから、ちょうどいいの」


 ベルクが、腕を組む。


「……何を試す気だ」


「簡単な実証よ」


 ルルカはスプーンを地面に置いた。


「誰の物にもなってない状態」

「機能も単純」


 一拍。


「今のリュカなら、

 反応が一番“分かりやすく”出る」


 ルルカが、軽く指を鳴らす。


 ――カチリ。


 便利スプーンが、かすかに震えた。


 だが、動きは鈍い。

 空中でふらつき、すぐに力を失う。


「……通常だな」


 ベルクが言う。


「次」


 ルルカは、視線をリュカへ向けた。


 眠ったままの彼女に、少しだけ近づける。


 その瞬間。


 ――ギィン。


 スプーンが、急に甲高い音を立てた。


 軌道が乱れ、無意味に回転し始める。

 光が不規則に明滅する。


「……やっぱりな」


 ガルドが低く呟く。


「暴走……」


「違うわ」


 ルルカは、即座に否定した。


「“過剰反応”よ」


 次の瞬間。


「……っ」


 リュカの眉が、苦しそうに歪んだ。


 空気が、ざわつく。


「エリオ」


 ルルカが、短く呼ぶ。


 エリオは、迷わず前に出た。


 スプーンの近くに立つ。

 触れない。

 ただ――そこにいる。


 すると。


 スプーンの動きが、ぴたりと止まった。


 光が、一定になる。

 回転が、意味を持った軌道に変わる。


 ゆっくりと宙に浮き、

 焚き火のそばに置かれた乾パンの袋へ向かい――


 ぽとり。


 中身を一つ、エリオの前に落とした。


 静寂。


 誰も、すぐには声を出せなかった。


「……は?」


 ガルドが、間の抜けた声を出す。


「戻って……る?」


「“本来の機能”ね」


 ルルカが、静かに言った。


 驚きはない。

 ただ、目を伏せたまま、考え込んでいる。


「止めてる、って感じじゃない」


 一拍。


「噛み合ってない歯車が――」

「一瞬、合っただけ」


 ベルクが、エリオを見る。


「……お前」

「何をした」


「……何も」


 エリオは、正直に答えた。


「触ってもないし」

「命令もしてない」


 事実だった。


 ルルカは、小さく息を吐く。


「だから厄介なの」


 肩をすくめる。


「エリオ単体でも変わらない」

「リュカ単体でも、止まらない」


 一拍。


「でも、同時にいると」

「アーティファクトが“素直”になる」


 ベルクが、歯噛みする。


「……そんなの」

「聞いたことねえ」


「でしょうね」


 ルルカは、笑わなかった。


「再現性は、まだ分からない」

「条件も、不明確」


 便利スプーンが、静かに地面へ降りる。


 もう、何も起きない。


 リュカの呼吸も、少しだけ落ち着いていた。


 エリオは、無意識に彼女の隣へ戻った。


 触れない。

 支えない。


 ただ――

 そこに立つ。


 それだけで、十分だと。

 今は、そう感じていた。


 ルルカが、小さく呟く。


「……竜に選ばれなかった、じゃないわね」


 誰に向けた言葉でもない。


「選べなかった」

「選ぶには――

 大きすぎた」


 焚き火が、ぱちりと音を立てた。


 ダンジョンの奥で、

 何かが、静かに――

 こちらを“見ている”気配がした。


 それが、竜なのか。

 アーティファクトなのか。


 あるいは――

 まだ名のない“王”なのか。


 エリオは、知らない。


 けれど。


 確かなことが、一つだけあった。


 この距離で。

 この並びで。


 世界は、ほんの一瞬――

 正しい形に戻ったのだ。


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