2、砂漠の夢
2、砂漠の夢
そこは一面流動する砂で覆われた砂漠だった。砂という時間の粒子が積もってできた砂漠は、見渡す限り乾燥と不毛の茫漠たる世界だった。「アラビアのロレンス」の舞台のようだと、未知は思った。
時間の神クロノスを追いかけて、砂時計の砂が空想の赴くままに迸って流れ着いたのが、この砂漠だった。灼熱の太陽と乾いた砂が風景から余計なものを奪い去った砂漠こそは、クロノスがふっと吐息を吐くように影を落とすのに最適な場所と思えた。灼熱の昼とは打って変わって、熱を蓄える術をもたず肌寒いほど冷える砂漠の夜は、煌々とした月明かりが、ただでさえ幻を生み出しやすい砂漠を幻影で満たす。
テントの外に出てみれば、夜いっぱいに広がった静寂の中に、幻燈で映し出されたような幻が浮かんでいる。童謡に歌われているように金と銀の鞍を置いたラクダに乗った王子と姫が、月への旅路を描きながら、粛々と虚空を行く。
足音も立てず忍び寄るように近づく人影があった。ターバンを頭に巻き付けたその人影は、夜目にも砂漠の民とわかるような、砂漠と同化した雰囲気だった。未知は身を固くし、その人物のほうを向いた。すると砂漠の民は立ち止まって軽くうなずき、天空を指さした。その指先は、未知が見た幻のラクダに乗った王子と姫のあたりをピタリと射止め、あたかもその幻を共有しているかのようだった。
砂漠の民は同調のしるしとして念を押すように、またターバンに覆われた頭で頷き、天空に向けた指先を滑らせた。すると満天の星がその指先に指揮されて、それぞれの比類ない輝きを交響曲へと昇華させていくのだった。
未知は息を吞んだ。
一瞬、「朝陽の国」の旅芸人の一座のショーのなかで、ルシアンが黄金色に輝く人差し指を立てると、壮大なオーケストラの演奏が朝陽の主題を取り巻きながら響いてきたことを思い出した。
しかし今、宇宙を舞台に繰り広げられた共鳴する星々の幻は、未知の想像力を超えて、砂漠と星空と砂漠の民が三位一体となって作り出したものだった。星々の音楽はラクダに乗って旅する王子と姫を称え、祝福するように鳴り響いた。
さらに未知を驚かせたことに、砂漠の民が星々を指揮する指先をいったん休止するように下におろし、再び天空に向けて上げた時、隊商の一隊がどこからともなく現れて、王子と姫に付き従うように後に続いていった。月に吸い込まれるように王子と姫を乗せたラクダと隊商の一隊が遠ざかって見えなくなると、リムスキー・コルサコフの「シェラザード」に似た星々の曲もフェイドアウトし、砂漠の民は演奏を終えた指揮者のようにお辞儀をした。
砂漠の民は自らのテントに帰っていくのかその場から立ち去っていき、彼自身幻の一部であったかのように未知の視界からふっと掻き消えた。
その夜、砂漠のテントの中で未知は夢を見た。
星空の夢の領域に彗星のように青い尾を引いて浮かび上がったのは、星々の伝説から生まれたような美少年の姿だった。それは未知が空想の中で創造したルシアンと重なり合った。
と、地上の暗闇の中で黒い影がうごめき、素早い動作で矢をつがえて、星空に放った。矢は空全体を稲妻のように発光させ、空に浮かび上がった美少年の姿を正確に射止めて、粉砕した。美少年の姿は花火のように華やかに輝きながら、粉々になって地上に落ちていった。
かと思うと、今度は夜空に絵画のような豊かな金髪の美少女が描き出された。美少年の後を追いかけその空白を悲しみで埋めようとするように、美少女はその美しさを星々と同調させ、眩い光を放った。しかし闇の射手はその美少女をも冷酷に容赦なく撃ち落とした。
美少女の姿は壮麗な神殿が崩れ落ちるように崩壊した。
続いて真紅のバラ。バラの女王、ダマスクローズが闇を屈服させる情熱的な炎のように浮かび上がったが、それもまたはかない一場の夢のように、射手の矢によって消え失せていった。
星空が幻の力を総動員して次に描き出したのは、キラキラ光るクリスタルの建物がそびえる都だった。それは月の砂漠の王子と姫が帰っていった都であるのだろうか。贅をつくしたその建物は、栄華の極みを思わせた。しかしその都も蜃気楼のように一瞬にして矢に射られて消え去った。
どんなに立派な美の賜物といえど、黒い影が放つ冷酷無比な矢には太刀打ちできなかった。
星空は深い溜息で満たされ、それはやがて不満にあふれたざわめきになっていった。未知はそのざわめきが明瞭な言葉になるより前に、美少年や美少女、バラやクリスタルの都の幻影を崩壊させた射手の正体に思い当たった。
星空に響き渡る混沌としたざわめきは、次第に波長が合っていくように言葉の輪郭を明らかにした。
「クロノスの仕業だ」
「クロノスの仕打ちを許すな」
「クロノスを追え!」




