第九十八話 王女の行方
「おう、やっと来たんかい」
ゼンカイとミャウが二人、ギルドに入ると、中ではプルームがお茶を飲みながら待っていた。彼の正面にはヨイの姿もあり、ちょこんと可愛らしくお辞儀をしてくる。
「おお、すまんのう、変な将軍とかいうのがやかましくてのう。時間を食うてしもったわい」
「変な将軍って……あんた変なとこで度胸があるね」
アネゴが言うと、まぁのう、とゼンカイが得意がる。
それを呆れた目でみやり、アネゴは嘆息をついた。
「というか、ゼンカイ様随分と仲がよさそうで……」
カウンターの横に立っていたミルクが、ゼンカイと、その手に握られたミャウの姿をみやり、少し引きつった笑顔で述べる。
「え? あ、いやこれは違うわよ。何いってんのよ。ほら、お爺ちゃん。もういいでしょ? 放して」
少しだけ頬が赤いが、ミャウはゼンカイにそう言ってその手を引いた。
「なんじゃ。別にいいじゃないかい。ミャウちゃんが折角わしに心を開いてくれたというのに」
「な、な――」
「ち、違うわよミルク! て、何言ってんのよ! もう! お爺ちゃんも誤解を招くような事言わないで!」
ミャウが声を上げると、ゼンカイが嬉しそうに笑い、そしてその手を放した。
「うむ。いつもどおりのミャウちゃんじゃな」
するとミルクも、目をまん丸にさせてからミャウをみやる。
「な、何よ」
「……うん。まぁそうだね。やっぱこの方が調子出るわ」
そう言ってニカッと笑った。
「……全く。まぁでも、ありがとう」
首を少し傾け、愛らしい猫目を少し細めながら、ミャウがお礼を述べた。
「どうでもえぇが話すすめてもえぇか? 青春ごっこは後にしてほしいんやが」
「だ、誰が青春ごっこよ!」
ヤレヤレと言った顔で言ってくるブルームに、激しくミャウが突っ込んだ。
そしてブルームを振り返り、腕を組みながら、
「で? 王女の情報があるって聞いたけど」
と言う。
「おお。そうや。実はのう、色々聞いて回った情報でなぁ、あの王女はどうもアルカトライズに連れて行かれたようなんや」
ブルームが右手を差し上げながらそう説明すると、ミャウとミルクの眉が大きく左右に広がる。
「アルカトライズって、あの? よりによってなんでそんなところに……」
「それやが、どうも現在あの街を牛耳ってるエビス ヨシアスってのが絡んでるようや。こいつは少し前からその豊富な資金源で各ギルドを次々買収していき上り詰めてきた男やがな。王女を使って何か企んどるのかもしれんのう……」
言ってブルームが片方の瞳を見開く。その瞳の奥には、鋭い光が宿っていた。
「でも。それが判ってるなら早く助けにいかないと、といいたいとこだけど」
「……ま、察しの通りや。はい、じゃあいきましょかと言って、おいそれといけるとこやないわな」
「で、でも、お、王女様の事は、し、心配ですよね」
ヨイの言葉に、タンショウも後ろで頷いている。
「ヨイちゃんの言うとおりじゃ! 居場所が判ってるなら早く助けにいかねばならんじゃろ」
ゼンカイが鼻息荒く言うが、その話を聞いていたアネゴが、カウンターから口をはさんだ。
「あのね。もう王女の事はギルドだけの問題でもないんだよ。そのホウキ頭の知らせを受けて早速テンラクもギルドマスターのとこに報告しにいったし、その後は王国側にも話がいくだろうからね」
アネゴの返しに、うむぅ、と唸り腕を組み、
「なんとも歯がゆいのう」
とゼンカイが口にする。
「まぁどっちにしろ、この時間や、今日出来る事は殆どないわな」
ブルームの話に、たしかに、と皆も同調する。
「まぁとにかく詳しくは明日テンラクも含めてよく話すんだね。全く、正直ここんとこ私も忙しくてね、せめて今日ぐらいはとっとと閉めたいんだ。だからもういいかい?」
アネゴはどうにも不機嫌な感じである。実際相当に忙しかったのかもしれない。
「あまりイライラしてるとお肌に毒じゃぞ」
「余計なお世話だ糞ジジィ」
結局ゼンカイの言葉で、更に不機嫌になったアネゴの手により、全員強制的にギルドを追い出された。
「まぁしゃあないのう。わいもヨイちゃんと宿に戻るわ」
ギルドの外に出ると、ブルームがそう言ってヨイとその場を後にしようとするが。
「……ねぇ。もしかしてあんた、まさかヨイちゃんと一緒の部屋で寝てるって事ないわよね?」
「当たり前じゃボケェ!」
ミャウの言葉に速攻でブルームが振り返って怒鳴った。
「わいにそんな趣味はないわ。ちゃんと部屋は別々や。当然やろが。ふざけた事抜かしてるといわすぞ!」
ブルームは中々の切れっぷりをみせるが。
「なんかムキになってるとこがあやしいのう」
「わい、爺さんに言われるとホンマムカつくわ」
あからさまに不機嫌な表情で、ブルームがゼンカイを見下ろす。
「わ、私は、べ、別に、い、一緒でも」
「うん? 何かいったかいのうヨイちゃん?」
ブルームがヨイを振り向き問うと、顔を真赤にさせながら両手を振り、な、なんでも、あ、ありません! と返した。
そこへ今度はミルクが近づき、ホウキ頭の肩をポンッと叩いた後。
「白状しろ。お前、何かしただろ?」
「してない言うとるやろ! てかなんかってなんやねん!」
そ、それは、と今度はミルクが顔を紅潮させた。
「恥ずかしいなら言わなきゃいいのに……」
ミルクの姿をみながら、ミャウが苦笑いを浮かべ呟いた。
「全く。ほないこっかヨイちゃん」
「あ、はい!」
言ってプルームが宿の方へ向かって歩き始め、ヨイも皆にちょこんとお辞儀してみせたあと、その後を追った。
「……それじゃあ私達も宿に戻るとしようかな」
ミルクがそう言うとタンショウもコクリと頷く。
「え? ミルクも帰っちゃうんだ」
ミャウが尋ねると、ミルクがミャウをキッとみやりツカツカと歩み寄る。
「今日だけだからな! 今日だけは許してやる! 但し、だからって、へ、変な事はするなよ!」
ミルクの言葉に、はぁ? とミャウが言い、不可解そうに耳を折った。
「そ、それじゃあゼンカイ様。また明日!」
言ってミルクは、そのまま何故か全力で走り去り、その後を必至な表情でタンショウが追っていく。
「全く何を言ってるんだか」
少し呆れたように息を付き、じゃあ帰ろっかな、とミャウが言う。
すると、途中まで送るのじゃよ、と言ってゼンカイが付いて歩く。
こうして二人並んで歩いていると、ふとミャウがゼンカイに尋ねた。
「ねぇお爺ちゃん。今日の話って別に私がいなくても良かったんじゃない?」
「そんなことは無いじゃろ。ミャウちゃんは仲間じゃからな」
その言葉に、そう、とミャウが笑みを浮かべる。すると、じゃが、とゼンカイが一言発し。
「勿論ミャウちゃんの事が心配じゃったというのも大きいがのう」
そう続けて、ニカリと笑った。
「……そっか。ありがとうねお爺ちゃん」
「な~にじゃよ。じゃがあれじゃな。ミャウちゃんの事が心配じゃから、今夜はミャウちゃんの部屋にわしも」
「調子に乗らない!」
言下にミャウがツッコミをいれた。正しくこれまでどおりの淀みのないツッコミである。
「ちぇっ、ダメかのう」
「勿論ダメね」
「じゃったらせめてこれから一緒に夕食とかはどうじゃ? わしが奢るぞい」
「……まぁそれぐらいだったらいいかな」
こうしてミャウはゼンカイと夕食を共にし、そして部屋に戻った。
その日の眠りは、久しぶりに心地よいものになったという――。




