第九十五話 遠い心
国王との謁見から四日が過ぎた。
だが、各々冒険者ギルドのメンバーが懸命に攫われた勇者と王女の行方を探す日々が続くが、中々有力な手がかりがつかめず、ヤキモキする日々が続いている。
そしてあの日以来、ゼンカイを含めた面々はラオン王子殿下と会えていない。
今回の件で責務に追われているのかもしれないとも考えられたが、そうではなく、王国の各大臣の進言により、この上、王子の身まで何かあっては大事を招くと、今回の件には一切関わらせず、半ば部屋に幽閉状態にあるという。
勿論外出もままならない状態との事であった。
「中々進展がないのう。王女の事が心配じゃのう」
「そう、ね」
「全く! 本当にとんでもない奴らじゃ! 前回はわしも遅れをとったが次はそうはいかんぞい!」
「うん。だ、ね」
ゼンカイはギルドで進展を聞いた後、ミルク、ミャウ、タンショウと共に街なかを歩いていた。
そしてゼンカイが色々話をしているのだが、ミャウはどこかボヤッとしており、返ってくる返事も、気のないものばかりだ。
「ちょっとミャウ! ゼンカイ様が話してるのにちょっと失礼じゃない!」
ミルクが声を張り上げ文句を述べる。
「え? あ、うん、ごめん」
しかし返ってくる言葉にはやはりどこか張りがなく、言ったミルクも調子が狂うような面持ちである。その後ろを付いてきているタンショウも心配そうであった。
「ちょっとミャウ大丈夫? 城の業務ってのがもしかして大変だったりするのかい?」
「そうじゃのう。確かにミャウちゃん元気がないような疲れているような。そんな感じもするのう」
二人の問いかけにミャウは其々の顔をみやり。
「う、うん。ちょっとね。でも大丈夫だよ。勇者ヒロシとエルミール王女のこ、と。なんとか、しないと。だめ、だもんね」
言ってミャウが三人に向かって微笑む。だがそれは、どこか力ないものであった。
ミャウは、あの将軍と再会をはたした次の日にも若干元気のない様子をみせていたが、それが如実に現れたのは、その直後、レイド将軍の要請により、ミャウが将軍のサポートとして任命されてからであった。
何故ミャウが? という思いが皆にはあったが、レイド将軍いわく、小さな頃から見続けていた彼女が一番信頼に値し、また気兼ねなく接することが出来るからとの事であった。
そして冒険者として培った知識も役立てたいというのである。
それからは、ミャウは午後には必ずアマクダリ城に向かうようになっていた。
これは本来であれば光栄なことであり、王国の将軍閣下から認められるような事になれば冒険者としての格も一気に上るというものらしいのだが――。
「ミャウちゃんや。今日もあの将軍の下に向かうのかのう?」
「う、うん。将軍様も色々、大変みたいだ、から。わたしもしっか、り、サポートしない、と」
「サポートとは一体どんな事をしとるのじゃ?」
ゼンカイがそう尋ねると、ミャウの黒目が萎み、両耳がピンと張られた。小さくなった黒目は宙に向けられ、僅かに震えている。
「ミャウちゃんや?」
「……あ、ごめんね。うん。色々だ、よ。書類集めとか、情報を纏めたりとか……」
細い声で返事し、苦い笑いを浮かべる。
「そうなのかい。大変じゃのう。そうじゃ、それならお昼でもとろうかのう。今回の報酬でわしも財布が潤ってるからのう」
王女の護衛と山賊の壊滅。この依頼にたいする報酬はしっかりと皆にし払われていた。
王女と勇者が攫われた以上、これは受け取れないと最初は断っていた一行であったが、本来の依頼は達成できた以上、支払うのは当然というのがラオン王子殿下の考えであったらしい。
更に一度ギルドに支払われた報酬を、返却するというわけにはいかないというテンラクの言葉により、皆もありがたく受け取ることにしたというわけである。
「うん。あ、ごめんね。あまり、食欲がなくて」
しかし、ゼンカイの誘いにもミャウが乗ることは無かった。
これがいつものミャウであったなら、ゼンカイも妙なノリでしつこく迫ったことだろうが、今日は違った。
「ミルクちゃんや。申し訳ないんじゃが、ここでちょっと別行動させてもらってもいいかのう?」
「え! そんなゼンカイ様! あた――」
ミルクの言葉がそこで止まった。彼の真剣な表情をみたからであろう。
そしてミルクのその肩をタンショウが握りしめる。ミルクは振り返りその顔を見た。
タンショウが小さく頷く。すると。
「気持ち悪いんだよ! 全く! なんだいその顔は!」
ミルクが声を張り上げ、タンショウを小突く。
「全くあんたは。てかちょっと身体が鈍ってるんじゃないのかい? たまには修行でも付けてやらないと駄目だね。……なのでゼンカイ様。あたしちょっとこいつ鍛えなおしてきますので」
タンショウは小突かれた頭を擦りながら、ゼンカイに向けて顎を引く。
「悪いのう。また今度埋め合わせするのじゃ」
「はい。楽しみにまってます」
言ってミルクがタンショウを引きずるようにしながら、その場を後にした。
「さてっと。ミャウちゃん。行くかのう」
「え? 行くって? それに、私そんなに時間は……」
どこか戸惑ったように返すミャウ。だがゼンカイはにっこりと微笑み。
「何を言っておるのじゃ。そんな冷たいことを言ってはいけないのう。これからセーラちゃんの様子を見に行こうというのに」
そうミャウに告げた。
ゼンカイがミャウを連れてやってきたのは、王都の中では特に魔道具関係の店が多く並ぶところであった。
セーラの様子見ということで、彼女の状態を考えれば、ゼンカイの世界でいうところの病院に向かうのでは? と思われそうなものであったが、実際やってきたのは病院とは程遠い、中々年期の入ったボロい二階建ての建物である。
「おう。あんたらか」
軒先の前で二人に発してきたのはゴーグルのようなものを掛けた恰幅のよい男であった。
頭頂部は完全に毛が抜け落ち左右の端にだけ白髪交じりの髪が残っている。
年齢で言えば60歳そこそこといったところであろうか。
片手で扱えるハンマーを振るい、今は何かの作業中のようだが、Tシャツに前掛けというその出で立ちは、当然医者のソレとは全く違う。
「セーラちゃんに会いにきたのじゃがのう」
ゼンカイの言葉に男はハンマーを打ち下ろす手を止めた。そして首にかけたタオルで汗を拭い、二人に顔を向け立ち上がる。
「ちょっと待ってな」
そう言って男は奥へと消えていった。作業中の道具などはそのままにしてある。ゼンカイたちは恐らくは大分信頼されているのだろう。
「来な」
暫くして男が再び顔を出し、指で付いてくるよう示した。
二人はそれに従うように男の後ろを付いて歩く。
通路は元は一人ぐらいならそれなりに余裕がありそうな造りに見えるが、今は何に使うのか二人には判別が付かない物が数多く通路の左右に積み重なっており、身体を横にするようにしながらでないと、進むのが厳しい。
タンショウなどのガタイのいいものでは入るのも厳しいであろう。
むしろ、腹のでたこの男がよく通れるものだと不思議な気もする。何かコツのようなものがあるのかもしれない。
そして、脚の踏み場まで物であふれた階段を登り、二人はようやく奥の部屋まで案内された。
「セーラ。入るぞ」
言って男が扉を開いた。横開き式の造りでゼンカイからしたら少々懐かしい感もある。
部屋の中は下の作業場や廊下に比べたら随分と殺風景な物であった。入って右奥にベッドが一つ用意されているが、設置されているのはそれぐらいであり、あとは窓が一つ見えるぐらいだ。
「いい意味で久しぶり、デンカイ、ヒャウ」
そこにはメイド服姿のセーラの姿。どこか柔らかな笑顔で二人を迎えてくれている。
「久しぶりと言っても数日ぶりぐらいじゃがのう。それでどうじゃ? 腕の方は?」
ゼンカイの問いに、セーラが軽く頷いた後、左右の腕を差し上げた。
四大勇者との戦いにおいて、その細い腕は斬られ、無くなってしまっていた筈であるが、そこには二本の腕が見事に生えていた――。




