第九十一話 謁見
スガモンの転移魔法により一行はオダムドの近くまで一気に移動を果たすことが出来た。
そしてそこで気を失ったままの勇者と王女を目覚めさせようと、大司教とスガモンが近づいたところで、二人共が、それの異変に気がついた。
真剣な顔をしたスガモンが二人の頭を杖で、ほい、ほい、と小突くと、その身は黒く染まり、そして、まるで煙のように消え失せてしまう。
「やられたのう。まさか偽物が仕込まれて負ったとは。このスガモン一生の不覚じゃ」
眉を落とし、髭を淋しげに揺らすスガモン。
そして、大司教も頭を抱え嘆く。
「なんて事だ! 四大勇者を取り戻せなかっただけでも大変な事だというのに、勇者ヒロシ様とエルミール王女様まで……」
大司教の落胆ぶりは相当なものであったが、だからと言って、また森に戻るわけにもいかず、結局一行は一旦オダムドへと戻る事となった。
門の前では一つブルームの問題があったが、流石にこの状況でコソコソと入るわけにもいかなかったので、ミャウが彼の身の上を説明すると、大司教による特例で入ることを許された。
今回の件に関わってる以上、それもやむ無しといったところなのであろう。
街に戻った後は、セーラに関しては熟練の治療魔法の使い手が集い彼女の手当に入った。
残った面々に関しては、すぐに教会本部に通され、そこでラオン王子とも合流し今回の件の説明、そして今後の対応について話し合うこととなるが――結果的にはこれといった妙案が出ることもなく。
ただ流石にこのような事態になったとあっては、最早オダムドの中だけで済む話ではなくなったのは確かであり、結局ラオン王子殿下が王国に話を持ち帰る運びとなった。
勿論これは一行も付き従う形となり、一日は体力回復のため宿で過ごし、そして次の日の朝には出発と相成ったのである――。
「いやぁ流石に師匠の転移魔法は便利ですね! あれだけ苦労した道のりが一瞬ですから」
オダムドの都市を出た後は、スガモンの魔法により、再度の山越えを経験すること無く王都に辿り着いた。
転移魔法は使いこなせる魔術師はかなり少なく、その上でこれだけの面子と馬車を一緒に移動できるほどとなるとスガモン以外には考えられない所業だという。
「わしを褒めても何もでんぞい」
師匠を褒めちぎるヒカルに冷たく返すスガモンであったが、彼はゴマすりのような手つきで見え透いた愛想笑いを浮かべ。
「そう言わないで、あれ、教えて下さいよ師匠。無詠唱ってやつですよね? それを使いこなせば自慢の弟子がそうとうにパワーアップしますよ?」
「……無詠唱? 何を言っておるのじゃお前は。いくらわしでもそんなもの使いこなせはせんわ」
その返事にヒカルは目を丸くさせ、え? でも? と疑問の言葉を発する。
「あの墓地での事か? あれなら無詠唱ではないわい。話しをしながらも頭のなかで一生懸命詠唱を重ねてたんじゃよ。まぁ見た目にはそれっぽかったかもしれないがのう」
言って高笑いを見せるスガモン。それにヒカルも、な~んだ、と残念そうに返すが。
「いや、ていうかそれも結構凄い事なんだけど……」
ミャウが半分瞼を閉じた状態で呟いた。
「そもそもあんな全ての魔法を無詠唱でという化け物じみた真似が出来たのは、歴代のなかでもあのロキという勇者ただ一人じゃよ」
スガモンの言葉で一瞬皆の表情に影がおちかけたが、
「まぁといってもあれだけの奴を出し抜いたわしのほうが実は相当に凄いってことじゃよ」
と更にスガモンが言葉を重ね大笑いを決めることで、雰囲気は若干和みだす。
とは言え王都に戻れば恐らくは今回の件で色々と説明が必要になることだろ。
その事からか、やはり皆の表情はゼンカイを覗いてどこか固かった。
ちなみにゼンカイに関しては途中で飛び回る蝶を追いかけてみたりと気楽なものである。
そして一行は王都に戻るなり先に知らせを受けていた王国騎士の手厚い歓迎を受けることとなり、休む間もなく馬車でアマクダリ城に向かうこととなった。
雰囲気でいえば送迎というより連行といったほうがしっくり来るぐらい、車内の雰囲気は重たかった。
馬車の中には厳しい顔つきの王国騎士の姿もあった事が要因か。
蔑んだ瞳が痛い思いだが、中でも特に侮蔑に近い視線を向けられ続けていたのは、エルミール王女の護衛騎士であるジンであった。
「全く護衛が聞いて呆れるぜ……」
「王女を放って逃げたとか……」
「敵に背を向けるとは騎士の風上にも……」
ヒソヒソと周りの騎士から囁かれる中、ジンは何もいわずただ黙って瞼を閉じていた。その多くは事実と異なる物であったが、王女を守ることが出来なかったのは事実なのである。
「なんじゃいなんじゃいコソコソと妙なことばっか言いおって! 何かあるなら堂々と口にすればよいじゃろうが!」
ここで吠えたのはゼンカイである。立ち上がり、騎士たちに指を突きつけ、唾をまき散らしながら怒りを露わにする。
「ちょっとお爺ちゃん……」
ミャウが止めようと声を掛けるが、ゼンカイは構わず続ける。
「大体気にくわんのじゃ! 見てもいないくせに勝手な事をベラベラと! ネットの中傷じゃあるまいし騎士の名が泣くわい。恥を知れ!」
そこまで言って腕を組み、再び座りだす。プンスカプンと怒りっぱなしのゼンカイではあるが、ジンはその姿に若干の笑みを零した。
感謝の思いもあったのかもしれない。そしてそのゼンカイの発言で車内のヒソヒソめいた声も鳴りを潜めた。
そして、アマクダリ城に到着した面々はそのままの脚で、アマクダリ王との謁見に望む事となる――。
巨大な扉を抜け玉座まで伸びるは真紅に染まる幅広の絨毯。天井には多くの魔灯と貴石の散りばめられたシャンデリア。
左右には先代の王達の彫刻を施した柱が立ち、ドーム型の天井は見上げる程に高い。
当然王室そのものも非常に広々としており、ラオン含めた一行が脚を踏みいれたところで全く問題としていない。
それどころか王の側には宰相も含め、恐らくは大臣級の臣下が多く立ち並んでいた。
その中にはあのケネデル公爵の姿もある。
そしてこの事が、今この国に起きている事の重大さを知らしめているようでもあった。
「長旅ご苦労であったな」
豪奢な玉座に腰を下ろした男が、皆に労いの言葉を掛ける。
だがその顔つきは厳しい。
そして彼こそは、ここネンキン王国を治めるアマクダリ王その人でもある。
ミャウの話では御年50を越える身であるとのことであったが、その獅子のような鋭い眼力も、着衣の上からでも判る鍛えぬかれた肉体も、熟練の騎士のソレと変わらず、まだまだ現役といった風格が漂っている。
そしてその炯眼は目の前で、片膝を付く状態を維持する三人に向けられている。
ラオン王子殿下、ジン、スガモンの三名である。
勿論ゼンカイを含めた一行もラオン王子の後方で控えている状態だ。
「……大体の話は聞き及んでおるが、改めてそなたらの話を聞くとしよう。だがそのままでいられてもな。とりあえずは面を上げよ」
王の言葉に三人が立ち上がり、そして程なくして、うぬが、とラオンがまず一歩前に出るが。
「いや、先ずはジン、我が娘エルミールの護衛を任せていたのはお前だ。そなたの口からどういう経緯でこのようなことになったのか聞かせてもらいたいものだな」
アマクダリ王の目に凄みが増す。その周りを囲む臣下の目も厳しく、決して穏やかな雰囲気ではないが、ジンは素直に、はい、と延べ、前に出て事の経緯を話して聞かせた。
「……そうか。大体の話は判った」
ジンの話を聞き終え、王が言う。すると周りの臣下から不平の声が上がりだした。
「全く聞けば聞くほど情けのない話ですな。護衛という立場にありながら、何の術も打てずよくもまぁオメオメと戻ってこれたものだ」
「大体私は最初からこのような者が姫様の護衛に付くなど反対だったのですよ」
「確か、この三流騎士を推薦したのはケネデル公爵でしたかな?」
「全くこの責任をどう取られるおつもりでしょうかなぁ?」
嫌味な口調と共に、臣下の視線がケネデル公爵へと向けられる。
すると彼が一つ頭を下げ前に出て口を開いた。
「此度の件、私としても重く受け止めております。この責任は爵位の返上なら――」
「うぬが!」
ケネデルが謝罪の言葉を述べているまさにその時、ラオン王子殿下が前に出て叫んだ。
「……なんだ? 何かあるのかラオン?」
アマクダリ王が、睨めつけるようにしながら言葉を掛ける。
すると、ラオンは一つ息を吐き出し言った。
「――全く自分からは何もせず、ただ城の中でのうのうと過ごすだけの者達が勝手な事を囀るものだな」
その声に、後ろで控えていた一行の目が揃って丸くなった。
中には耳を疑った者もいるほどである。
が、しかし、その声は紛れも無くラオン王子殿下によって発せられたものである事は間違いようがない事実であった――。




