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第七十話 リスク

 山賊の頭は三人を見回し、ククッと含み笑いをみせる。


「まぁ、多少回復魔法が使えるぐらい、何の問題もないけどな。だったら魔法使わせる前にやりゃいいだけの話だ」


 そう言いながら、頭が次のターゲットを決めようとギョロギョロと視線を動かす。


「しょ、しゅうひゃしゃしぇんじょじゃい!」


 ゼンカイが叫びに、頭の眼の動きが止まった。ラオンとヨイも必死にそれを回す爺さんの姿をみやる。


「なんだそりゃあ? どういうつもりだぁ?」


 疑問の声を発する、頭に映るは、巨大化した入れ歯を両手で掴んで回転するように振り回すゼンカイの姿。


「ふにょよにょにょのにょぉお!」


 なんとも締りのない声だが、それでもゼンカイは大真面目だ。


 そしてゼンカイ、相手に向けて入れ歯を投げつける。


「ケッ。こんなもの!」


 頭は吐き捨てるように言い捨て、右手を前に突き出し受け止めようとする。

 ゼンカイの入れ歯はヨイのビックで頭の全身を飲み込みそうな程、巨大化している、だがそんなものは意に介しずといったところか。


 だが、入れ歯と頭の右手が重なりあった瞬間、その眉間に深い谷が出来上がる。


「馬鹿な! どうなってんだこれは!」


 言に滲むは戸惑い。その歪な歯を露わにし、これまでの余裕の表情に影を落とした。


 頭の突き出した手の中では、入れ歯が回転し続けていた。ギュルギュルギュル、と耳を劈くような歯音を奏で、その厚い手の皮を剥き、煙さえ上がり始めている。


「ぐぬ、ぅ」


 頭の右腕が少しずつ後退していく。思わずもう片方の手をも使いはじめるが、勢いを抑えきれず。


「び、ビッグ!」


 ヨイの胸声が届き、同時に更にゼンカイの入れ歯が膨張する。


「こ、こんな、こんな、レベル66の俺が――」


 頭は直立したまま押し負け、両の脚がズリズリと後退し、そして、チキショーーーー! と叫声が上がり頭の巨躯が上空へと跳ね上がった。入れ歯が途中で軌道を変え、その身体を押し上げたのだ。


 響き渡る轟音、パラパラと落下する破片。先ほどラオンが喰らったのと同じように、今度は頭が醜いシャンデリアと化した。


 そして、役目を終えた入れ歯は再びゼンカイの袂へ戻ってくる。


「ひょ! ひゅぎゅへひょめりゃれ……」

 ゼンカイ。巨大化した自分の入れ歯に少々戸惑うが、【レリーズ】とヨイが唱えたことで入れ歯は無事、元の大きさに戻りゼンカイの手にぴったりと収まった。

 そして入れ歯を口に含みなおす。


 それとほぼ同時に頭が地面に落下し、ズシーン、という重い音を耳に残した。


「やったぞい! ヨイちゃんのおかげじゃ!」

と両手を広げ駆け寄る。が、やはりラオンの影に隠れてしまう。


「なんでじゃい!」

「うぉおおおおお!」

 

 ゼンカイの声と、頭の怒声が重なった。


 なんじゃと!? とゼンカイが振り向くと、頭が立ち上がり鬼の形相でゼンカイを睨めつけている。



「ま、まだ動けるんかいコヤツは!」


「舐めるなよ爺ぃ! ダメージなんて殆どねぇんだよ!」


「我が言葉に猛孔天地激烈とあり!」


 頭の頭上にはラオンの姿。跳躍からの手刀による一撃をその頭蓋に叩き込む。が、頭の振り上げられた剛腕に完全に受け止められる。


「ぐぬぅ!」


「ふん! あめぇんだよ! 俺はまだまだ……ぐっ!」


 余裕の笑みで言葉を返した頭であったが、その直後喉を掻きむしるように苦しみだす。


「あ、が、ぎゅ、ご、ウ、ギェフ」


 片膝をつき、地面に赤と黄の混じった液体を吐瀉する。ゲーゲーっと苦しそうに吐き続けるその姿に、ゼンカイも思わず眉を顰めた。


「ゾ、ン、ナ、ゾン……」


 先ほどまでの剛気な声が鳴りをひそめ、弱々しく細い声へと変わっていく。

 更に、膨張し膨れ上がった筋肉は見る見るうちに萎んでいき、その色も青白いものへと変貌していった。


「こ、ん、な、こん、な……」


 骨と皮だけになった己の両手を見て、頭は打ちひしがれたようにがっくりと項垂れた。

 まるで何かの病にでも犯されたかのようなその姿は、ミイラのようでもあり、唯一保たれた剥き出しになった眼球が更に不気味さに拍車をかけていた。


「……ドーピングなんかに頼ってもいいことはないということじゃな」


 憐れむような視線で頭をみつめ、ゼンカイが諭すように述べる。


「うぬが……」


 悲泣するように、痩せこけたその身をワナワナと震わせる頭の肩に、ラオンがそっと手をおいた。


「お、王子……」


 ハッとした表情で振り向き、その眼をみながら、お、おれ、を、許して、く、れる、のか? と声に出す。それに応えるようにラオンがコクリと頷き。


「我が言葉に悪は滅せよとあり!」


「へ、え?」

と、頭が目を見開いたその瞬間、うぬがぁ! と右の拳がその顔面を捉え。


「うぬが! うぬが! うぬが! うぬが! うぬが! うぬが! うぬが! うぬが! うぬが!」


「ケン! ドキ! ヴャット! リン! レイン! ジャギッ!」


「うぬが! うぬが! うぬが! うぬが! うぬが! うぬが! うぬが! うぬが! うぬが! 「うぬが! うぬが! うぬが! うぬが! うぬが! うぬが!」


「ブドゥ! ガイオゥ! シャウザ! リバグゥ! アミバァ! シン! ザヤカ! リュウン! ジュレン! ゴゥリュ! ジュウジャ!」


「うぬがぁああぁああ!」

「ギユリアァアアァア!」


 ラオンの容赦の無い拳の連打、そして最後に繰り出された剛の一撃により、天井に身体をぶつけ、跳弾し地面に叩きつけられ、跳弾し更に天井に……を繰り返し、最後には奥の壁に激突した。


「どうやらあの男にも死兆せ――」

「うぬがぁあぁあ!」


 ゼンカイが全てを言い終える前に、ラオンが雄叫びを上げてくれた。





「やれやれ、今度こそ終わったのう。まぁこれで、もうこの辺に山賊が現れることはないじゃろう」


「うぬが」

 

 ラオンが満足気な顔で頷く。


「……ところでヨイちゃんや。なんでそんなに離れておるんじゃ?」


 ゼンカイの言うように、ヨイは二人から、かなり距離をとっていた。ラオンの影に隠れることもない。


 とはいえ、それも仕方ないかもしれない。ラオンのあの容赦のない姿は、幼気な娘には刺激が強すぎたのだろう。


「我が言葉に皆が心配とあり!」


「おお、そうじゃのう。確かに心配じゃ。戻るとするかのう。さぁヨイちゃんもおいで。きっとあのほうき頭も待っておると思うのじゃ」

  

 するとヨイが両目をパチクリさせて。


「ほ、ほうき頭って、プ、プルームさんの、こ、事ですか?」

と問いかける。


「そうじゃそうじゃ。あの男がヨイちゃんがきっとこちら側にいると教えてくれたのじゃ」


 ゼンカイの話を聞き、ヨイの頬が緩む。


「プ、プルーム、さ、さんが……」


 頬が軽く紅潮するヨイをみてゼンカイが笑顔を浮かべた。きっとその姿を微笑ましく思っているのであろう。

 

 一つの任務が片付き、ゼンカイは大きく腕を伸ばしそして叫んだ。


「こんな幼気な娘に手を出すとは、あのほうき頭ゆるすまじじゃ~!」


 笑顔一変、歯牙をむき出しにキーキーと喚き出す。どうも何かを勘違いしてるようだ。


「わいがなんやって?」

「プ、プルームさん!」


 その声にゼンカイ達も入り口の方に顔を向けた。そこには彼を主張するほうき頭が聳え立っていた。


「なんじゃ無事じゃったのかい」

「無事じゃあかんのか爺さん?」


 思わず毒気づく爺さん。未だ対抗心を燃やし続けているようだ。


「まぁ一応は気になったからのう。来てみたんやが取り越し苦労やったか」


 顎を擦り、糸目で奥に転げるソレを見る。


「しかしのう。何があったんや? あの頭、随分と変わり果てとるようじゃけ」


 ゼンカイとラオンの前まで近づいたプルームが、不可解そうにそう尋ねる。


「実はのう。かくかくしかじか……」

「あん? 何やかくかくって、ちゃんと説明せぇな」

「…………」


 プルームにその手は通じなかったのだ。


 仕方がないのでゼンカイはきちんと彼に説明した。


「成る程のう。あの女が口走っとったのはそういう事かい」


「あの女って何のことじゃ?」


「いや何でもないわ。こっちの話や。それにしてもあんたら運が良かったのう。相手が自滅せぇへんかったらどうなっとったかわからんやろ?」


「何を言うか! わしの力とヨイちゃんの愛のサポートがあってこその勝利じゃ!」


「ち、違います! あ、愛なんて、あ、ありませんから!」


 ヨイ、言下にゼンカイへの愛を否定した。


 そして体育座りでいじけるゼンカイ。その肩にラオンがそっと手を置いた。


「なんや随分ムキになるのうヨイちゃん」

 言ってプルームが愉快そうに肩を揺らす。


「ム、ムキになんて、な、なってません!」


「ほうか? まぁこんなけったいな爺さんに愛だなんだ言われて嫌がるのもわかるがのう。正直キモいわ」


 プルームの言葉にゼンカイが立ち上がり、猿のようにムキムキわめくが、ほうき頭はさっぱり気にもとめていなかった。


「うぬがぁあ」


「あぁそうじゃのう。それじゃあ戻るとするかのう」


 ラオンに促されゼンカイ達は入ってきた入り口を抜けきた道を戻りだす。


「そういえばゲスイとかいう奴は無事やっつけたんかい?」


「当たり前や。あんなん楽勝やったで」


「うぬが!」


 ラオンがさすがと言わんばかりに頷いた。


「まぁあいつはここに来てる闇ギルドの中じゃ一番弱い奴やからのう」


「何!? じゃあミルクちゃんやミャウちゃんの相手してるのはもっと強いという事か!」


「まぁそうなるのう、じゃがのうさっきにお――」


「こ、こうしちゃおれん! 心配じゃ! 早く戻るのじゃ!」


 プルームが続けて何かを言おうとするも、それを聞き届ける事無く、ゼンカイが大慌てで駈け出す。


 ゼンカイが走り去る中、残された全員も一旦顔を見合わせるが、それに倣うように早足で彼の後を追うのだった――。

 

 




 




 


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