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第六十八話 ヨイ救出

 強烈な酔いから目覚めたミルクは、頭もガンガンとして痛いらしく、額を抑えながら一人唸っていた。


 アルコールが回っている間は、記憶も覚束ないようで、その後どうなったのかは双子の兄弟から聞いて知った形である。


 ただ、そこまではいいのだが……。

 ミルクはウンジュとウンシル、そして少し離れたところで捕縛されているアノ女を交互にみた。


「……事情はまぁ判ったんだけどねぇ。こいつは、一体何でこんな事になってるんだい?」


「動けないように縛ってるんだよねウンジュ」「逃げ出したら困るからねウンシル」


 その言葉にミルクが眉を眇めた。あまり納得はしていない。


「百歩譲って動けない為にだとして……なんでコイツは服を剥かれて裸なんだ? それに縛り方もなんていうかソノ……おかしくないか?」


「おかしいってさウンジュ」「どこがおかしいか知りたいよねウンシル」


 その言葉にミルクは頬を紅らめた。そして狼狽える。


「紅くなって可愛いねウンジュ」「そうだねウンシル」


「え、え~い黙れぇえぇ!」


 叫びあげ、腕をブンブンと振り回す。火を吹いたように顔中が真っ赤だ。


 そして、全く、と不機嫌そうに腕を組み、捕縛されている女、イロエをみやる。


「あぁぁあん。も、もうら、らめぇ。そんな、そんなとこ、りょ、い、いく……」


 うわ言のようにブツブツとらめぇやいくぅという単語を繰り返している。

 その姿にミルクの顔がより紅みを増していった。


 そしてハッ! と何かを思いついたように双子の兄弟を振り返る。


「お、お前らまさか! あたしが寝てる間に変な事しなかっただろうな!」


「変な事だってウンジュ」「どんな事だろうね? ウンシル?」


「ど、どんな事って……」


「ミルクちゃんの口から聞きたいよねウンジュ」「そうだね。具体的に詳細をその可愛い口から聞き出したいねウンシル」


「く、詳しくって……」

 

 その瞬間、いよいよ最高潮に顔を真赤にさせ、額からボワっと煙を上げヨタついた。危なく転ぶところである。


 そしてワナワナと拳を震わせながら、もういい! と叫び上げ。


「もう行くぞ! とにかくミャウや、それに、ゼンカイ様が心配だ! てか気安くちゃんとか付けて呼ぶな!」


 ミルクは怒鳴りあげ、一人スタスタときた道を戻り始めた。


「ヤレヤレ怒りっぽいねウンジュ」「でも楽しかったねウンシル」


 そう言ってお互いを見合った後、兄弟もミャウに倣ってその場を後にする。


 その姿を一顧し、そして嘆息をつきながら、何かを思い出すように天井をみる。


「はぁ、それにしてもゼンカイ様……大丈夫でしょうか――あぁミルクは、早く、早く再会したいのです……」

 

 その豊満な胸の前で祈るように腕を組み、そしてミルクはゼンカイの無事を祈るのだっった――。





「うぬがぁ?」

「うむ。まぁきっとプルームは大丈夫じゃろう。なんかあの頭は強そうじゃからのう。だがのう、ミャウちゃんやミルクちゃんは大丈夫かのう? ちょっと心配じゃのう」


「うぬ! うぬ!」


「おお! 確かにそうじゃのう! 信じることも冒険者には必要な事じゃ!」


 プルームに後を任せ、ラオンと共に一本道を突き進む二人。


 その間、色々会話してる内にゼンカイは、ラオンのうぬ語をかなり理解したようだ。順応性高いな爺さん。


「うぬがぁ!」


「うむ! 何か怪しいのう! とりあえずこのドクロマークが怪しいのじゃ!」


「うぬんが! うぬんが!」


 気のせいかラオンのうぬ語のレパートリーが増えてる気もしないでもないが、確かにこんな洞窟内に、ドクロマークが刻まれた木製の扉はベストオブ・ザ・アヤシイといえるぐらいの怪しさである。


「我が言葉にここは怪しいとあり!」


 見れば判る。


「よし! 待っておるのじゃ! ヨイちゃん!」


 ゼンカイ鼻息荒く張り切り扉を開けた。

 二人揃って飛び込むように中へと進入する。そのまま左右に分かれて銃でも構えそうな勢いだ。ただ残念ながら二人共グラサンは付けていない。


 しかしだ。これは寧ろ逆に怪しすぎて、こんなわかりやすいところに人質なんて置くか? と、そこはかとなく不安である。というかまともな考えをもった頭なら、こんないかにもなところに人質など――。


「ヨイちゃん! 無事じゃったか!」

「我が言葉に人質は無事とあり!」

「ぬぉ! よもやここがバレるとはな!」


 揃いも揃って馬鹿ばっかりだったのだ。


「ムグ、ムグゥ、ムグゥ」


 山賊の頭の横で、ヨイが猿轡を噛まされ、呻いていた。ゼンカイがそれを見てカッ! と目を見開く。

 いたいけな幼女にこのような仕打ち……許すまじ! と怒りに震えているのだろう。


「幼女にあのようなものを咥えさせて……なんと卑猥なんじゃ! 萌じゃ! これぞ萌えじゃ!」


 違ったのだった。この爺さんが基本最低だというのは忘れてはいけないのである。


「うぬがぁ!」


「お。おう、おう、そうじゃそうじゃ。ヨイちゃんや! わしらが今すぐ助けてあげるからのう!」


「…………」


「お、おいどうした?」


 ヨイ、頭の膝裏に隠れる。


「何でじゃあああぁ!」

 

 叫ぶゼンカイ。だが、ヨイは頭の膝裏からそっと顔半部ほど出して、不審な表情で爺さんを見ていた。

 どうやら相当警戒されているようだ。幼女はその純粋な心でゼンカイの最低さを見抜いたのだろう。


「な、なんだか良く判らねぇが、お、お前らなんの権限があって俺達の邪魔をする! こいつだってな! こっちはあいつが裏切ったからその代償でもらったにすぎねぇんだよ!」

 

「うぬがぁああああ!」


 ラオン吠える。


「ぐ、何なんだそいつは! わけわかんねぇやつだ!」


「なんでも王国の王子様なのじゃそうじゃ」


「……何? こ、この変なのが王子だとぉおおぉおお!」


 どうやら頭は王子の顔を知らなかったらしい。


「く、馬鹿な、王女があんなに可愛らしい顔してるのに、こんなゴツイのが兄で王子だなんて……」


「うぬがぁ……」

  

 ラオンが頬を掻きながら眉を落とした。


「そう言われても、と言っておるのう」


「それ判るのかよ!」


 山賊の頭はさっきから驚きっぱなしである。


「ふふ、まぁいい。俺もツイてるぜ。わざわざ王子自らやってくるとはな……だがな! そんな爺さんなんか連れてやってきてどうするつもりだ! いいか? 聞いて驚くなよ! 俺のレベルは28! てめぇらが相手した山賊より全然レベルが上だ! 温室育ちの王子様なんかとはわけが違うんだよ!」


 一気にそこまでのべ、自信ありげに高笑いを決める。


「れ、レベル28じゃと!」


「うぬが!」


 ゼンカイ。一旦は驚いてみせるが、ラオンの発言に、うん? 本当かのう? と顔を向けて返し。


「……なんでもラオン王子はレベル45だそうじゃ」


「マジで!」


 頭は目が飛び出るほどに驚いてみせた。


「ちなみにわしは今レベル14じゃ!」


 胸を張るゼンカイ。だが、お、おう、としか頭も返す言葉がない。


「くそ! だったら!」

「ぐむぅうう~~!」


 なんと頭、膝の裏に隠れていたヨイを抱き抱え始める。


「き、貴様いたいけな幼女に! このロリコンがぁああぁ!」


 ゼンカイが怒りを露わに叫ぶ。一体どの口が言ってるんだと思えるほど、自分の事は棚に上げているが、そこが寧ろ清々しい。


「えぇい! うるせぇ! いいかてめぇら! おかしな事したらこいつの、この細い首ぶった斬るぞ!」


 頭、愛用のゴツイ獲物をヨイの首にあて人質に取る。さすが山賊。やることがゲスい。


「むむむぅ、なんたる事じゃ。これでは身動きとれんではないか」


 ゼンカイは入れ歯が外れそうなほど、強く強く歯軋りし、悔しさをあらわす。

 

 するとラオンが一歩前にでて、妙な動きを見せ始めた、両手をゆっくりと、円を描くように回している。


「お、おかしな事はするなと言ってるだろうが! この首たたっ斬るぞ!」


 頭がラオンに忠告する。だが王子たる彼はそんな脅しに屈しない。うぬがぁ! と咆哮し、頭を睨みつける。


「ぐ、てめぇハッタリだと思ってるなら大間違いだぞ! さっさとその妙な動きを――」


「我が言葉に猛孔剛拳波とあり!」


 頭が全ての言葉を言い終える前に、ラオンが叫び、そして両の掌を前に突き出した。


 その瞬間、大気を破壊するような轟音と共に強力な衝撃波が発生し、頭の胸を直撃する。


「げぼらぁああぁあ!」


 その細い首を絞めていた獣の腕は解かれ、そして巨大な塊が宙を舞い、見事な放物線を描きながら数メートル先まで吹っ飛んでいった。


「す、すごいのじゃ王子! 流石なのじゃ! 流石世紀末の――」

と言われたところで王子にはさっぱり理解できないだろう。





「ヨイちゃん大丈夫かのう?」

 ゼンカイは彼女の口を開放して上げると、気遣うように尋ねる。


 が、一度ゼンカイの顔を見上げた後、ヨイはラオンの影に隠れてしまった。


「な、何でじゃ! 何でじゃ! いけずじゃのう。悲しいのう」


 ゼンカイは少しいじけてしまっているが、普段の行いを考えれば警戒されてもおかしくはないだろう。


「あ、あの、あ、ありがとう、ご、ござい、ま、ます!」


 どうやら彼女にも助けてもらったという認識はあるようだ。ラオンの影に隠れながら、そして吶りながらも二人にお礼を述べてくる。


「うむ、気にせんでもえぇのじゃ。ピンチの幼女を助けるのも紳士の嗜みじゃからのう」


 顎に指を付け、キラリと入れ歯を覗かせるゼンカイだが、別にそこまで格好いいことは言っていない。


「うぬが!」


「おお! 王子はよくわかっておるのう」


 どうやらラオンは彼を褒め称えてるようだ。しかし今回特に何か役にたったわけではないだろう。


「ち、ちっくしょぉおおおおぉう!」


 突如轟く騒音に、三人が振り向いた。そこには立ち上がった頭が怒りの形相で直立している。


「なんじゃ。まだ立てるのかい。しぶとい奴じゃのう」

「うぬが」

「で、でも、何か、ふ、雰囲気が少し……」


 三人が思い思いの言葉を述べていると、頭が口角をニヤリと吊り上げ、その分厚い唇を蠢かす。


「へ、へ、お嬢ちゃんはよく判ってるみたいじゃねぇか。あぁそのとおりだ。俺だってな、山賊纏めてる頭として意地があんだよ! だからこんなとこで、しかも一撃でなんて冗談じゃねぇ!」


「と言ってものう。お主じゃわしらには勝てんじゃろう」


「くく、確かにそこの王子様はつえぇみたいだ。このままじゃ勝てねぇだろうさぁ! だがな!」


 声を張り上げ、そして続けてアイテムと唱え、頭がその手に何かを現出させた。


「な、何じゃ注射か! 注射は嫌じゃのう。苦手なのじゃ~」


 それを見てゼンカイは随分とのんきな事を言っているが、確かに彼がアイテムとして出したのは、ゼンカイも生前良く知る、注射器そのものである。


「へ、へへ、こんなもの頼りたくは無かったが仕方ねぇ……だがな、これでてめぇらも終わりだぁああ!」


 雄叫びを上げ、頭がその注射針を自らの腕に挿しこんだ。そして中に詰まっている液体を注入していく。


「ウ、ウガァアアァアア!」


 再びの雄叫び。だがどこか雰囲気が違う。頭の目は剥かれ、口元から多量の泡と涎を吹き出し、体中を小刻みに震わせながら、そして……そのまま大地に倒れていった――。

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